思索の日記 (クリックで全体が表示されます)

武田康弘の思索の日記です。「恋知」の生を提唱し、実践しています。白樺教育館ホームと共に

官を守り、個人は守らない「国家」!?

2009-06-08 | 日記
足利事件は、6月5日のブログ【冤罪ほど酷い「犯罪」はありません・官僚のお上意識が元凶】 に書いた通り、これは[一つの事件]というレベルの問題ではなく、日本社会の本質的な反民主制の現われです。


「 街を行き交う人たちを眺め、「刑務所では移動はいつも行進。やはり、人間には自由がないとだめだな」と語る菅家さんは、日常生活の中の幸せを満喫しているようだ。
 だが、今後の生活への不安も大きい。釈放から2日間は、東京都内のホテルに宿泊したが、金銭面での負担が大きく、6日以降は佐藤博史弁護士の横浜市内の自宅に泊めてもらっている。
 菅家さんは「(刑務所の)外に出たら、1人ではものすごく不安で、買い物でも、トイレでも、やり方がわからない。佐藤先生のそばにいると本当に心強い」と話す。
 生まれ育った栃木県足利市で暮らすことを希望しているが、急な釈放だったこともあって、今後の生活についてはまだ何も決まっていない。弁護団は、今後、菅家さんのための募金集めをすることも検討している。 」(6月8日9時27分配信 読売新聞)


菅谷さんに無実の罪を着せ、17年間以上も獄中に閉じ込めた「官」(=官府)は、ただ釈放して済むと思うなら、間違いなく「地獄堕ち」という他ないでしょう。
五欲に憑かれ、悪をなしてしまう人間こそ救われると説いた親鸞聖人の浄土真宗も、国家権力を用いて個人を抑圧した人間の救済など考えていません。当事者たちの心の底からの反省ー「回心」が求められます。

警察、検察、裁判所は、責任を果たしなさい。政府は、礼を尽くした救済を至急行わなければなりません。日本が【官僚独裁国家】でないこと、【東大病の「エリート」(もちろん少しも優れていませんが)支配】の遅れた後進国でないことを、今すぐ示すことが必要です。そうでないなら、日本は、近代民主主義国家とは言えません。「主権在民」を貫く国家以外の国家にはレーゾン・デートル(存在理由・価値・意味)はないのです。これは近代社会成立以降の大原則です。


武田康弘
コメント
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