思索の日記 (クリックで全体が表示されます)

武田康弘の思索の日記です。「恋知」の生を提唱し、実践しています。白樺教育館ホームと共に

国土交通省がつくる醜悪――ナンバープレートのひどさは、官の仕事の象徴です。

2010-02-05 | 社会批評

運輸省(現在の国土交通省)の官僚が勝手に決めたナンバープレートのデザインの悪さは呆れますが、軽自動車は、さらに原色の黄色!ですから、もう評しようもない酷さです。

人間の生の意味は、善・美に憧れ、求めるところに生じるのですが、この生の原理を知らない代表が官僚だと言われても、抗弁のしようがないでしょう。まったく美的センスを持たず、ただ識別できればいいという考えは、人間と社会にひどい醜と悪をもたらします。

街中で、一番身近で、みなが目にするのがクルマのナンバープレート、ところが、運輸省が独断で決めたこのデザインのひどいこと、これをよいと思う人はまず皆無でしょう。

まして、軽自動車のナンバープレ-トは、キツイ黄色。せっかく自動車メーカーが苦労してよいデザインのクルマをつくっても、ドクドクしい原色のために、台無しです。

日本人の美意識と街の景観を害(そこな)う愚かな官僚の所業には、ホントウにうんざりします。彼らを雇っているのはわたしたちで、その給与は税金です。官僚が、このような低次元の仕事しかできないのは、「人間の生の意味は、善・美に憧れ・求めるところに生じる」ということを知らないからでしょう。ヨーロッパとの大きな差は、ここにその最も深い原因があるのです。

「事実学」を積み上げることが偉いという勘違いー「意味論としての知」(=哲学)の貧困は、善美に憧れ求める心と頭を生まないために、私たちの国をひどく醜くしているのです。広がりゆく美のない世界をつくるというのは、ひどい悪業です。役人・官僚は、このことを深く自覚しなければなりません。
コメント (1)
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