思索の日記 (クリックで全体が表示されます)

武田康弘の思索の日記です。「恋知」の生を提唱し、実践しています。白樺教育館ホームと共に

主権者の国民ではなく、行政権力のトップが憲法改定の先頭に立つ!?民主政ではあり得ない異常事態なのです。

2017-05-16 | 学芸

国の主権者は誰か?

明治維新政府の伊藤博文は、大日本帝国憲法(明治憲法)の作成者ですが、主権は天皇にあるとしました。そして、わが国では将来にわたり主権が国民に移ることはない、と教説しました。

1945年「ポツダム宣言」受諾で、無条件降伏した後も、政府と二大政党は、新憲法でも天皇主権は変えないとし、国民主権を頑なに拒否しましたが、占領軍(GHQ)は、人民主権(国民主権)を絶対条件とし、民間人七人のつくった憲法草案(「治安維持法」違反の第一号逮捕者であった憲法学者の鈴木安蔵、後にNHK初代会長となる共和主義者の高野岩三郎らによる)を下敷きにして、天皇は象徴・主権は国民にあるとする現『日本国憲法』が、ようやく誕生したのでした。

その主権者が、政治を主権者の代りに行う政治家に対して示す政治理念が憲法ですので、もし、憲法を変える必要があると主権者の多数が判断した時は、その意思を受けた国会議員が、国会において発議します。

約束事の憲法理念を守る最大の義務を負ってるのは、いうまでもなく行政権力のトップである総理大臣ですので、その総理大臣が、憲法改定の先頭に立つのは、明白な憲法違反なのです。国会で改定が承認され国民投票で過半数の賛同が得られれば憲法は改定されますが、改定されるまでは、首相は現憲法を順守する義務があり、これに反することはできません。

繰り返しますが、最大の順守義務のある首相が憲法をないがしろにするような言動をすることは、絶対に禁止されています。主権者の国民及び国会によるのではなく、内閣=行政権のトップである総理大臣が改定の音頭を取るのは違憲であり、それをするなら、民主政国家は元から崩れてしまいます。まさに戦前のヒトラー=ナチス・ドイツと同じです。「三権分立」を少しづつ破り、行政権力がすべてを掌握することで独裁政治は可能となったのです。

これは、民主政国家の成員ならば、誰もが肝に銘じなければならない国家政治の原理中の原理なのです。

 

武田康弘(元参議院行政監視委員会調査室・客員調査員「日本国憲法の哲学的土台」を国会職員に講義)

 

コメント (2)
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