★さちゅりこん――渡邊史郎と縦塗横抹

世界が矛盾的自己同一的形成として、現在において過去と未来とが一となるという時、我々は反省的である。(西田幾多郎)

吾輩は、アメリカ軍がレインボーブリッジを爆撃すると思う

2010-07-18 23:12:37 | 映画
エアコンを買い換えたのだが、性能が良くなったせいか、普段の部屋の空気と違う。で、いつもと違うので、体調が何となくおかしい……

昨日、本を読みながら「踊るよ大捜査線 さっさとレインボーブリッジを封鎖しなさいよ」を観ていたせいか、脳の働きが鈍ったかもしれない。トップダウンの組織か、目的だけあってトップがいなくても勝手に動く組織か、と悩んでいても仕方がない、良いリーダーがいる組織がよいのだ、と言いたいところだろうが、組織は真空の中に存在してる訳じゃないのだ。私なら、物語の結末で、アメリカ軍に爆撃をやらせるね。レインボーブリッジだけじゃなく湾岸地帯は火の海だ、主人公たちもあっけなく焼け死ぬ。かかるとき、事件は会議室でも現場でもなく、「ホワイトハウス」で起きてます。

しかし、こういう現実的結末(笑)を回避して遊びたい気持ちが、この映画の当時の大ヒットにつながったのかもしれない。管理職の苦悩、中間管理職の懊悩、部下たちの焦燥、そんな彼らの人間的な対立の裏にはこんなこと――誰もが組織外部からのプレッシャーに操られた意思決定権を持たない人間であり、そしてそれをある程度意識していることが対立の究極的な原因であると皆知っている、そんな状況がある。こんなことは日本だけの問題ではないから、ほんとはみな訳が分からないのだ。で、日本だけで話がすむと信じられていた時代の議論──みんなの中で誰が威張ってよろしいかという、水戸黄門と大して変わらない話に逃げ込んでしまう。すなわち、――思うにこの映画と「けいおん!」はそれほど違っている訳ではないのである。みんな本当はお茶のみながらメールうったり、冗談言ったりしながら暮らしたいだけなので、ほんとは避けたい倫理とか組織論とかを語っても無理がでる。映画の中から「笑いに逃げたいよ~逃げたいよ~」という声を私は何度も聞いた……

金子健二の『人間漱石』を読む。漱石を「狭いが深い」と言い切る金子氏に敬意を払いたい。我々は「狭いし浅い」、あるいは「広いつもり」みたいな社会にすんでいるような気がする。