三島由紀夫が「自分はペテロニウスのようなもの」と死の直前のインタビューで語っていた。『サチュリコン』の作者である。もっとも、どうも三島と『サチュリコン』は似合わないというのが私の感想である。仮に「仮面の告白」を『サチュリコン』のように読めと言われたらどうしよう……果たしてそんなことが可能であろうか。
『サチュリコン』といえばなぜか「ねえ、先生、馬はどこ」というせりふが頭の中に浮かび上がってくる。故に、というかなんというか、人間くささには動物が必要という観念を私に植え付けたのが『サチュリコン』である。
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上の金森氏の著作は啓蒙的なものであるが、繊細な書物であった。「動物霊魂論」を追いかけた内容であったが、結論に近づくにつれ、金森氏の口調がくだけてゆるゆるになってゆくのが面白かった。動物を論じること自体に潜むモチーフに触れようとする我々が相好を崩すことが屡々であるのは、結局問題にしようとしているのが、本当は動物じゃなくて人間の魂の問題だからである。そういや、柄谷行人が最近『狼の群れと暮らした男』を評して、柳田國男を引きながら、狼と暮らそうとする男に潜む「カミ」への接近への欲望をみていたが、いかにも柄谷的な興味の有り様を示しているといえよう……。
『サチュリコン』といえばなぜか「ねえ、先生、馬はどこ」というせりふが頭の中に浮かび上がってくる。故に、というかなんというか、人間くささには動物が必要という観念を私に植え付けたのが『サチュリコン』である。
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上の金森氏の著作は啓蒙的なものであるが、繊細な書物であった。「動物霊魂論」を追いかけた内容であったが、結論に近づくにつれ、金森氏の口調がくだけてゆるゆるになってゆくのが面白かった。動物を論じること自体に潜むモチーフに触れようとする我々が相好を崩すことが屡々であるのは、結局問題にしようとしているのが、本当は動物じゃなくて人間の魂の問題だからである。そういや、柄谷行人が最近『狼の群れと暮らした男』を評して、柳田國男を引きながら、狼と暮らそうとする男に潜む「カミ」への接近への欲望をみていたが、いかにも柄谷的な興味の有り様を示しているといえよう……。