臍より下の影が、差してくる陽に逆らって前方に投影するという文章の解釈は、影――すなわちABCの順序を、今度は逆にしろという暗示に相違ないのだ。そこで、前半の排列をそのままに進めてゆけば、当然nの次のpに符合するのが、bの次のcになる順序だ。けれども、それを転倒させて、最終のzに当るはずのnを、pに当てるのだ。したがって、pqrsに対してcdfg――とするところを、nmlk……と、尻から逆立ちにした形で符合させてゆく。だから結局、子音の暗号が、次のような排列になってしまうのだよ。
bcdfghjklmnpqrstvwxyz
pqrstvwxyzbnmlkjhgfde
それから、続いて第六節では、エヴ姙りて女児を生む――という文章に意味がある。と云うのは、エヴすなわちdの次の時代――つまりabcdと数えて、dの次のeを暗示しているのだ。そして、それに第七節の解釈を加えると、eが母音の首語aに当ることになるのだから、aeiouをeiouaと置き換えたものが、結局母音の暗号になってしまうのだ。そうすると、あの秘密記法の全部が、crestlessstone――となる。それで、まず解読を終ったという訳さ」
「なに、クレストレッス・ストーン!?」と検事は思わず、頓狂な叫び声を立てた。
「そうなんだ、曰く紋章のない石――さ。君は、ダンネベルグ夫人が殺された室を見て、そこの壁炉が、紋章を刻み込んだ石で、築かれていたのに気がつかなかったかね」と法水はそう云って、出しかけた莨を再び函の中に戻してしまった。その瞬間、あらゆるものが静止したように思われた。
――小栗虫太郎「黒死館殺人事件」