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風が、うっすらと雪をかむった坊主の守山を一気におりて、松林を鳴らし去った。山の上空を険しく雲が覆うていた。
仙太は、ザザ……と藪へわけ入った。
「黒! 黒!」
犬は笹の間から黒い尖った顔を向けて待っている。
「何してる。そら、そこだ!」
笹藪がはげしく音をたてて、ひとしきり、うねった。犬は、また、黒い瞳を向けた。途方にくれているようにみえた。
「何してる!」
仙太は怒鳴った。そして、腰から笹に掩われて、凝っと立ち停っていた。
松林が、ごう、と鳴った。雲が威嚇するように頭の上にひろがってきた。鴉が麓のほうへ急ぎ飛んだ。
――矢田津世子「凍雲」