★さちゅりこん――渡邊史郎と縦塗横抹

世界が矛盾的自己同一的形成として、現在において過去と未来とが一となるという時、我々は反省的である。(西田幾多郎)

花のあるじに 千代はゆづらむ

2020-03-12 23:19:10 | 文学


九日、菊の綿を兵部のおもとの持て来て、「これ、殿の上の、とり分きて 『いとよう、 老い拭ひ捨てたまへ』と、のたまはせつる」 とあれば、
菊の露 若ゆばかりに袖ふれて 花のあるじに 千代はゆづらむ
とてかへし奉らんとする程に、あなたに還りわたらせ給ひぬとあれば、ようなさにとどめつ。


萩谷朴氏の全注釈の説、――紫式部が道長の愛人だったので、奥さんの倫子が嫌みで「皺を取れこのクズ女」と菊の露を持ってきたのに対して、「皺を取るのはおまえだなんなら千年若返れっ、と返したという説がある。それでも別にかまわないような気もするのであるが、道長の愛人だったのかは確かめようがないようだし、この文章は重陽の節句の「笑い話」なのだ。この程度はアイロニーよりもユーモアとして受け取られる文化が成立しているだろうことの方が重要に思える。この和歌は、読んでもさっさと向こうに帰ってしまった倫子には渡っていない。ああ、こんなにふざけてみた私ったら、という結末として解しても別に良いのではなかろうか。

しばらくすると裏庭で、子供が文鳥を埋るんだ埋るんだと騒いでいる。庭掃除に頼んだ植木屋が、御嬢さん、ここいらが好いでしょうと云っている。自分は進まぬながら、書斎でペンを動かしていた。
 翌日は何だか頭が重いので、十時頃になってようやく起きた。顔を洗いながら裏庭を見ると、昨日植木屋の声のしたあたりに、小さい公札が、蒼い木賊の一株と並んで立っている。高さは木賊よりもずっと低い。庭下駄を穿いて、日影の霜を踏み砕いて、近づいて見ると、公札の表には、この土手登るべからずとあった。筆子の手蹟である。
 午後三重吉から返事が来た。文鳥は可愛想な事を致しましたとあるばかりで家人が悪いとも残酷だともいっこう書いてなかった。


――漱石「文鳥」


漱石の文鳥は千代千代と鳴いた。女のようであった。彼女は、死んで「自分」に「千代」を「ゆづ」ったのである。わたくしは、この小説の方から紫式部の和歌をみていることもあって、ほんとうに「千代はゆずらむ」と書いてしまう人が、アイロニーとしてそれを表現しているとは思えないのである。命は大切なものではなく、与えられたことそれだけで価値があるというものでもなく、菊や恋によってどうにかなってしまうような、関係する儚さのようなものであったにちがいない。いまだってそうなのである。


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