げに、のたまひつるやうに、人より異なる宿世もありける身ながら、人の忍びがたく飽かぬことにするもの思ひ離れぬ身にてや止みなむとすらむ。あぢきなくもあるかな
女三の宮に源氏をとられた紫の上であるが、ついに発病である。直前の発言が上で、これが単独の意味よりも悲痛な感じになっているのは、まずは、女房に物語などを読んで貰っていたからである。物語上もさまざまな男女がいたけれども、自分は……、というわけである。思うに、国語の教師なども、物語を読み過ぎて?、なんとなく面白いことが言えなくなっている人もいるかもしれない。解釈というのは、確かにそれこそ学習の効果である側面もあるから、それでなんとなく、本文に即することから逃避し、何を読んでも同じような感じになってしまう、ということがある。――無論、これは無能な教師の場合である。いや、というよりも、解釈の多様性などという地帯で生徒や自分も許しているからいけないのである。厳密に読むことは言葉を捻るようなラディカルさを持つのだがそれは結構恐ろしいことですしね……。
もっとも、紫の上は、物語よりも自分の人生を「ひでえな」と思ってしまった訳なのでさすが有能である――、という訳ではない。上の「のたまひつる」は源氏であるが、彼の言葉「人より異なる宿世もありける身」というのが、女房たちの読む物語とともに否定的媒介として爆発的に弾けたのである。ああそうです、貴方のおかげで人と異なる運命でございました、確かにそうでしたよ……
暁方より、御胸を悩みたまふ。
にわかに苦しく胸が迫ってきた。隠れ家がなければ、ここで死ぬのだと思って、がっくり倒れた。けれども不思議にも前のように悲しくもない、思い出もない。空の星の閃きが眼に入った。首を挙げてそれとなくあたりを眴した。
――田山花袋「一兵卒」
「一兵卒」というのは、すごく胸を痛がる小説なのであるが、紫の上も一兵卒のような人なのかもしれない。源氏に強制的に徴兵されたようなものだからね……。
NHKで「これは経費で落ちません!」というドラマがやっていて、経理部勤務の女の人(森若さん)がちゃんと仕事をして会社をしっかりさせる話である。楽しいドラマである。わたくしは、ちゃんと仕事をする方が一兵卒よりもかなりまともだと思う。