田舎の家屋は皆南向きで、門口も家の前か横に設けられるのが一般的と
なっている。
しかし、我が家の前は久保川が流れているため50mほどの門口は後を走る
市道に繋がっている。
そのため、通行人は家の後ろ姿しか見ることが出来ない。
40年前に新築した際、請け負った大工の棟梁さんは勿論のこと発注した
ジイチャンも、家の表側を見て貰えない家屋を残念がったものだった。
また、ジイチャンは冠婚葬祭用に八畳が3つ連なる座敷を設け「150年
間の使用に耐え得る家を造った」と豪語したが、その発想は当時でも既に
時代遅れだった。
それでも、故人の遺志を尊重するつもりで、バアチャン、ジイチャンと
二年続いた葬儀は自宅で行った。
昨年、ある法事の席で同席した和尚さんから「檀家での自宅葬儀はお宅
のオジイサンが最後でした」と話すのを聞いて「さもありなん」と思った。
そんな我が家だが、現在の北の政所兼財務大臣様は「大き過ぎて不便。
お金が貯まったらこじんまりとした家に建て直したい」と宣っている。