穴村久の書評ブログ

漫才哲学師(非国家資格)による小説と哲学書の書評ならびに試小説。新連載「失われし時を求めて」

失われし時を求めて 1 

2022-06-14 08:18:14 | 小説みたいなもの

 「失われし時を求めて」という有名な小説があることは知っている。しかし読んだことはないのである。したがってこれから漫然と描き続ける事柄は題名のパクリではあるが内容のパクリではない。もっとも、今回の執筆を機会にプルーストの小説を読もうと思っているので、内容までがパクり気味になっていく可能性は大いにある。
 さて記憶と言うものは在庫管理の用語で言えば、「後入れ先出し」だと思うのだ。したがって古い記憶は脳底の古層に堆積する。もっとも、これは記憶が何らかの形でいつまでも保持されるとの仮定によるものだが。記憶の保持力の強さの問題のほかに正確さの問題点がある。つまり記憶はビデオテープの動画のように再生されるのか、歪んで変形されて引っ張り出されるのかという問題である。人によってはこれを「屈折されて」と表現する。
 これはシロかクロかの二分法で両断できるものではない。両断できるとするのが刑事法廷での幼稚な大前提ではあるのである。
 古い記憶と言うのはなかなか再生が難しい。いくつかの理由があるのだが、経験、あるいは体験が前にも述べたように記憶として堆積していく過程で「後入れ先出し」、つまり逆に言えば「先入れ後出し」だから普通はなかなか出てこない。記憶には二種ある。再生したくない記憶がまずある。誰だっていやなことは思い出したくない。あるいはまずいことをしたな、とか罪悪感が伴う記憶と言うのは思い出したくない。当たり前のことである。逆に言えば楽しい経験は意識の表層に浮かび上がるのに何の苦労もない。
 また、後入れ先出し、つまり「先入れ後出し」の結果として古い記憶は新しい記憶の底で上からの圧力で浮かび上がることが難しいという当然の理がある。地下深くに埋もれたものが表層に浮かび出て日の光を浴びるのは、通常大雨の後の大規模な地滑りでお天道さまを拝む場合である。あるいは大地震や大地殻変動で古層がむき出しになる場合である。
 記憶の場合で言えば、表面の層が破壊された場合である。それは大病で意識の上層が破壊されてぽっかりと穴が開いた場合である。また、強烈なショックを受けて表層が崩れ落ちた場合である。

 


召喚

2022-05-01 09:00:29 | 小説みたいなもの

 召喚に応じて道幅四メートルの場末の裏道に面した窓から、町工場の騒音とシナソバ屋の安油の匂いを伴って彼はフワフワとマントをひる返して入ってきた。彼が着地するのを待って
「すべてのことを疑うと言ったそうだが本当かい」と若きフリーターはいきなり浴びせかけた。「おかしいじゃないか」
彼は憤然とした様子で答えた。
「なんだと」
「だってすべての物を疑うなら、疑ってかかる自分も疑わしいだろう」
「疑ってかかる自分の存在だけはこの世界で唯一確かなことだ」
「矛盾しているじゃないか。すべてを疑うなら、疑っている自分をまず疑うべきだろう。あんたの言っていることは詐欺だぜ。近代の哲学者たちは一人残らずあんたに誑かされたんだ。罪は軽くないぜ」とかるく右のジャブを出した。
詐欺とは何だ!
「いやさ、言葉が過ぎたかもしれない。許してくれたまえ。矛盾と言えばいいのかな。自家撞着と言えばいいのかな。あるいは単なる修辞上の問題か。ウィトゲンシュタイン流に言えば無意味と言うことか」
侮辱に耐え兼ねて、火鉢のなかの種火みたいに顔を赤黒く変色させたデカルトは窓から飛び出した。窓枠に引っ掛けたマントが裂けてヒステリー女の怒声のような音を発した。
さてと、彼は呟いくと読みさしていた「世界制作の方法」という駄本を取り上げて読みだした。不思議だ、世界制作の方法を説く研究があって、世界消滅の方法論を論じる研究が無いのは何故だろうと彼は訝しんだ。まてよ、ハルマゲドンがあったな。もっとも、ほとんど全部が既成宗教、新興宗教、カルトが勧誘のための脅迫に使っているだけだ、というと彼は首を振った。

 


権力への意思

2022-01-17 07:40:07 | 小説みたいなもの

「すると通り魔はその陰画ということですね」
明智博士はじっと立花記者を観察していたが、「そうだね」と答えたのであった。
「梵我一如ということは自分が全能であるということだ。つまり最高権力者であるとも表現できる」。博士は注意深く葉巻を一吸した。
「ところで最高の権力とはなにかね」と問いかけた。
「さあ、総理大臣ですかね」
「ハハハ、いやまったく。即物的に言えばそれも一つの回答だがね。哲学的にというかよりソフィスティケイテッドな言い方をすると生殺与奪の権利だね。人間はだれでも人倫の制約や社会的な制裁を恐れなければ生殺与奪の権力を振るいたいんじゃないかね」
「権力への意思ですな、ニーチェ流に言えば」
「お釈迦様は人間に対して深い愛情を持っていたから、それが全人類を残らず救いたいという願望になった。通り魔は憎しみを大切に温めていたから無差別殺人になる。もし彼が核ミサイルの発射ボタンを押せたら躊躇なく押すだろうね」
「どうも解せないな」と立花は首をひねっていたが、ふと思いついて「集団自殺といえば、昔は一家心中なんてのが多かったが最近はあまりニュースにありませんね。今の話と関係があるかどうかは分からないけど」
どう説明したら頭の悪いジャーナリストにも分かるように説明できるかな、と明智博士はしばらく考えていたが、
「殺人には三種類ある。一つは利欲に原因があるものだ。物取り、押し込み強盗殺人、保険金殺人みたいなね、こういうのはマスコミの知能でもすぐ分かるから記事も書きやすいんじゃないかね」と目の前の立花を茶化すように笑った。立花も苦笑せざるを得ない。
「もう一つは非常に狭いアフィニティーグループ、典型的なのは家族だが、自分や家族が行き詰まると一家心中になる。最近これが少ないのは『家族』と言う紐帯というかアフィニティーが弱くなっているから、一家心中なんてのが古代化しているのだろう。せいぜい安マンションで暮らす若い夫婦が赤ん坊に『権力の意思』を行使する『いじめ、ドメスティックバイオレンス』が目立つくらいだ。
現代日本では個人と社会全体という二極しかない。だから梵我一如の考えは当然社会全体にむかう」
「なるほど、一応説明にはなりますね。しかし、社会全体を滅ぼすなんてことは出来ないから、出来る範囲でなるたけ派手にやろうということですかね」
博士は無言で葉巻を吸っていた。そろそろ燃えカスが落下しそうなのが心配のようであった。

立花は気が付いて「殺人にはいわゆる痴情殺人といわれるものがあるでしょう。あれはどの範疇に入りますかね」と恐る恐る聞いた。

博士は自説の欠陥を突かれたのか、不機嫌そうに葉巻の煙を立花の顔面に浴びせた。

 

 


天上天下唯我独尊

2022-01-13 08:11:52 | 小説みたいなもの

 テンジョウテンゲ・ユイガドクソンですよ、と明智博士は煙の隙間から声を押し出した。長尺ものの葉巻は一時間ほどで半分ほどになっていた。
「あのお釈迦様が生まれた時に発したという、、」と立花記者は確認したのである。
「そう」と博士は頷いた。
エログロ実話雑誌記者の立花は彼の雑誌の有力な寄稿者である「とんでも博士」の異名を持つ明智理学博士を取材していた。
 今年に入ってから世上通り魔事件としてひとくくりにされる事件が毎日のようにマスコミをにぎわしている。とにかく世間全体が発狂したようにおかしくなっている。人々は外を歩くときには金属バットをぶら下げている。いつ襲われても対処できるように用心しているのである。
 足の速い実話雑誌では早速特集を組むことにした。こういう時に出てくる頼りにしている常連が「とんでも博士」なのである。
「通り魔がお釈迦様だということですか」
「そう、お釈迦様がポポジなら通り魔はネガだな。構造的には全く変わらない」
「そこのところをもう少し分かり易く噛み砕いて実話雑誌向きに解説してもらえませんかね」
 膝の上にポトリと落ちた葉巻の吸滓を右手の甲で払い落すと、博士は分かり易く説明するにはどうしたらいいかな、と瞑目して沈思するていであった。
「どちらも独我論なんですよ、唯我論といってもいいが」
「・・・・・」
 お釈迦様は自分だけが尊いというわけだ。これはお釈迦様の生まれる何千年も前から古代インドにあるウパニシャット哲学の『梵我一如』の思想からきている。梵というのは宇宙の原理だ。宇宙の原理と自分は一体だというわけだね。つまりブラフマン(宇宙の原理)とアートマン(自分)は同じだというわけだ、と博士は説いた。
「それで、通り魔と同じだというのは?」
 分からないのかな、とじれったそうに博士は首を振った。
「宇宙と自分はひとつなら、人類と自分も一つでしょうが」
「博愛主義ですな」
「ようするにそれがポジなんだよ」

 


霊波のとどろき

2022-01-12 10:34:30 | 小説みたいなもの

 書評などのアップが間に挟まりバラバラになりましたが、「小説のようなもの」のカテゴリーで昨年12月8日以降アップした下記のものはひとくくりの続き物になります。


*宇宙の拾い物、三本
*定例閣議、一本
*本屋襲撃、一本

 読みにくくなって恐縮です。次回あげるものから題名を統一します。「霊波のとどろき」とでもしようかと考えています。以上ご報告まで。一月十二日 作者 恐惶謹白


書評家の上前をはねる(9)

2022-01-10 07:49:54 | 小説みたいなもの

 毎度お騒がせの古井由吉「辻」の感想ですが、巻末に大江健三郎と古井由吉の対談が載っている。題して「詩を読む、時を眺める」。

 対談はもっぱら大江がリードしている。タイトルの通り詩を読む話である。東大の独文科と仏文科の卒業生らしく、英独仏の詩の日本語への翻訳ともどかしさと言うか難しさの話に終始している。まったく同感であるが、肝心の「辻」への言及がまったくない。

 ま、話題が詩の翻訳の話でもいいが、辻あるいは彼の小説への話題を大江は全く持ち出していない。ちょっと、妙だというか、はぐらかされたというか、そんな感想を持った。


本屋襲撃(1) 

2022-01-07 09:19:04 | 小説みたいなもの

 大型書店が何軒かあるこの地区は深夜にはまったく死んだように静まり返る。山形輝彦はそのうちのある三興堂という大型書店の夜間勤務の守衛である。彼はモニターの並んだ壁面の前の回転椅子に座って寝穢なく(イギタナク)座睡を貪っていた。深夜までやっている神田駅近くの志那蕎麦屋から出前で取り寄せた天津麺を食い散らかしたドンブリがテーブルの上にある。そのそばには缶ビールの空き缶が三本立っていた。大盛の天津麺の咀嚼に全血液、全筋肉、全消化液がフル活動に動員されていて、頭は停止状態だった。
突然の大音響で彼は意識を取り戻した。警報が鳴ったと思い反射的に慌てて立ち上がり、膝頭を嫌と言うほどテーブルの端にぶつけた。発報のランプはついていない。大音響は外の道路の自動車のエンジンの始動音であると気が付いた。爆音は自動車が発車したのであろう、だんだんと遠く小さくなっていって、やがて聞こえなくなった。「妙だな」と彼は時計を見上げた。寝過ごしたのかな、とびくびくして時計を見上げたが、時針は午前二時である。この町が始動するのは早くても八時過ぎである。こんな時間に営業車が走りまわることはない。近くには個人の住宅もマンションもない。彼はぼんやりと食い散らかした汚れたどんぶりを眺めた。
もう一度壁面のモニターテレビにようやく覚醒しはじめた視線を送った。左から右に画面を見ていくとなんだか変だ。がらんとしている棚がいくつかある。彼は確認するために守衛室を出ると店内に向かった。一階には異常がなかった。二階も無事だ。三階では政治、経済、時事、歴史の棚に本がない。書店では時々陳列を入れ替えることがある。そのために昨夜店員が整理を始めたのかな、と思った。四階は変化がなかった。五階はほとんどの棚に本がない。天文、物理、地理、生物の棚には一冊も本がない。六階の語学関係の陳列棚もごっそりなくなっている。
「こりゃあ、棚卸や陳列の入れ替えではないな」と彼は思案した。どうして俺の宿直の時に変なことが起こるんだ、と彼は呪詛の言葉をまき散らした。気が重い。警備会社に連絡しなければならない。おそらく警察もくるだろう。それから会社にも報告しなければならない。天津麺を処理中の胃腸がびっくりしたのだろう。腹の中で変な音がすると、にわかに抑えがたい腹痛に襲われた。


書評家の上前をはねる(6)

2022-01-06 09:47:08 | 小説みたいなもの

 今回は又吉直樹氏の「劇場」を取り上げます。小川榮太郎氏の採点は86点。
私が最初に又吉氏の名前を知ったのは2015年に彼の「火花」が芥川賞を受賞した時です。文芸春秋の誌上で読んだがほとんど印象は残っていない。其のころは芥川賞の選考委員の評を同時に取り上げていたので、単行本ではなくて雑誌で読んだ。これが二段組みで細い活字でしかも活字が小さい。インクが薄い。私は案外そういう媒体の状況に読後感が左右される。そのせいか、無理やり飛ばして読んだために印象が薄いのかもしれない。小川榮太郎氏の評価は84点で極めて高い。いずれ機会を見て読み直してみましょう。
 又吉という人は別人で1995年に受賞者がいる。又吉栄喜氏の「豚の報い」です。極めて珍しい姓ですが、沖縄県浦添氏のあたりに多い苗字らしい。勿論二人は親戚でもないようですが。
 努力賞というのがあれば、努力賞をあげたい。大相撲でいえば敢闘賞です。勿論作者の努力が大変だったろうな、と察しられるからです。しかし、読者がこの200ページ余りの中編を読み終えるのにも大変な努力を求める作品です。ここで志賀直哉を引用するのはどうかと思いますが、かれも遅筆で彫琢に大変な労力を注いだとして知られますが、読むのに難渋はしない。ま、努力家にもいろいろなタイプがあるということです。
 文章の問題もありますが、一つの理由は、この小説に様々なスタイルが混在していることでしょう。たとえば冒頭の長いモノローグ。モノローグは何回か不連続で出現しますが、ほとんどの場合街を長時間さまよいながら、となっています。この小説のキモはサキという東北から出てきた洋裁学校の生徒との交渉ですが、前半部分ではとくに、漫才のボケと突っ込みを思わせるかみ合わない会話の投げ合いがあります。この辺は作者の経験が生きているのでは。かと思うと部外者にはほとんど意味をもたない演劇志向の若者の思弁的にはしる演劇論が延々と続く。
 女との同棲生活ではセックス描写は一切ないのもいい。同棲しながら、男女の関係を一切持たないケースを排除しない。読んでみると流れのなかでそんな「コンビニ人間」風の状況ではないと思われる。小川榮太郎氏の評によれば
『現代の作家が無反省に濫用する性描写を極力用いない。、、、』と評価している。
作者のあとがきで断っているように「自分の体験ではない」のだろうが、「僕」が語る二人の生活は「四畳半の貸し間」が舞台の昭和の私小説の臭い(かおり)がする。
落ちはハッピーエンドに安易に結びつくのではなくて、かといって破局で終わるのでもなくおさまりがいい。

 


メタバーバスとは

2022-01-06 06:38:22 | 小説みたいなもの

 NHKテレビのニュースでメタバース、メタバースってわきで喚いている。何だろうと思ってみると、どうも仮想空間とかバーチャルリアリテイと言うことらしい。なんか電子デバイスを身に着けると違う感覚が得られるとか。私の理解が正しいかどうかは自信がない。
 私はメタバースと言うからマルチバースつまり多元宇宙のことかと思っていたよ。宇宙のことをユニ(一つの)バースというから、宇宙の外の、あるいは上の宇宙のことかと思うのは自然だよね。ところがそうじゃないらしい。無学と言うのは悲しいね。ひとつ勉強しました。

 


年の瀬も押し詰まってまいりました

2021-12-27 13:45:56 | 小説みたいなもの

なんていうと噺家みたいですが、本棚の整頓をはじめました。今日はまず文庫本から。無秩序に本棚の開いているところに押し込んでいるのを、ジャンル別に並べ替えようというわけで。驚きましたな。SFが5、60冊ある。ま、SFファンなら少なすぎるのに驚くのでしょうが、こちらは予想より多いので愕然、いやびっくり。いつの間に溜まったのか。もちろん読んでいない本もある。ところがタイトルを見て内容を思い出せる本が一、二冊しかない。普通はストーリーまでは憶えていなくても、人にどんな本だった、と聞かれると大体説明できるんですが、SFは最後まで我慢して読んだ本でも全く印象がない。

 何故なんでしょうね。テーマがはっきりとしないというか、訴えてこないからかもしれない。文章が下手だからでしょうか。もっとも全部あちらの物なんですが。日本人の作家のは、最近一念発起して星新一のショートショートを四、五冊買いこみましたが、読んだのは0.8冊分くらい。安倍公房とか、SF作家でもあるそうですが、彼の作品などは背表紙を見てああ、あれね、と心当たりがある。やはり純文系は多少記憶に引っかかる文章を書くのかな。


定例閣議(1)

2021-12-26 09:56:27 | 小説みたいなもの

「さて本日の最後の議題でありますが、宇宙哨戒艇ビーグル号が太陽系外縁で発見した遭難ロケットは地球からのものと判明しておりますが、残存物の調査結果がまとまりましたので科学技術庁長官から報告させます」と議長が述べた。
科学技術庁長官のチュウチュウタコカイナはゆっくりと出席者に頭を下げると報告を始めた。
*まず地球人の身体の調査結果でありますが、生存者はありませんでした。しかし、直後の保存処置がよろしかったためにかなりのことが分かりました。体の形態は我々とはかなり異なります。ある程度サルに似ています。

お手元に資料をご覧ください。身長は我々の半分から三分の一ぐらいです。体重は十分の一前後であります。知能程度はその中枢神経の容量、組成から判断して我々に比べれば、かなり劣ります。しかし、我々が知っている生物の中では抜きんでて高い知能を持っています。
 そうすると、サルよりかは大分利口だということか、と教育大臣が呟いた。
*ロケットの中には大量の資料と思料されるものがございまして、これの内容が解読把握できれば彼らの知識のレベルが判明するわけであります。
 分かったのかね、と総務大臣が詰問調で尋ねた。
*まだ完全には判読できていませんが、と言い訳がましく返答した。
 報告が停滞しそうなので、議長が質問は報告が全部終わってからしていただくことにして、報告を続けてください、と促した。
*ロケットの操縦マニュアルを解析しましたところ、速力は秒速10ないし15キロ程度であります。残っていた航海日誌を解読すると地球を出発してから太陽系の縁辺に到達するのに十年弱かかっております。我々のロケットだと約半月の行程であります。
 そりゃ遅いな、と呟いたものがいる。
 彼らの寿命は何年ぐらいか分かりましたか、と議長の注意にも拘わらず誰かが質問した。
 *報告者は質問者のほうに向きなおると答えた、はっきりしたことは言えませんが60年から70年ぐらいでしょうか。成人の精神年齢に達するのが二十五歳前後と見られますので、彼らは精神活動の盛期のほとんどを旅行中に使い果たしてしまうでしょう。
*次に彼らの科学知識のレベルについてですが、これについては次回にご報告できると思います。
ここで、議長は質疑応答を促した。
防衛大臣が最初に質問した。
「かれらが我々を攻撃してくる可能性はありませんか」
「彼らの人的かつ物的な運送手段の原始的なことを考えるとそれありえませんね」
通商産業大臣が次に問いただした。
「我々が向こうに行って、何というのかな、開国を求めるということはどうですか」
「友好通商条約を求めるということですか」
「まあ、そんなところだ」
総理大臣が割り込んだ。「まず向こうの状態を調べることが先だろう。我々が必要とする自然の資源が豊富にあるとか、向こうの物産で取引の対象にあるかどうかということを知る必要がある」
「そうすると、まず調査隊を送り込むことか」
「しかし、それを受け入れるだろうか」
「もし、もめた場合に調査隊の無事が担保されるのかな」
「そうそう、それが肝心なところだ」
「運搬手段の欠如から向こうから本星を攻撃しに来ることはないが、惑星上ではどのような有効で強力な攻撃兵器を持っているか分からない。その辺は今回の調査では分からないかね」
*残念ながら、今のところは分かりません。資料の分析がさらに進めば、彼らの持っている攻撃用の武器の概要も分かる可能性はあります。
「そうすると、調査隊の派遣はそれからだな」と総理大臣は断を下した。
「そうですよ、ライオンの支配するサバンナに下りるようなものだ。ライオンは空中には上がれないが、地表の獲物には無敵だからね」
 議長が閉会を宣言した。「それでは今日はこれまでにしましょう。調査結果に進展があれば再度報告をお願いしましょう」


宇宙の拾い物(3)

2021-12-16 08:28:33 | 小説みたいなもの

「父ちゃんが見つけてきたものの調査は終わったの」と二歳の息子が海藻とイカのミンチで作ったハンバークによだれを垂らして食いつきながら聞いた。この社会では二歳になれば知的にも一人前に成長する。
 脇から母親が「食べながら話すのはやめなさい」と注意した。
「だいたいな」とカキを殻ごと足で丸い胴体の下に持っていき、ものすごい音で砕きながら答えた。
「サルに似ているって本当?」
「まあな、似たようなものかもしれない。サルよりかは少し利口かもしれないがな。その辺はまだ研究中だ」
「生き返らすことは出来なかったんでしょう?」
「残念ながら蘇生処置は成功しなかった。しかし絶命後間もなかったし、我々の保存処置がよかったから、解剖学的にはほぼ完ぺきなデータが得られてそうだ。
まず脳がある。我々みたいにな。重さは1300-1500グラムだ。註;もちろん宇宙人の重さの単位は違う。グラムなんて使わないが読者の便宜のために地球人の単位に換算している。以下すべておなじ。
体重に対する比率は2パーセントくらいだ」
「そうすると体重に対する比率はわれわれ宇宙人の比べるとどうなの」
我々の場合は平均して脳は50キロある。体重比もかなり高い。平均して5パーセントくらいかな。それに決定的な違いは脳の組成を調べると我々より大分劣る。と言うことは電導率やその他の性能がかなり劣る。つまり材料が粗悪なので知的な処理能力はかなり劣ると考えられる。註;粗悪なICチップと品質のいい集積度の高いICチップの比較を考えると分かり易い。
「そうすると僕たちよりも大分頭はわるいんだね」
「そうだろうな」
「猿に似ているって言ってるけど、サルよりかは利口なんでしょ」
「そりゃそうだ。サルに比べれば大分知的だろうな」
「勿論話せるんだよね」
「そうらしい。解剖学的には発声器官らしき組織もあるし、それに宇宙船のなかにあった大量の資料からすると、文字や数式も使えたらしい」
「じゃ、今度生きている彼らに出会ったら話が出来るかもしれないね」
「将来はその可能性がある。今は彼らの言語を分析中だ。我々の言語よりかはかなり原始的なようだがな」
「だけど、彼らだって科学知識はあるんでしょう、宇宙船で地球をとびだしているのだから」
と母親が問いかけた。
「彼らの文書が解読できれば、どの程度の科学知識があるのか分かるだろうよ」
「あなたには分からないの」と母親が口を尖らせた。
「おれは専門家じゃない。宇宙艇の船長にすぎない」
 合成樹脂の分厚い透明の膜で覆われた天幕のなかで艇長一家が夕餉の団欒を過ごしているうちに外は早くも暗くなりだした。テントの脇には基地内の幹線道路が走っている。スイッチが切り替わったように、暗黒となった外では交通信号が一斉に瞬きだした。
「あ!、セブンレッドだ」と子供が叫んだ。一直線に伸びている道路に沿って漆黒の闇の中で全部の信号が赤に変わった。子供は興奮して六本の足を水の中でバシャバシャと跳ねた。水はこの惑星では貴重品である。艇長クラスの上級士官には家族用の住宅が与えられて常時豊富な水が供給されている。腰から下は、球形の体の下に生えている脚を温水につけて生活している。


宇宙の拾い物(2)ビーグル号からの報告

2021-12-11 08:42:47 | 小説みたいなもの

  調査が終わった。宇宙艇の艇長はレプレゼンタフォンに向かうと本国に報告を打電した。
*生存者はなし。機体内に四遺体あり。機体外でさらに三遺体を発見、機体から数百メートル離れたオーバーハングにたどり着き避難を試みたのち絶命した模様。この星の大気は窒素、メタン、一酸化炭素からなっている。遭難者はボンベを背負っており、その中の気体を呼吸していたものと思われる。三体のタンクはすべてからであり、使い切っていた。おそらくその結果絶命したものと思われる。ボンベの内容は不明であるが、おそらく我々と同じように酸素を呼吸していた可能性が高い。
* 墜落原因は隕石の衝突と思われる。推進装置と思われる機体部分に大きな穴があり、一瞬にして推進力と操縦性を喪失したのが墜落原因と考えられる。
*比較的損傷の少ない遺体の形状は添付の画像の通りである。身長は我々の三分の一ほど、足が四本あり、さらにその先端部が五本に分かれている。我々の頭部と推定される(詳細な確認が必要だが)部分はかなり小さい球状の部分と思われる。四本の足が付いている部分から離れて細い管のようなものの先についている。
*今後の処置についての指示をこう。
遺体、運搬可能な物品、機体内部には「文書」と思われる多量の資料あり。これらを直ちに本国に持ち帰るべきか。

本国からの返電(指示)
* 遺体については損傷状況、腐敗状況が進行しないように慎重に梱包すること。本国においての詳細調査に支障をきたさないように保存梱包すること。なお、不明な点等は国立博物館ミイラ係に問い合わせること。保存処理に必要な薬品を持たせて専門家を送るのでそれまで現地で待機すること。
*ドキュメント類については、可能な限り網羅的に収集整理して持ち帰ること。

 


宇宙の拾い物(1)二十本の足を持つ生物  

2021-12-08 09:20:17 | 小説みたいなもの

  宇宙哨戒艇ビーグル777号は太陽系の冥王星近くで発信された電波を受信した。意味は不明だが狂ったように同一の信号を送ってきた。電文の意味は解析不可能だった。そして電波は数時間後に途絶えたのである。
太陽系の惑星にはある程度発達した知能を持つ生命体が存在するのではないかと言われており、乗組員の中には切羽詰まったような発信から救難信号ではないか、と推測するものもいた。哨戒艇が割り出した発信源までは半日くらいの行程と分かったので、そちらに向かうことにした。もしそれが未知の生物からの救難信号であれば、救助を試みることにしたのである。
「発信源はあの星らしいですね。かなり大きい」
探知機を操作していた乗り組員が報告した。
「表面に何か見えるか」
「荒れ果てた岩石ばかりのようですね。待ってください。金属があるらしい。反射してきましたよ」
「もっと高度を下げろ」と艇長は命じた。
やがてレーダーの画像に九の字に折れ曲がった物体が見えてきた。かなり大きい。「何らかの飛行物体が着陸を試みたんでしょうが、クラッシュしたらしい。胴体が二つに割れている」
「生命反応は」
「全くありません」
「乗組員の姿はあるか」
「分かりません」
「それでは注意して着陸して調べよう」と艇長は命令した。
宇宙艇が着地すると、艇長は「完全武装をしろ、何がいるのかわからないからな、念のためだ。大気はあるか」
ありますと隊員が復命した。
「温度は?」
「相当に低い。摂氏零下80度から90度です。それにかなりの強風が吹いている」
「よし、それでは第一種完全武装で武器も携行しろ。まず三人(たこ)が先行して斥候にでる。戦車を下ろして乗って行け。はしご車も出せ。一時間したら戻ってこい」と三人を指名した。
 未知の惑星の地表に下りた斥候隊は遭難現場に向かった。あたり一面は赤茶けた岩石のみで植物は全くない。動物などの生命も見えない。外気は摂氏零下七十度で風速二十メートルの風が巻いたように吹いてくる。一行が問題の墜落物体に着くまでに乗員らしい姿は見えない。近づくと全長百メートル近い胴体は大きく二つに折れている。また、下部は衝撃でひどく破損している。破損した開口部からは縄梯子が風にあおられてぶら下がっている。
「生存者がいるかもしれませんね。はしごを下ろして外部に脱出したのかもしれない」
「付近を捜索しますか」
「そうだな、しかしまず内部に生存者がいないか確認しよう」
捜索の一部始終は携帯カメラで宇宙艇にリアルタイムで送られていた。斥候隊長は艇長の許可を求めた。
「注意してやれよ」
同行した作業車からするすると伸びたはしごは十メートルほどの高さの破損した胴体の開口部に達した。用心しながら機体の内部に入った隊員たちは捜索を始めた。前部と思われる操縦用の操作盤機器に囲まれたコックピットと思われるところで生物だったと思われる物体を見つけた。子細に観察すると、絶命しているようだった。
「なんだろう、妙な動物だな。それは薄い着衣しかまとっていない。よほど緊急な事態だったのだろう。防護服を着用する暇もなかったようだ。
「妙なからだだな」とある隊員は呟いた。脚が四本ある。おいおい足の先が五本に分かれているぜ」驚いたように叫んだ。「と言うことは足が二十本あるということか」
「俺たちよりか十二本多いんだな。こんな生物のことは聞いたことが無い」
「絶命した奇妙な生物を操縦席と思われる席で見つけました。どうしましょうか、運び出しますか」と艇長に無線で問いかけた。
「そうだな、それは後にしろ。船内にほかに乗員がいないかまず調べてくれ。それから墜落原因だな。機体の破損状況からわからないか。内部の故障か、不具合なのか。あるいは外部からの隕石などの衝突なのか。機体の内外の破損状況を把握してくれ」
「わかりました」
「それから機体内部の調査が終わったら外部周辺に搭乗者がいないか確認することだ。縄梯子を使った形跡があるから、それで脱出した生存者が周辺で見つかるかもしれない。待てよ、それは第二次捜索隊を派遣してやらせよう。とりあえず機体内部の乗員の捜索をしてくれ。後は次の捜索隊にやらせる」
「了解しました」
続く


色々アラーナ(2) 

2021-11-30 07:39:12 | 小説みたいなもの

 「三百万円?!」と青山が突拍子もない大声を出した。毎日何億と言う金をペン先で扱っている経理部員としては驚くほどの金額ではないだろうに。もっとも通常の経理処理ではなくて個人的な金になると感覚が鋭くなるのかも知れない。

「元手はいくらです」

「百円」

「えっ」と驚く青山。

少し彼の驚きを軽減してやろうと付け加えた。「こんな超大穴馬券を一点で勝負するほど私は度胸がないから、色々幅広に百枚買いました」

「するってえと」と経理の専門家は頭の中でそろばんをはじいた。

「一万円が三百万円になった、」と大声で確認した。食事の終わったトレイを持って通りかかった総務課の鬼塚とん子が鋭く聞きとがめた。

「何の話なの」と青山さんに問うた。

「競馬で一万円を三百万円にしたと言う話をこれから聞こうと思ってね」

こうなると色と欲には滅法弱いOLの常としてとん子はトレイを机に置くと以下の隣に座り込んでしまった。

「競馬と言うのは推理するんでしょう。根拠があるんでしょう。よく見つけましたね。アインシュタインが相対性理論を発見したのに匹敵する」

「馬鹿を言っちゃいけません。根拠があってこんな馬券が買えるわけがない」

「するとイカさんはあてずっぽうで馬券を買うんですか」

「いや、何晩も寝ずに検討しますよ。普通はね。ところがたまには面倒くさくなってあてずっぽうに買う」

「へえ」と青山は狐に化かされたような顔をした。とん子の三角眼は異様な光を帯びてきた。

「その日はね、親戚の葬式があってね。馬券を検討している暇がない。本来なら馬券なんか買うべきではないが、毎週買う習慣が染みついているから買わないと落ち着かない。それでね、その日が十六日だったんですよ。十六番を単の頭にしてあとは適当に3連単を百枚ほど買った。葬式から帰ってきて調べたらそのうちの一枚が的中していた。三百万円ですよ」というと一仕事終わったようにつるりと顔を撫でた。

「本当に根拠がないの」とん子が追及した。「日にちが十六日だったというだけ」

「いやね、あとで考えるとないとも言えない」とイカは思い出しながら言った。

 固唾を呑んで見守っている二人に話した。「その二、三日前にね。散歩をしていて民家の隙間に薄汚れたのぼりが風にはためいているお稲荷さんを見つけたんですよ。私はね、知らない神社の前を通り過ぎることはできない。それでね、道路から軽く拝んだんですよ」

「お賽銭はあげなかったの」とん子が咎めるように聞いた。

「薄暗い奥に賽銭箱はあったようだが、どうも中に入る気がしなかった」

「なんてお願いしたの、馬券があたるようにとか」

「いや、お願いなんて何も考えなかったな。ただ軽く頭を下げただけさ」

「それで」

「それでさ、何でもない。二人に根拠は何だと追及されてふとお稲荷さんのご利益かなと思いついたのさ」

とん子は意外に神妙な顔をして頷いている。「きっと、そこはパワースポットなんだよ」

「それで毎週お参りしているんですか」

「うん、二、三度通りかかったときにお辞儀をして敬意をというか敬虔の念を表したな」

「そのたんびにご利益がありましたか」

「ないない、最初の一度きりだよ。きっと最初の時にはお稲荷さんの出勤日だったんだろうな」

「出勤日とはなんです」

「よくお寺なんかボンさんが住んでいない寺があるだろう。無住の寺とか言ってさ。だから神社と言うかお稲荷さんでも神様が常駐していることはないんだろう。俺が行った時はたまたま受け持ちの勤務日だったんじゃないの」

「だから話が通じたのか」と青山が感慨深げに言った。

「そういえば、鉄道でも無人駅なんてあるわね」ととん子が関係があるような、ないような話をした。

「だからさ、お稲荷さんのご利益といってもタイミングやなんかいろんな条件があるのよね。たまたまそこにいらしたとかさ」

「それに沢山参詣人のあるところはだめだな。皆のお願いなんて聞いていられないだろう」と青山が混ぜ返した。

「神様にも好き嫌いがあるだろうしね、いやな参拝客だったら助けてあげないとかね」

おわり