Little Sister
村上春樹翻訳によるチャンドラー作品の三作目になる。翻訳と言うのは原作者と訳者のケミストリーだが、この第三作は村上パートがこれまでで一番強いようだ。解説でも相当に入れ込んでいる。
よれよれの20ドル札を持ってマーロウの所に現れる神経症的な田舎娘が依頼人だが、これがなかなかしたたか、日本にはカマトトと一語で表現する言葉があるが、英語にはないようだ。
村上春樹も考えたね。第一作に衆目の一致するロンググッドバイを訳す。次にチャンドラー作品の中では分かりやすく口当たりのいいFarewell My Lovelyを持ってくる。そして三訳目に大好きなLittle Sisterを持って来た。
まず即物的な感想から、私もペンギンの英国インプリント版を持っているが約300ページ、村上訳が350ページだ。大体英語の小説は訳すとページ数が1.5倍から2倍になる。もっともこれは文庫版だが、翻訳は単行本だし、活字も小さいがページ数がほとんど変わらないのが意外だった。完訳だというし、このページ数は文体やなにやらと本質的あるいは有機的な意味合いもあるような気がする。
村上氏はこのオファメイの描写が面白いという。確かに特異なキャラで描写も印象に残るものだ。チャンドラーは女性を書くのがあまり得意でないという村上評だが、どうか。たしかに、この小説では二人の映画女優、ゴンザレスやメイヴィス・ウェルドもじっくりと描き込まれている気がする(特にゴンザレス)。チョイ役で出てくる警察の赤毛のタイピストの描写も実が詰まっている。村上氏の指摘で改めて女性たちに注目して読んだ次第。
この小説で他の作品と違っているのは、マーロウの心境、心象描写がかなりひねってあって(シュール味で)、かつボリュームが大きい(ページ数が多い)ということだ。色々な意味で特徴のある作品だ。
ラストはメタメタだ。村上氏の表現を借りれば「誰が誰を殺したか(いくら読んでも)分からない」。その点は期待して読まないほうがいいだろう。
村上氏の訳だが最初のほうではどうも引っかかるところがあってペンギン版と比べたりしたところがある。途中からは村上訳に乗っかったが。それで気が付いた点をいくつか;
1.23ページ
マーロウ「・・・そして見たところ、君はとんでもないカマトトの嘘つきだ。うんぬん」
小説を読んでいけば日本語で言うカマトトというキャラが浮き立つようになってはいるのだが、とペンギンを見たら「you‘re fascinating little liarとある。まだカマトトと結論付けるのは早くないか。
2.118ページ「・・・ポケットから乱暴な色合いのハンカチを取り出し・・・」乱暴なとは乱暴な。ペンギンを見たらviolent-looking handkerchiefとある。
これはA:violet-lookingの誤植ではないか、オリジナルが。昔、日本でも(書生の腰にぶら下げた煮染めたような色の手ぬぐい)、なんて言いましたな。汗と油と汚れで赤黒く変色した色を優雅にヴァイオレット色と表現したのかと
あるいはB:violentには「ひどい」という意味もあるから〈汚れて〉ひどい色をした、と訳すとか。すざましい色をした、とする手もあります。