明暗は漱石の処女作といえる。第二の処女作で絶筆ということかな。
あまりにもそれまでの作品と違いすぎる。この小説を晩年に漱石が達した「則天去私」の心境を表したものという向きがあるが、あきらかに違う。この説をとるくらいなら、解説の柄谷行人氏のいうドストエフスキー流ポリフォニー説のほうがまだいい。
したがって習作的である。漱石の読書履歴は知らないが、ドストエフスキーを読んでいたことはたしかなようだ。ミョウチキリンな心理深堀り描写はほぼ同時代人のジョイスの手法が念頭にあったのかもしれない。
漱石も欧米の新著を丸善を通していち早く予約して読んでいただろうから(当時の知識人はみなそうだった)、かの地の新事情にも綿密な注意をはらっていたことは間違いない。
ちなみに執筆された大正5年は1916年である。老婆心ながら付け加える。
病気のせいか、後半では描写のつじつまの合わないところが散見される。