私の帽子はどこに行ったのでしょうか、とかいう映画(小説)のコピーがあったげな。
たしか森村誠一という作家の作品が映画化された時のキャッチコピーであった。珍しく私の記憶に残っている。
ニーチェはあるところで「どこに行っても自我という犬がついてくる」と苦情を申し立てている。
そうかと思うと、私みたいに自我を喪失して一生探し続けているものもいる。
森村の言う「私の帽子」が何を意味するかしらない。小説も映画もみていないから。キャッチコピーだけ覚えている。
思い出せが、私の自我が飛んで行って行方不明になったのも13歳の夏であった。夏の日のベランダで。そういえばフランツ・カフカにも有名な「ぱぶらっちゅ」体験というのがある。パヴラッチュというのは東欧(或いは東欧ユダヤ)言葉でテラスとかベランダということらしい。
彼は5歳であったというから、私の体験とは違うが、夜泣きをして、父親に厳冬のテラスに締め出されたという事件があったという。カフカの父への手紙にあるそうだが、私は読んでいない。新潮社のカフカ全集にあるそうだが、ここの図書館の蔵書にはないので内容は読んでいない。
比較しても意味がないだろうが、少ない情報だけで判断すると私のほうがその影響は甚大であった。