穴村久の書評ブログ

漫才哲学師(非国家資格)による小説と哲学書の書評ならびに試小説。新連載「失われし時を求めて」

流れ

2022-12-19 07:46:31 | 小説みたいなもの

 日曜日の昼下がり、貴司はドニゼッティの狂乱のルチアを聴いていた。階段を踏み抜くようなけたたましい響きが彼を驚かせた。CDが狂ったのかと思った。階段を駆け下りたのは妹と父だった。妹のサルのような悲鳴と父親の雷のような威圧的な怒鳴り声が交互している。窓から下を見るとほとんど裸の妹が靴下も靴も履かず庭に飛び出していた。妹は家にいるときはだらしない様子でほとんど衣服を身に着けていない。何だなんだと彼も部屋を出て階下に降りた。父親は仁王立ちで庭を睨んでいる。茂子はほとんど半裸の姿でどこに逃げ込もうかと庭の隅をきょろきょろと見回している。その後ろに家事監督に来ている理恵さんが後ろから父を制止している。父親は我々を見ると我に返ったようで黙った書斎に引き返した。
「どうしたんです」
「お父様がもっと家事をしろと言われたんです。それに茂子さんが反抗的な態度をしたので怒りだしたんです。わたしが告げ口をしたと勘ぐったんでしょうか」
「自分が告げ口の名人だから人のことも勘ぐるんだろうな。しかし、珍しいな。彼女を叱るなんてことは一度も見たことが無いのにな」
「そうなんですか」
「彼女だけは兄弟の中でも特別扱いでね。父が茂子を叱ったのは見たことが無い」
 理恵さんは父の遠縁の未亡人で家事監督と言う形で来てもらっている人である。母の生前から茂子はどんなに母が忙しくしていても家事の手伝いをすることは無かった。短大を卒業しても就職せずに家にごろごろしているか夜遅くまで遊びに外に出ていた。それでお手伝いを雇っていたのだが、彼女たちは居付かない。すぐにやめてしまう。早い人は2,3日でやめてしまう。そのたびに紹介所から新しい人を派遣してもらっていた。妹とお手伝い達とうまくいかない。すぐに喧嘩になる。彼女が主人面をして自分よりずっと年上のお手伝いさんをこき使うからやめて行ってしまう。それで遠縁の年配の女性で夫と死別した理恵さんに家事監督と言う形でに来てもらっていた。それでも茂子に抑えは利かなかったらしい。
 たしかに父も目つきが鋭かったが妹ほど異様に光ることはなかった。それで中学時代の庭での変身ぶりを叔母に話して聞かせたのである。
「蛇に憑かれたのかもしれないわね」と彼女は冗談めかして言った。彼女は女性の常として占いやオカルト現象に惹かれるところがあったらしい。
「狐に憑かれるとは聞きますがね」
「私の田舎では動物の霊に憑かれるのは狐だけじゃないのよ。狸も憑くし、猫だって憑くっていわれている」
「へえ、そうですか。蛇に憑かれるとどうなるんです。キツネやタヌキとは違うんですか」
「性格が悪くなるそうよ。執念深く意地悪になるらしいわ」。おもしろい、「それで?」
「物欲が異常に強くなる、性欲の抑制が出来なくなるというわ」
「へえ」とますます感心してしまった。叔母も妹の常軌を逸したわがままな性格は持て余しているらしい。
「さっき遺伝って言いましたよね。どういうことですか」
「目つきの鋭さというのは遺伝するんじゃないかしら」
「下地があったということですかね」
「あるいはね」
 叔母は思い出すように視線を泳がせていた。「あなたはお父さんの二番目の夫人の子供だけど、お父さんもおじいさんの後妻の子供だったのよ」
「へえ、知らなかったな。そんな話は一度も聞いたことがないな。もっともおやじは郷里の家族のことは祖父のことを含めて一切話したことはないんですけどね」
「それでね、おじいさんの最初の奥さんとの間に女の子があったのよ」
「えっ、そうですか。僕の叔母さんになるわけだ。全然聞いたことが無いな」
「お父さんにも話せないような事情があったのよ。その人はなにか不祥事かあってさる家に養女に出されてその後は絶縁状態だったらしいわ」
「養女に出されてた理由はなんですか」
「それはねえ、噂だから本当のことだかどうかわからないし、言えないわよ。ただね、その人の写真を見たことがあるけど、貴方の妹の茂子さんとそっくりなのよ。特に目のあたりが」
「そうすると、父、養子に出された叔母、茂子という流れがあるのかな」
「とにかく、そっくりなのよ。私は茂子さんの小学校の時の顔しか知らなかったからお宅に来てから彼女を見てはっと思ったわ」
後でインターネットで検索するとこんなサイトがあった。
「蛇に憑かれると性格が悪くなる。自己中心的になる。人を傷つけることを平気で言ったり、執念深い性格になります」云々

 



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