五輪開催中の東京で「命の選別」せざるを得ない事態も 西浦博さんが分析する医療崩壊のリスク
開催に向かって突き進む東京五輪。理論疫学者の西浦博さんは、変異ウイルスの分析や大流行を経験した大阪のデータから、東京も医療崩壊が起きる可能性を指摘します。私たちは「命の選別」をせざるを得なくなるのでしょうか?
変異ウイルスの脅威はどれほどなのか、そして、今春の大阪のような医療崩壊は東京で起き得るのか。
※インタビューは6月25日夜にZoomで行い、その後もやり取りして書いている。
デルタ株の感染力は1.95倍に上方修正
ーー6月23日に開かれた厚生労働省のアドバイザリーボードで、デルタ株の感染力がもっと高いと上方修正されたのが気になっています。
今、分析しているデータは、国立感染症研究所で全感染者中の一部のウイルスの遺伝子配列を調べて国際的なデータベースに登録したものを使っています。
デルタ株の感染者が少ない時は揺らぎもあったのですが、最近、数も増えてきたので、より精度の高い分析ができるようになってきました。
前に出した予測では従来株の1.78倍高いとしていましたが、今回は約1.95倍という結果が出たのです。今後も継続的にアップデートして、数値が上下に変動しつつ評価を進めていくことになると思います。
ーーデルタ株の感染者が増えてきたのは、海外からの流入を防ぐのが甘かったということでしょうか?
振り返ると、2020年3月上旬までは中国の武漢由来の株が中心でした。その後、ヨーロッパで流行したものが、帰国者や旅行者によって持ち込まれて、ヨーロッパ株で第1波の流行が起きました。
置き換わりを繰り返すのですが、何度も年をまたがないような短期的流行でまだ免疫がない人がほとんどの条件では、株の置き換わりは純粋に感染性(伝播力)の大小の関係で起きると考えられています。感染性の高いものが入ってきて広がると、それが多数派になります。
英国由来のアルファ株にしても、今回のデルタ株にしても、置き換わらないようにするには、2つの方法しかありません。
1つは、空港の検疫での水際対策を厳しくし、入国制限や渡航禁止勧告によって国際的な往来のボリュームを減らすしかない。そうして侵入を防ぐ方法が1つ目です。
もう1つは、オーストラリアのように感染者の母数を減らして、感染者をほぼ全て把握し、接触者を追跡しながら国内での流行を封じ込める方法があります。
日本は侵入予防も封じ込め対策もいずれもできませんでした。中途半端な対応をすると経済も苦しみながら侵入も防げないということになってしまう。残念ながら日本はそうなっています。
この国際的な往来に関する政策を柔軟性や機動性をもって打ち出せていたか、水際対策は厳格だったかなどの問題は、後に厳しく検証されなければいけません。
国民が納得していない開催の影響で、感染防止のお願いが届きにくくなる
ーーオリンピック開幕の7月23日時点でデルタ株は68.9%になると先生は予測しています。7割まで置き換わるのかと愕然とします。
感染者が指数関数的に増えるのは過去の流行でも経験した通りです。デルタ株も増え始めればそうなります。しかもこれまでの株より感染性が高い。基本的にはこれから感染者が急増し、置き換えが防げないことは覚悟しなければいけません。
私たちは、もう置き換わることを前提に、置き換わったらどうするかに考え方を移すしかありません。ウイルスの感染性がさらに高くなった状態で、感染拡大のコントロールを考えなければならない厳しい闘いになったのです。
ーーその中で東京五輪の開催に向かって突き進んでいます。五輪の感染拡大リスクはどう見積もっていますか?
オリンピックでの感染に関しては、選手、関係者、国内のボランティアや観客がどういう行動をして、どこまで厳しいガイドラインを守るかにかなり左右されます。すごく不確実性が高いので、何人ぐらい感染者が出るのかは、相当に幅をもたせないと予測しづらいです。
ただ一つ、現時点でも言えることは、五輪云々の前に、とても悪いタイミングで国内の流行状況が既に悪化してきている中、開会式を迎えざるを得ないということです。
ーー強い制限をかけなければならないにもかかわらず、国民が五輪開催に納得できない状態でいると、注意の呼びかけを聞いてもらえなくなるわけですね。専門家有志が「矛盾したメッセージ」という言葉で出されていました。
提言で出した通りです。流行のコントロールが難しくなっていく時に、国民のみなさんの中では、この状況が少なくとも部分的には人為的に起きていると感じている人も少なくない。
感染性が高いこともあり、今回の流行は、緊急事態宣言を解除して人と人との接触が増えれば起こらざるを得ないところはあります。政府は再び接触の制限をお願いしなければならなくなると思いますが、皆が五輪開催に納得できていない影響で声が届きにくくなっています。
特に日本の緊急事態宣言は「要請ベース」で強制力はない。皆さんがどれだけ自主的に協力してくれるかにかかっています。このまま説明なく五輪を迎えることに、とても強い危機感を抱いています。
期待するのは為政者の心動かす演説だが....
ーーデルタ株の感染力を考えると、緊急事態宣言を出すとして国内の人と人との接触を今度はどれぐらい抑え込むべきなのでしょう。
宣言前にどれぐらい接触しているかによります。例えば、第1波の東京では流行対策を始める前の実効再生産数(1人あたりの二次感染者数)が、大規模な対策を行う前の3週間程度をみると1.7ぐらいでした。東京都の対策が始まってから0.8に落ち、宣言が出て0.6まで落ちました。だいたい60%以上落ちたことになります。
今回、都市部でなかなか感染者数が落ちないので、この中でウイルスの感染性が上がると、抑え込むための対策は相当ハードルが高くなります。
ーー今回の流行を抑え込むには、ぎゅうぎゅうと強い制限をかけなければいけませんか?
いえ、説明もなく制度上だけでぎゅうぎゅう締め付けると反発して聞いてもらえないリスクも考えられます。
現行の制度内であれば、おそらく最適なのは、為政者がしっかりと説明して、心からのお願いを明確な哲学の下で行うことです。
それが本当に求められるのです。ドイツのメルケル首相の演説のようなものを期待するのですが、なかなかそれが難しい。私たち専門家としても、リーダーにこれをやってもらえないことに悲しい思いをしています。
ーー国が危機にある時にトップの演説が下手というのは、日本の一番弱いところかもしれません。
そうですね。でも、下手でも必死に説明する、丁寧に説明する、ということはできるのではないかと思っています。
嘲笑する方もいるかも知れないけれど、真摯にやれば伝わるものは伝わります。自分でできる限りの説明を尽くす。それはできるはずだと思いますし、皆さんにはそのチャンスを与えてもらいたいと思います。
この春、大阪で何が起きていたのか?
ーー専門家の話を聞いていると、「今春の大阪のようにならないように」と繰り返します。東京で同じ状況になる可能性はあるのでしょうか?
まず、大阪で春に何が起きたのかをデータ分析の結果を見つつ振り返りたいと思います。
このグラフは年代別に、何%の人が重症化したかを見ています。
11月中旬〜2月は従来株で起きた流行です。その後、アルファ株によって3月から感染者の急増がありました。4月に医療が逼迫し、強い対策によって落ち着かせるまでには時間がかかりました。5月を通してベッドがなく厳しい状態が続いたのです。
それぞれの期間で重症化率はどうなっていたでしょうか。
ここで気をつけるべきは「重症化」という言葉が指すものです。
日本における新型コロナの重症患者というのは、気管内挿管をされて人工呼吸器をつけられているか、ICU(集中治療室)かHCU(高度治療室)に入院して集中治療(全身管理)を必要としている人を指します(大阪の場合はICUだけカウントしています)。
30代を見ると、重症化率が0.3%だったのが、4月、5月で少しだけ上昇し、変異ウイルスの影響かなと見て取れます。40代ではそれが顕著です。
おそらく、30代、40代の重症化した患者の多くは基礎疾患(持病)を持つのだろうとは思いますが、今まで人工呼吸器までは必要なかった世代でも、4月には必要とする方が出てきた。
ところが、60代からは若い世代と違うおかしな現象が見られます。
3月に入って変異ウイルスの影響で重症化率は増えるのですが、4月に入るとそれが少し下がっています。4月、5月と医療が逼迫している間はなぜか減っているのです。そして少し病床が空いてきた6月になると、また増えています。
何が起きたのでしょうか? 実は、これは重症患者の定義に関係しています。
大阪では4月に病床が相当埋まってしまいました。それぞれの病院で使える人工呼吸器の台数には限度があります。
1つの病院内で、使用していない(待機状態にある)人工呼吸器が残り2人分、残り1人分のように希少になった時、現場の判断で特に高齢者の人たちは気管内挿管しなかった。それを反映した推定値を示しているものと考えています。
本当なら重症患者の定義を満たしそうな方が、人工呼吸器をつけるなどの処置ができないために重症患者としてカウントされなかったということです。他の通常医療も提供できなかったことでしょう。
要するに、医療崩壊してしまったのです。
ーーつまり、人工呼吸器はより若い人を優先して、高齢者はそのまま看取る、積極的な治療を諦めるということになったのですね。
そうです。施設で感染した場合も、病院に入院した場合も、酸素投与はできたとしても、肺炎が酷くなった時に行う気管内挿管や人工呼吸器の装着はできなかった可能性が高いです。
そもそも高齢者は積極的治療をやる対象になりにくい中、そういう傾向が格段に強くなって挿管をしない高齢患者が多発することになったものと思います。
実際、大阪の報告データはそれを裏付けています。
第4波で1200人以上が大阪府で亡くなっているのですが、そのうち気管内挿管をせずに亡くなった方が900人を超えるぐらいいます。4分の3ぐらいの人が挿管せずに呼吸が苦しい状態で亡くなったことになります。
これは2度と起こしてはいけないと強く感じる流行でした。
一方、致死率を見ると、今度はその逆のことが4月に起きています。
大阪では4月に跳ね上がっています。そして大阪の致死率は東京の3倍近くになっています。東京は流行しても医療のキャパシティの範囲内で病床が足りたので持ちこたえました。
つまり、英国由来のアルファ株で流行が起きたとしても、医療の範囲内で診ることができたら、致死率は従来株から格段に上がるというわけではなさそうなのです。
でも医療が崩壊してしまうと、積極的な治療が受けられなくなり死亡リスクが上がってしまう。
70代を見ても同じです。大阪では、それまで致死率4〜5%だったのが、4月の時だけ約3倍の12%まで上がっています。80代でも同様でした。東京と比べると、致死率のリスクは3.4倍になっていました。
感染規模が許容範囲を超えると死者も増える
大事なのは、人工呼吸器が不足していたため、呼吸が苦しい状態でも挿管できずに看取るしかできなくなったということです。東京都との比較できれいにわかります。
第4波では医療従事者の予防接種が進んだこともあって、医療機関の中でのクラスターは少なかった。その中で人工呼吸器の利用が限界に達すると、現場の判断で若い人を優先せざるを得なくなるので、こういう結果になったのだと考えています。
ーー人工呼吸器は物として足りないだけでなく、管理する人材も足りなくなったわけですよね。物を増やしても動かせる人には限りがあります。
人工呼吸器はハードだけでなく、ソフトも揃えるのが相当難しいです。
人工呼吸器を使用可能な受け入れ病院が全医療機関の25%くらいとされています。それらの受け入れ病院内で人工呼吸器を使いこなせる医師は、集中治療医学や麻酔科・救急医学のような専門の方に加えて、あとは外科・呼吸器内科など、ごく一部に限られます。
管理する看護師も特別な訓練を受けなければいけません。すぐ増やすことはできません。限界があるのです。
自宅で亡くなった方はこの間、把握されている範囲で2桁ぐらいだけです。つまり、皆さん状態が悪くなると何とかして入院はできているものの、せっかく入院したのに挿管できずに亡くなっている。
ベッドを増やせばいいということではないのです。もちろん酸素投与が必要な若者の肺炎患者が増えれば、酸素投与が可能なベッドが増えることで助かる人はいるでしょう。
だけど本質的な死亡者数の中心を占める高齢患者の死亡を減らすには、それでは足りない。
このデータでわかるのは、許容範囲の感染規模というものがやはりあって、それを超えてしまうと致死率は上がらざるを得ないということです。だから感染者数を一定レベル以上に増やしてはいけないのです。
今回、さらに背中が寒くなるのは、これよりもさらに規模の大きな流行が起きると、さらに致死率が上がるだろうということです。
患者数が医療のキャパシティを超えてしまうと、その後はハイリスクな感染者が増えれば増えるほど、重症化するにもかかわらず積極的治療のできない人が増えると考えられるためです。
東京はもちろんのこと、もう日本でそれを起こしてはいけない。
ここで検討したデータは、最終的に大阪で感染拡大を制御した上での致死率です。今後も、首長が責任を持って素早く対策を取れるかで、そこに住む人の命運が大きく分かれます。
大阪の教訓を次に生かさなければいけません。
東京で春の大阪のような医療崩壊は起こり得るのか?
ーーここまで聞いて気になるのは、東京五輪が開催される東京で、春の大阪と同じようなことが起こる可能性があるかです。
東京では今、感染者が増加傾向になっていますね。東京は大阪よりも医療のキャパシティ規模は大きいですが、人口も多いので、あふれてしまうと危ない。それは大阪で学んだ通りです。
今回の流行で少し違う要素は、高齢者のワクチン接種が想定以上のスピードで進んできていることです。その中で重症患者の発生がどうなるのかは、急いでデータ分析をしています。
結果として五輪を強行したけれど何事もなく、考え過ぎだったという結末になればベストシナリオですが、施設内の高齢者で接種を終えていない人は実は結構な数がいます。そこの感染を防ぐためには積極的に接種するなど、きめ細やかに見ていかないといけません。
これまで重症化しやすかった人は後期高齢者です。その人たちの多くが接種をしていて感染しなかったり、重症化しなかったりすることが起こるようになると思います。ですので、重症患者の増加はこれまでのスピードよりは格段にゆっくりになります。
だからといって、感染者数が急増しているのに「重症病床がまだ空いているから大丈夫だ」と緊急事態宣言を待ってしまうと、二つの問題が生じる可能性があります。
一つは重症患者の病床が埋まった段階では、これまでと比較して全体の感染者数はものすごく大きくなってしまうことです。
東京の以前の(すぐに対応可能とされる)重症病床は500床程度でした。今は少し増えましたが、人工呼吸器を使える人を増やすのはすぐには難しい。
これまで高齢者が接種を受けていなかった状況だと、1日あたりの感染者が1000人ぐらいに至ると、重症病床が埋まることもあり得ました。
ところが高齢者で接種が進んだ場合をシミュレーションしてみると、だいたい1日あたり9000人ぐらいにならないと重症病床がいっぱいにならないのです。だから重症病床の埋まり具合だけを見ながら緊急事態宣言を出し渋るようなことが起きると、日本は相当規模の大流行になってしまいます。
その時にもう一つ問題となるのは、緊急事態宣言をうっても、感染者数が多すぎてすぐ感染者が減るわけではないので、重症患者もすぐ減り始めるわけではないことです。
これまでの規模の流行では、緊急事態宣言は1ヶ月計画でやって、延長があれば合計2ヶ月になる、という程度でした。
ところが9000人ぐらいまで感染者が増えると、これまで相当のレベルに落とすには最低2ヶ月半ぐらいかかり、長ければ3ヶ月以上は必要になります。
やはり新規感染者数を丁寧に見なければいけません。これから感染者が増えるであろう東京で、しっかり覚えておかなければいけないことです。予防接種が進む中、ステージ分類から感染者数を除外することを政府筋が考えているとも聞き、強い危機感を持っています。
【西浦博(にしうら・ひろし)】京都大学大学院医学研究科教授
2002年、宮崎医科大学医学部卒業。ロンドン大学、チュービンゲン大学、ユトレヒト大学博士研究員、香港大学助理教授、東京大学准教授、北海道大学教授などを経て、2020年8月から現職。
専門は、理論疫学。厚生労働省新型コロナウイルスクラスター対策班で流行データ分析に取り組み、現在も新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードなどでデータ分析をしている。
趣味はジョギング。主な関心事はダイエット。