オミクロン株の感染流行で医療体制がひっ迫している。そんな中、コロナ対応で中心的な役割を期待される国立病院機構(NHO)傘下にある災害医療センターで、医師や看護師が大量に離職し、医療提供に影響が出ていることが、AERAdot.の取材で明らかになった。院内では、コロナ対応をした職員に対する院長の差別発言やパワハラ騒動、さらには盗撮問題が起こっており、職員からは院長の退任を求める動きが出ている。

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「職員が大量に辞めて、コロナ対応にも影響が出ている」

 こういうのは災害医療センター(東京都立川市)の職員だ。

 災害医療センターは国立病院機構(NHO)の傘下にある病院の一つ。NHOは厚労省が所管する独立行政法人で、全国に140病院、約5万3千床を持つ、巨大病院グループだ。地域医療の中核を担っており、コロナ対応でも、97病院で2515床(昨年9月27日時点)を確保し、治療にあたっている。災害医療センターも都西部の救命救急センターとして主要な役割を果たし、新型コロナの中等症・重症患者を受け入れる重点医療機関として、まさに最後の拠り所とされている。

 そのような重要な病院で何が起こっているのか。職員はこう嘆く。

「看護師が月に3人から5人辞めている。昨年度で70人程度、今年度も同じくらいの人数が辞める予定です。NHOの関東信越のエリアでもこんなに辞めるのはウチくらいでしょう」

 懸念されるのは医療への影響だ。現在の状況についてこう語る。

「年度初めには新人ばかりで機能しなくなるというのが現状です。病院幹部が現場に判断を丸投げし、現場が判断してもそれを覆すということが繰り返されている。コロナ対応にあたる看護師もそうした対応に参ってしまい、休職に追い込まれました。看護師が減れば、患者の対応にも限界がある。受け入れ患者も減っています」

 本来であれば、NHOはコロナ禍で中心的な役割が期待されるところだが、災害医療センターではそうした期待に沿えない実態がこれまであったようだ。

 その端緒は日本で新型コロナの感染拡大が始まるときに現れていた。2020年2月にクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」で集団感染の問題が起きたときの話だ。災害医療センター内には「DMAT」と呼ばれる災害派遣医療チームの事務局があり、クルーズ船の集団感染でも職員が現地に派遣された。

 一部の職員は災害医療センターの敷地内にある宿舎で暮らしていたが、現地から戻ってくることになると、病院の幹部から「その職員を敷地内に入れるな」という発言が出たという。当時を知る医師はこう語る。

「その発言をしたのは、現院長の土井庄三郎氏(当時は副院長)です。当然、DMATでは『これは差別発言だ』と問題視し、関連学会である日本災害医学会から強い抗議声明が出されました。声明の中に災害医療センターの名前は出ていませんでしたが、あの声明の背景の一つには、土井氏の発言がありました」

●診療科Aの医師らが相次ぎ退職

 また、昨年、東京が新型コロナの第4波に襲われている最中に、災害医療センターでは、コロナ患者の受け入れの制限を行っていたという。コロナで肺炎になった患者など重症者を受け入れる救命センターの受け入れも縮小していた。ここでも土井院長の存在が影響していたようだ。ある職員はこう語る。

「院長はコロナ対応について消極的でした。国からコロナ病床を増やす要請があってやっと病床は確保したものの、コロナが全国的に落ち着いたときで病床はがら空き。院長からは『患者は実際に入れず、パフォーマンスとして用意しておけばよい』という発言もあったようです。しかし、目に見えて収益が落ち始めると、第6波を前にして、『患者を入れろ』とコロナ病床から一般病床に切り替えました。その後、コロナ患者が全国的に増えると、今度はコロナ病床の確保のために『一般病床を空けろ』とまた急に方針転換した。現場は振り回されました」

 この他にも多数の医師が離職する事態も起きている。昨年8月、年間20億円の収益をあげてきた診療科Aに所属する医師が4人中3人も辞めることになり、院内に衝撃が走った。ある医師は「背景にあるのは土井院長による医師の東京医科歯科大出身者への置き換えだ」という。

 どういうことか。

 実は、土井院長は名門国立大である東京医科歯科大の出身。19年に副院長として災害医療センターにやってきて、20年に院長になった。現場からのたたき上げではなく、院内では「落下傘院長」とも言われる。前院長も東京医科歯科大の出身で、2代連続で落下傘院長となっている。

 こうした落下傘院長の体制になってから、各診療科のトップが“医科歯科”化されてきた経緯がある。この数年の間に5つの診療科の医長・部長は医科歯科の出身者となり、もともと勤めていた他大学出身の医長らは退職に追い込まれたという。

 そして昨年、診療科Aの医師を東京医科歯科大の医師に置き換える動きがあるという話が、病院外の複数の医師らから、診療科Aの医師のもとにもたらされるようになった。その話を聞いた医師は「これ以上ここにいても先はない」などと考え、辞職に追い込まれたという。先の医師はこう嘆く。

「診療科Aの医師の大量離職に伴い、患者や周辺病院から不安の声があがっています。また、結果的に病院の収益は大幅に下がり、経営的に大打撃になっている」

 問題はこれだけではない。院長によるハラスメントの問題も起こっている。複数の関係者の話によると、診療科Aに残った1人の医師には、院長室で「診療科Aの医師を1週間で集めろ」「できないなら、(院長の母校)東京医科歯科大学から連れてくる」と恫喝するように発言したという。「1週間では無理だ」と伝えても、取り合ってもらえなかった。

 また、驚くべきことに、昨年、院内で男性職員2人による盗撮問題が起きている。その際、土井院長は男性職員を擁護する立場をとり、「(盗撮に追い込んだ)女性主任も悪い」「女性主任が辞めればいい」などと盗撮の被害者でもあった女性側を責める発言をしていたことが女性主任の耳に入る事態になった。男性には盗撮行為について厳重注意がなされただけで終わったという。

 NHO本部の対応はどうなっているのか。昨年6月、2人の医師がこれらの院長のハラスメント行為について内部通報を行った。しかし、組織の対応は鈍く、しばらく音沙汰はなかった。内部通報から3カ月もたった9月になると急きょ、本部の下部組織である関東信越グループが医師2人にヒアリングを始めたという。

 結果は11月に入ると通知された。「一週間で集めろ」発言については、「院長の姿勢は一方的過ぎる、一定の配慮が欠けていたと言える」と認めたが、「ハラスメントとはいえない」などとされた。

 また、「辞めればいい」発言については「女性主任の管理能力がないという話を幹部間でしていたのは調査の結果推測できるが、退職させたいという不当な目的があったとまでは確認できなかった」「院長などが意見を持ち、議論し合うことは問題ないが、職員にその理由がわかならい形で関間接的に伝わる状況はあってならない」「女性主任の労働環境が害されている可能性は否定できない」などとしながらも、「ハラスメントとして認定しない」となった。

 病院関係者はこういう。

「NHO側の判断は、当事者がハラスメントと感じたことはすべて否定、院長寄りの裁定になっていたと院内では不満の声が多数あがりました」

●背景に院長の定年延長も?

 ハラスメント問題はその後、驚くべき展開を迎える。土井院長は今年3月で定年退職を迎える予定だったが、NHO本部は土井院長に対して「来年度の勤務延長を予定している」と内々に伝えたという。院内にその情報が漏れると、職員からNHO本部の理事長らに宛てて、院長退任の嘆願書が出されるなど現場から反発の声があがった。先の関係者はこう見る。

「3カ月も放置されていたハラスメントの通報が急に動き始めたのは、院長の勤務延長を決めるためと言われている。NHO本部には現場から何度も院長の問題が報告されており、本部も問題は把握している。それにもかかわらず院長寄りの対応なのは、東京医科歯科大との関係があるからなのでしょう。医科歯科大から医師を派遣してもらう条件として、院長を置いているのではないか。もはや本部もガバナンスが効いていない」

 実はNHOはこれまでもコロナ禍で問題を指摘されてきた経緯がある。

 NHOは、同じく独立行政法人である地域医療機能推進機構(JCHO、尾身茂理事長)とともに、多額のコロナ関連の補助金を受けながらも多くが利益に計上され、コロナ対策に有効に使われていなかった問題が財務省に指摘されている。

 さらに昨年10月、岸田首相に「(コロナ)病床確保に当たっては、国立病院機構法等に基づく要求など国の権限を最大限活用し、必要な医療体制の確保に万全を期す」とやり玉に挙げられていた。

 しかし、AERAdot.が1月27日に既報したように、第6波に備え、NHOが準備していた臨時医療施設の開設が3月上旬以降になるなど、呆れるような実態が明らかになっている。今回の問題は改めてNHOの課題が明らかになった形だ。

●NHO本部「人事に関しては回答を控える」

 NHO本部および土井院長はどのように答えるか。コロナ患者の受け入れを制限していたのか、医師や看護師が大量に離職したのは事実か、医科歯科化は進んでいるのか、パワハラはあったのか、院長の定年延長は決まったのかなど質問状をNHO理事長と土井院長宛に送ったところ、以下の回答がNHO本部から来た。

 コロナ対応については

<新型コロナウイルス感染症対応に積極的に取り組むという考えは国立病院機構として当初から一貫しており、それぞれの病院の機能や状況に応じた様々な工夫を凝らして病床確保や医療従事者派遣等に取り組んできております>

<先般厚労大臣から求めがあった東京都及び大阪府に新増設する臨時の医療施設への医療人材派遣についても、2月中旬から3月末日まで看護師延べ76人、薬剤師延べ15人を派遣することとし、後藤厚労大臣から「感染が非常に厳しい中で、協力をいただいていることに対し、本当に心から感謝を申し上げたい」とのご発言をいただいております>

 などと回答した。

 それ以外の質問に対しては、

<職員の人事に関するご質問については、詳細な回答は差し控えます。災害医療センターにおいて、診療科Aの医師の離職や他の診療科で医師の交代があったことは事実ですが、病院の医師の人事は、各病院が主体となって本人の希望をはじめとする様々な考慮要素を総合的に判断、調整するものであり、同センターの場合も事情は同様です>

 と回答した。医師の離職や医師の置き換えがあったことは認めたが、詳細には答えなかった。(回答全文は記事後段に記載)

 専門家はどうみるか。キヤノングローバル戦略研究所の松山幸弘研究主幹は、こう問題視する。

「看護師や医師が大量に退職し、パワハラの訴えもあるところなどを見ると、院長によるガバナンスが機能していないのは明らか。内部管理上の問題で国民の命が危険にさらされるなど問題外の話です。そのような人物を配置し続けているNHOと、所管の厚労省の責任は重い」

 さらに、今後のコロナ対策についてもこう課題を指摘する。

「NHOだけではなく、JCHOもそうだが、これまでのコロナ対応を見ている限り、『自分たちがセーフティネットのラストリゾート(最後の拠り所)』という使命感があるとは思えない。総理官邸が主導して、NHOやJCHOなどの公立医療機関にコロナ病床を集約する体制を整えないと、感染拡大するたびに医療ひっ迫する事態が繰り返されるでしょう」

 国立病院機構は、その本来の役割を果たせるのか。改めて問われている。

(AERAdot.編集部 吉崎洋夫)

●国立病院機構からの回答全文

クルーズ船の対応から戻ってきた職員について「敷地内に入れるな」と発言したのか、コロナ患者の受け入れ制限をしたのか、救命センターの受け入れ制限をしたのか、『患者は実際に入れず、パフォーマンスとして用意しておけばよい』と発言したのか、などの質問に対して

 新型コロナウイルス感染症対応に積極的に取り組むという考えは国立病院機構として当初から一貫しており、それぞれの病院の機能や状況に応じた様々な工夫を凝らして病床確保や医療従事者派遣等に取り組んできております。

 こうした国立病院機構の取組は、従来から各方面で高い評価を頂いております。先般(令和4年2月9日)厚生労働大臣から求めがあった東京都及び大阪府に新増設する臨時の医療施設への医療人材派遣についても、国立病院機構各病院も新型コロナウイルス感染症対応で厳しい状況の中、2月中旬から3月末日まで看護師延べ76人、薬剤師延べ15人を派遣することとし、後藤厚生労働大臣から「感染が非常に厳しい中で、協力をいただいていることに対し、本当に心から感謝を申し上げたい」とのご発言をいただいております。

(参考)このほか、令和3年2月18日、菅内閣総理大臣(当時)から「日頃から新型コロナウイルス最前線で感染リスクにさらされながらも、患者の命のために、日夜努力されておられますことに、心から感謝と御礼申し上げます」というご発言。

 更には、令和2年度の業務実績評価においても独立行政法人評価委員会委員から、「新型コロナウイルス対応に極めて貢献した」、「国からの様々な要請に国立病院機構が応えられなければ日本は大きな混乱に陥ったと考えられる」との評価をいただいています。

 この新型コロナウイルス感染症に積極的に取り組むという国立病院機構の大方針の下、災害医療センターにおいても多摩地域の重要な医療拠点としての機能を維持しつつダイヤモンド・プリンセス号や横浜検疫所等へのDMAT等の派遣に始まり、直近の第6波においても積極的にコロナ患者を受け入れることはもとより、本年1月には厚生労働省の求めに応じ沖縄県に職員を派遣するなどの取り組みも行っています。

看護師が大量退職しているのか、5つの診療科で医長らが医科歯科大出身の医師に置き換えられたのは事実か、診療科Aの医師を置き換えようとしたため医師3人が辞めたのか、ハラスメントはあったのか、院長の定年延長は決まったのか、医科歯科大から医師を派遣してもらう条件として院長を置いているのか、などの質問に対して

 職員の人事に関するご質問については、詳細な回答は差し控えます。