図書館から借りていた 村木嵐著 「遠い勝鬨」 (大活字本)を 読み終えた。
つい数年前までは 職業柄 時間的にも、精神的にも 余裕等が無くて じっくり読書する習慣等まるで無かった類であるが、仕事を完全に辞めた後から、特別 意識的に自分を変えよう等とした分けでもなく ごく自然に 読書が多くなっていることに気付く。
とは言っても 気力も根気も理解力も低下している後期高齢者、気楽に読める時代小説等が中心だが 気まぐれに手を伸ばすようになっている。
当然 作者についても 作品についても 無知であり、余り事前に調べたりもせず 手当たり次第の感有りだが 読みこなしている内に なんとなく 次第に 自分好みの作者や作品に傾いているのが分る。
まだまだ 読書初心者?、今回もまた 特に 読んでみたい作者、作品ということでなく むしろ 題名が目について ひょいと借りてきたような書である。

(大活字本)
「遠い勝鬨」
正直なところ、著者の村木嵐(むらきらん)氏についても 無知であった。
読了後に やおらネットで調べてみると、著者は 京都大学法学部卒業後 会社勤務を経て 司馬遼太郎家の家事手伝いとなり 後に 司馬遼太郎記念財団理事長の司馬夫人福田みどり氏の個人秘書を務めたという女性で 筆名「村木嵐」は 多趣味であったことからついたあだ名 「むら気乱子さん」が 由来なのだそうだ。
2002年に 「マルガリータ」で 第17回松本清張賞を受賞されておられる。
本書 「遠い勝鬨」は 著者の第2作目の長編時代小説だということだ。
時は 徳川幕府が江戸城下建設を推し進めている時代、物語は 「知恵伊豆」と呼ばれた老中首座松平伊豆守信綱の竹千代(後の徳川三代将軍)小姓時代(18歳)から島原の乱までを描いている。
この物語の主人公は やはり信綱になるのであろうが 著者は 物語の後半で明らかにする 実は 母親がキリシタンで幼児洗礼を受けていた 医師 賀山健之丞という人物を登場させて 信綱と キリシタン禁制、島原の乱、二つのテーマを結び付けている。
出世確実な信綱を 落としいれよう(殺そうと)企てた人物の謎解きもあり 物語は ミステリータッチで構成されている。
ただ 登場する人物それぞれの人物像、キャラクターの掘り下げがやや弱かったり、途中で極端に変わってしまう描き方に違和感を感じたり、長編小説ならではかも知れないが 部分的に間延びする場面が有ったり、逆に端折ってしまっている部分も有り、物語の展開のスムーズ性がやや欠ける箇所が有るように感じたりもした。
題名 「遠い勝鬨」は 巻末の 「えい、えい おう、どこからか勝鬨が聞えてきた。それが耳に届いたとき 健之丞は目を閉じた。輝く日の光の中で 信綱が戦扇をかかげる姿が瞼に浮かぶようだった」から 付けられたものだと思われる。