当地、今日は、朝から雨が降ったり止んだりが続いている。「雨読」の日と決め込んで 読み掛けになっていた 藤沢周平著 神谷玄次郎捕物控 「霧の果て」(文春文庫)に 手を伸ばし、ようやく読み終えた。
読んでもそのそばから忘れてしまう爺さん、うっかりして また同じ本を 図書館から借りてきてしまうなんていう失態を繰り返さないためにも 忘れない内に書き留めているところだ。
1975年(昭和50年)から1980年(昭和55年)に「小説推理」(双葉社)に連載された連作短編時代小説「神谷玄次郎捕物控」が、「出会茶屋・神谷玄次郎捕物控」と改題されて、単行本となり、さらに1985年(昭和60年)、「霧の果て・神谷玄次郎捕物控」と再改題されて 文春文庫から刊行された文庫本である。
藤沢周平著 神谷玄次郎捕物控 「霧の果て」
本書は 表題の「霧の果て」の他、「針の光」、「虚ろな家」、「春の闇」、「酔いどれ死体」、「青い卵」「、日照雨(そばえ)」、「出合茶屋」の 連作短編8篇で構成されている。江戸を騒がせた数々の事件を舞台に 「はぐれ同心」神谷玄四郎が、縦横に活躍する捕物帖だが 随所に藤沢周平氏の筆致の凄さが感じられ、素晴らしい作品の一つだと思う。巻末には 本書について、あるいは藤沢作品についての 俳優児玉清氏の「解説」が収録されており、こちらも大変造詣の深い内容、文章力で 感じ入ってしまった。
本書の主人公は 北町奉行所の定廻り同心 神谷玄次郎。自他とも認める「はぐれ同心」、「一匹狼」。真面目に奉行所に出勤もせず、自分が興味を持った殺人事件に関わると俄に変身、抜群の推理力、卓越した勘と閃き、鋭い洞察力で犯人を追い詰めていく捕り方となる。勤務態度だけでなく、独身の玄次郎は 小料理屋よし野の女主人お津世とねんごろになりその家に居候を決め込む等 生活態度も良くなく、上役からみれば やくざな半端者とみなされるが 本人は一向に気にしない・・というキャラクターの持ち主だ。
一方で 玄次郎には 心に抱いている屈託が有る。無足の見習い同心を始めたばかりの14年前、同心だった父親神谷勝左衛門が手掛けていた殺人事件に 上部からの邪魔が入り、母と妹が八丁掘りの路上で殺され、父親勝左衛門も気力を失い病死、事件解明も中断されてしまったことがあったが、玄次郎の心の奥に抜き難い奉行所への不信感が有り、いつか、一家を破滅に追い込んだその事件の真相を突き止めてやるぞという密かな決意を持ち続けているという設定だ。
同心でありながら、小石川の直心影流の道場の高弟で、一流の剣の使い手でもある玄次郎と 生真面目な岡っ引きの銀蔵のコンビで 次々と難事件を解決していく物語であるが 最終篇「霧の果て」では 何も見えなかった濃霧から 霧が晴れるように、母と妹の斬死事件の真相を突き止め、同心だった父親の無念を晴らすに至る。もっともっと、シリーズで読みたくなるところだが 残念ながらこの捕物帖は 全てが解決した分けではない場面で終わっている。
「長い間胸の奥に、いつかはあばきたててやると思い続けてきた奸悪なたくらみの正体が あの弱々しい老人だったことに、むなしさを感じていた。(中略)・・人間、おしなべてあわれということか」
「お津世の顔がみたい。(中略)・・・この変にうつろな気分も消えるだろうか」
(主な登場人物)
神谷玄次郎(主人公)・・北町奉行所定廻り同心、直心影流、独身、
お津世・・小料理屋よし野女主人(24歳)、2年前に亭主が殺された寡婦、
銀蔵・・玄次郎配下の岡っ引き(38歳)、髪結床「花床」の主人、丸顔ひげもじゃ、生真面目、愛想が悪い
おみち・・銀蔵の女房(32歳)、愛想が良い、しっかり者、髪床をきりもり、
金子猪大夫・・与力、玄次郎の上司、毎度玄次郎の勤務態度に雷を落とすが 玄次郎の事件解決の手腕は買っている。
「針の光」
おゆみ・・お滝につとめていた娘、
としぞう・・変質者
甲州、あんこう・・乞食
「虚ろな家」
鳥飼道之丞・・玄次郎と同僚同心
弥之助・・道之丞配下の岡っ引き
菅生半蔵・・浪人、
直吉・・銀蔵の下っ引き(20歳)、板木すり職人、
おみの・・直吉と夫婦約束
作太郎・・菊屋主人、
政右衛門・・菊屋の本家
「春の闇」
筆之助・・神戸屋の若旦那、
お園・・奥州屋の娘、
増吉・・奥州屋の奉公人、
幸七・・奥州屋の手代、
「酔いどれ死体」
甚七・・物乞い、
孫次郎・・吉川屋主人、
「青い卵」
むめ・・大工の後家(56歳)
糸屋の隠居(64歳)
文吉・・糸屋の隠居の孫(12歳)
長吉・・小間物売り
「日照雨(そばえ)」
おひで・・豆腐屋の女房
勝蔵・・おひでの夫、いびきが酷い、
重吉・・米屋の次男坊、ドラ息子、
惣六・・車力
「出合茶屋」
仙太・・元岡っ引き、
十松・・元岡っ引き、ハゲ松、妹の小料理屋、
「霧の果て」(表題の作品)
印南数馬・・堀井伯耆守が寺社奉行の時の寺社役付同心。
井筒屋善右衛門・・札差、
お佐代・・井筒屋で行儀見習いだった雪駄屋の娘
歓喜院・・行者
村井藤九郎・・蔵宿師
お寿賀・・村井藤九郎の娘、
鶴木右膳・・水野播磨守康方の家臣、機迅流の剣客、
水野播磨守康方・・元御側衆