たけじいの気まぐれブログ

記憶力減退爺さんの日記風備忘雑記録&フォト

晴れてきた台風一過?爺散歩

2021年08月08日 17時15分22秒 | 散歩・ウオーキング

本州の南海上を北東に進んでいた台風10号の接近で身構えていたが、千葉県、茨城県等に大雨を齎し、どうやら房総半島沖からさらに東方に向かったようで、直撃は免れた。当地も、台風の影響で、昨日から今日、断続的に強い風雨も有ったが、大きな災害発生は無さそう。午後には 雲間から青空も見え出し、天気は回復に向かっているようだ。
かなり蒸し暑く、汗ダク覚悟で 近くをちょこっと歩いてきた。
スマホの歩数計で 約4,700歩。

君の名は?

 

モミジの種

 

一眼レフ、三脚で 何やら狙っている男性一人有り、
そっと 後ろに回って、レンズの方向をたどってみると・・・
増水した川面の茂みに2羽のカワセミが・・・、
番だろうか。
コンデジで カシャ、カシャ、
やっぱり うまく撮れない・・・、
けど、
マッ! イイか?

コメント (2)

ホウセンカ(鳳仙花)

2021年08月08日 13時45分55秒 | 爺さんの備忘録的花図鑑

昭和20年代から30年代、夏休みの頃から秋口にかけて、農家の庭先等で良く見掛けていた花の一つに「ホウセンカ(鳳仙花)」が有った。もちろん 子供のこと、花に興味関心が有った分けではなく、花後に出来た緑色の実にちょこっと触れると種が飛ぶことが面白くて、覚えた花だったと思っている。その後数十年間、ホウセンカ(鳳仙花)等をあまり意識して見掛けることもなくなり、すっかり忘れてしまっていたものだが、つい最近になって、散歩・ウオーキングの途中、民家の庭先で、ホウセンカ(鳳仙花)を見掛けて写真を撮って帰り、改めて懐かしがっているところだ。 


ホウセンカ(鳳仙花)

ツリフネソウ科、ツリフネソウ属、1年草、
    和名「鳳仙花」は 中国名を音読みしたもので、花の形が中国神話の
    伝説の鳥「鳳凰」が羽ばたく姿に見立てて付けられた花名。
    別名 ツマクレナイ(爪紅)
    昔女性が爪を染めるのに使っていたことに由来している
原産地 東南アジア、インド等
    日本には 17世紀頃渡来した植物
草丈 30cm~60cm
花色 赤色、ピンク色、紫色
開花期 6月~9月頃
    花後に出来た緑色の実に触ると種が飛ぶ。
花言葉 「私に触れないで」「短気」


(参照) ホウセンカの花とたね → NHK for School


「鳳仙花」は 俳句では 秋の季語、

朝晩は 涼しくなりぬ 鳳仙花   富安風生


 


「宮廷 花の交遊録」・まんがゼミナール「枕草子」その16

2021年08月08日 06時29分16秒 | 読書記

足腰大丈夫な内に出来る限り、不要雑物処分・身辺片付け整理をしよう等と思い込んでからすでに久しいが、正直なかなか進んでいない。それでもここ2~3年には、押し入れや天袋、物置、書棚等に詰まっていた古い書籍類等をかなり大胆に処分してきた。ただ、中には「これ、面白そう・・」等と目が止まり、残してしまった書籍もまだまだ結構有る。その中に 漫画家赤塚不二夫著、元東京学芸大学附属高等学校教諭石井秀夫指導の古典入門まんがゼミナール「枕草子」(学研)が有る。多分、長男か次男かが、受験勉強中に使っていた「枕草子」の解説本・参考書の一つのようだが、錆びついた老脳でもなんとか読めそうな、まんがで描いたくだけた内容、その内いつか目を通してみよう等と仕舞い込んでいたものだ。ながびく新型コロナ禍、不要不急の外出自粛中、ふっと思い出して、やおら引っ張りだしてみた。当然のこと、本格的な「枕草子」解説本、参考書とは異なり、限られたサワリの部分に絞ったものであるが、学生時代に多かれ少なかれ齧っていたはずの日本の代表的な古典、清少納言の「枕草子」も、ほとんど覚えていないし、「古典」に疎く、苦手な人間には、十分楽しめそうで、御の字の書である。(以上 過去記事コピペ文)


「宮廷 花の交遊録」・まんがゼミナール「枕草子」その16

第136段 御返しに「いと夜深く侍りける鶏の・・・」
書の名人で三蹟の一人として仰がれていた頭の弁藤原行成との楽しい友情を綴った回想録。

まもなく丑の刻でおます。
頭の弁「あっ!すっかり長話してしもうた。明日は物忌みや。そろそろチェックインせにゃ!、ほな、次のデートまで バイなら!」
朝!!
使者「頭の弁様のラブレターでおます」
頭の弁からの文「なごり惜しくて心が一杯どした・・・・・。夜通し語り明かしたいと思うとったに、えげつない鶏の声にせかされて・・・」
清少納言の返し文「えらい真夜中に鳴いたというは、中国は戦国時代孟嘗君の故事の鶏でおますか?」
使者「返し文の返し文をお持ちしたでおます」
頭の弁からの文「孟嘗君の故事は、中国函谷関のこと、わての鶏は日本の逢坂関のこと」
清少納言「早速、ご返事いたしまひょ・・」
清少納言「このお返事待ち遠しおましたエ」
   逢坂は人越えやすき関なれば
   鳥鳴かぬにも明けて待つとか
清少納言「まあ!」
使者「どーゆー意味や。おせーて、おせーてな」
清少納言「あなたは 気がおうて素直な人やから、ワイが行っても、心を広げて、待つことやろう・・・、こないな意味どすえ。これ 分からんのやったら風流士の資格はおまへん」
男と女の文の交換は、公開されていて、文を開けるのはいつもみんなの前どすから 男と女のゴシップは すぐに内裏に広がるのどす。
頭の弁「そなたの文は 皆に見られてしもうた」
清少納言「それでええと思います。頭の弁様がワテへの気持ちを皆に知られたいというのは 愛がほんまでおますからや」
頭の弁「そなたは ほんまに物事を良く理解でける人や。素晴らしい女性や!」


原文だよーん

御返し(おほんかへし)に、「いと夜深く(よふかく)侍り(はべり)ける鶏(とり)の声は、孟嘗君(もうさうくん)のにや」と聞こえたれば、立ち返り、「孟嘗君の鶏(にはとり)は、函谷関(かんこくかん)を開きて、三千の客(かく)わづかに去れり」とあれども、これは逢坂(あふさか)の関なり」とあれば、「夜をこめて 鶏(とり)のそら音(ね)は はかるとも よに逢坂(あふさか)の関は許さじ 心かしこき 関守侍り(せきもりはべり)」と聞こゆ。


(注釈)

私(清少納言)から、頭の弁藤原行成様からの文のお返事に、「大層夜遅く鳴いていたとかいいます鶏の声は、孟嘗君のそれでしょうか」と申し上げたところ、折り返し、行成様から 「孟嘗君の鶏は、そのために函谷関の門を開けて、三千人の食客がやっとのことで逃げ去ったといいますが、この鶏は 逢坂の関のことですよ」と 言ってこられたので、「夜のまだ明けない内に鶏の音色を真似ても、函谷関の関守は騙されるとしても、逢坂の関で逢い引きしましょう等と言って騙そうとなさっても、私は 決してあなたの言葉にはのりませんよ。ここには 利口な関守がいるのです」と 申し上げる。


百人一首
歌番号 62
清少納言
夜をこめて 鳥の空音は はかるとも 世に逢坂の 関はゆるさじ