足腰大丈夫な内に、出来る限り不要雑物整理をしようと決心してから久しいが、正直あまり捗っていない。書棚や天袋、押入れ等に詰め込まれていた古い書籍や辞書、百科事典等の類も、ここ数年間で大胆に整理処分してきたつもりだが、中には、「これ、面白そう?」等と目に止まり、残してしまったものも結構有る。その中のひとつに、多分、長男か次男かが、学生時代に使っていたものに違いない、小町谷照彦著 文英堂の「小倉百人一首」(解説本・参考書)が有る。パラパラとページを捲ってみたところ、なかなか詳しく、分かりやすく、決して、「今更 向学心?」なーんてものではなく、子供の頃、正月になると必ず家族でやっていた「百人一首かるた取り」を思い出して懐かしくなってしまったからである。
「小倉百人一首」は、奈良時代から鎌倉時代初期までの百人の歌人の歌を、藤原定家の美意識により選び抜かれた秀歌であるが、時代が変わっても、日本人の心情が呼び起こされるような気がしてくる。
ブログネタに?、頭の体操に?、いいかも知れない等と思い込んでしまい、昨年、一昨年、「春」「夏」「秋」「冬」、季節を詠んだ歌を取り上げて、ブログに書き留めたが、今回は、最も数の多い、「恋」を詠んだ歌を取り上げて、順不同、書き留めてみようと思っているところだ。
(ネットから拝借画像)

百人一首で「恋」を詠んだ歌 その3
住の江の 岸による波 よるさへや
夢の通ひ路 人目よくらむ

出典 古今集(巻十二)
歌番号
18
作者
藤原敏行朝臣
歌意
住吉の海岸に打ち寄せる波のように
夜、あの人に逢いに通って行く夢を見ようとしても
(人目の無い夜なのに)
その夢の中の恋の通い道で、
私は、どうして人目を避けているのだろうか。
(夢でも、逢えない)
恋慕の情は寄せ来る波のように、押さえても押さえ切れずに高まってくる。
人目を避けて忍び逢わなくてはならない恋の切なさを詠んだ歌。
注釈
「住の江の岸による波」・・大阪市住吉区住吉の浦、ここに打ち寄せる波。
次の「よる」の序詞、止めても止まらない勢いを表現している。
「よるさへや」・・「よる」は「夜」、「さへ」は、「までも」の意の副助詞。
「夢の通ひ路」・・夢の中の恋の通い道。
強い思いが有れば、夢の中でも逢えると考えられていたが・・、
「人目よくらむ」・・「人目」は、他人の視線。「よく」は、「避ける」の意。
「らむ」は、原因を推量する助動詞。「だろうか」。
藤原敏行朝臣(ふじわらとしゆきあそん)
三十六歌仙の一人。和歌、書道に優れ、宇多天皇時代に活躍した。生没年未詳だが、27歳~28歳で没したという説も有る。藤原敏行朝臣には、「住の江の・・・・」の他に、「秋来ぬと 目にはさやかに 見えねども 風の音にも 驚かれぬる」の、有名な歌が有る。
参照・引用
小町谷照彦著「小倉百人一首」(文英堂)