たけじいの気まぐれブログ

記憶力減退爺さんの日記風備忘雑記録&フォト

読めない書けない難漢字 No.52

2023年01月17日 18時55分54秒 | つぶやき・うんちく・小ネタ・暇つぶし・脳トレ

普段、会話や文章で、あるいはテレビやラジオ、新聞等で、ごく普通に使われている言葉で、誰でも知っている言葉の中にも、いざ、咄嗟に漢字で書けと言われると、「???」となってしまう言葉が、結構有るものだ。
もちろん、漢字検定何級、漢字クイズ王なる人達にとっては、御茶の子さいさいなのかも知れないが、一度や二度、聞いても、教えてもらっても直ぐそのそばから忘れてしまう類の爺さんは、たまたまそんな漢字に出会うと、「へー!、そうなんだ・・」、その都度、目から鱗になってしまう。
今は、有難い世の中、漢字不勉強で語彙力の無い爺さんでも、PCやスマホの漢字変換ソフトのおかげで、ブログ等には、読めない、書けない難漢字でも、平気で、知ったかぶりして書ける時代だが、「じゃ、実際、自分で読んでみろ、書いてみろ」と、問題に出されたら、降参してしまうこと多しである。

先日、読んだ時代小説の中で目に止まった漢字「かき」も、そのひとつだ。もちろん、だれでも知っている食用の貝の名であり、広島県産や宮城県産が特に有名、世界の各地でも食用として用いられている貝だ。普段、スーパー等の食品売り場でもお馴染みであり、その漢字はさっと読めるものの、これまで実際に漢字で書いた記憶は無く、「突然、書いてみろ!」と言われたら、書けそうにない漢字である。漢字を知らなくたって暮らしで困ることも無し、今更覚えよう等という気はサラサラ無いが、書き留め置くことにする。












(漢字)

牡蠣

(意味)

イタボガキ科、ベッコウガイ科に属する二枚貝の総称。
海中の岩から「かき落とす」ことから
「かき」という名がついたと言われている。

(使用例)

「牡蠣料理」「牡蠣鍋」「牡蠣食べ放題」「生牡蠣」

(拡大してみると)

牡蠣


ひらがなで、「かき」、だけでは、
「柿」「垣」「火気」「下記」「花期」「夏季」「夏期」「描き」「書き」等、数多有り、
「かきを食べる」では、「柿」か「牡蠣」か分からず
やっぱり、「牡蠣」は、漢字で書かないといけない?・・かな

 

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雨上がりの晴天、体感的には温かく・・、

2023年01月17日 17時19分51秒 | 散歩・ウオーキング

昨日、一昨日、本当に久し振りにまとまった雨が降った当地、
今日も、午前中は、曇っていたが、午後には、青空も広がり出し、
最低気温 -1℃前後、最高気温 7℃前後・・・・・ではあったが、
先日までの乾燥仕切った空気とは違い、しっとりした空気感、
体感的には、温かくも有り、好天に誘われて、
午後になってから、買い物に出掛けたついでに、近くをちょこっと歩いてきた。
毎度のこと、コンデジで、カシャ、カシャ 撮りながら、
花は無し、鳥撮り散歩。
スマホの歩数計で、約5,000歩。

ジョウビタキ(オス)

    コガモ                       キセキレイ

 

ハクセキレイ

カワセミも、2羽見掛けたが、どっちも忙しなく移動中で、
撮らせてくれず・・・、

日没時の高尾山方面

 


ハンセイ!、箸の使い方、

2023年01月16日 09時13分07秒 | つぶやき・うんちく・小ネタ・暇つぶし・脳トレ

先日雑物整理していて、古い新聞記事の切り抜きに目が止まった。よく見ると、10年以上も前の切り抜きで、2010年に内閣府食育推進室が行った「食事に関する習慣と規範意識に関する調査」を取り上げた朝日新聞の記事だった。
若い頃の一時期、結構、新聞や雑誌等で気になった記事を切り抜きしていたものだが、結局は、塵も積もって山となっただけで、役に立つこともなく、10数年前から始めた身辺雑物整理処分で、ガバチョと廃棄処分したものだが、その残骸がまだ、あちこちに残っているということだ。

(朝日新聞記事より拝借)

記憶は曖昧になっているが、多分、「お箸を使いこなす」「気になる使い方、ついやってしまう使い方」「箸を使う時の行儀作法」等に、興味を覚えて切り抜きしたものだ。
調査は、「やってはいけないとされる七つの箸の使い方」について、
  「とても不快に感じる、少し不快に感じる」か、
  「よくする、ときどきする」か、
を、全国の18歳以上の男女1,820人を対象に調べたものだった。

(1)寄せ箸
(2)拾い箸
(3)移り箸
(4)さぐり箸
(5)刺し箸
(6)かき箸
(7)渡し箸

どれもこれも、「とても不快に感じる、少し不快に感じる」の割合が高い箸の使い方である。
どれもこれも、無意識に、「よくする、ときどきする」・・・類の爺さん、
「ハンセイ(反省)!」である。

 

 

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「寒の雨(かんのあめ)」

2023年01月15日 15時52分55秒 | 詩・エッセイ

当地、今日は、終日、冷たい雨が降り続き、本当に久し振り、本格的な雨の1日だった。
名実とも、「雨の日曜日」である。
「寒中」に降る雨のことは、「寒の雨(かんのあめ)」と呼ばれ、
俳句では、「冬の季語」なのだそうだ。
冷たく、暗いイメージではあるが、どちらかというと、冬としては、
気温が高めの日に降る雨であり、雨無しが続き、乾燥注意報が出る太平洋側等では、
むしろ歓迎されるのではないかと思われる雨でもある。
因みに、「寒中」とは、寒の入りの1月5日頃から、寒の明けの2月4日頃までの30日間で、この間に降る雨を、「寒の雨」というようだ。

詩 「寒のあめ」 金子みすゞ

しぼしぼ雨に  
日ぐれの雨に、 
まだ灯のつかぬ、
街灯がぬれて、 

きのうの凧は  
きのうのままに、
梢にたかく、  
やぶれてぬれて 

重たい傘を、  
お肩にかけて、 
おくすり提げて、
私はかえる、  

しぼしぼ雨に、 
日ぐれの雨に、 
蜜柑の皮は、  
ふまれて、ぬれて


池波正太郎著 「雲ながれゆく」

2023年01月15日 12時25分01秒 | 読書記

図書館から借りていた、池波正太郎著「雲ながれゆく」(文春文庫)を、読み終えた。池波正太郎と言えば、「鬼平犯科帳」「剣客商売」「仕掛人・藤枝梅庵」等、典型的な男を描くシリーズを思い浮かべてしまうが、本書の主人公は、江戸天明期、市井に生きる男勝りの寡婦お歌で、短期間に次々起きる「困った」「困った」事態を乗り超えていく姿を描いた長編時代小説である。


読んでも読んでも、そのそばから忘れてしまう老脳。
読んだことの有る本を、うっかりまた借りてくるような失態を繰り返さないためにも、
その都度、備忘録として、ブログ・カテゴリー「読書記」に 
書き留め置くことにしている。


▢目次
 雷雨、西瓜提灯、告白、流星、小屋の中、草雲雀、地蔵ヶ原、天高く
 解説・筒井ガンコ堂
▢主な登場人物
 (笹屋)お歌、伊之助(お歌の亡夫)、福太郎(お歌の義弟)、お絹(福太郎の妻)
     長助(笹屋の番頭)、おたね(元笹屋の老女中)、伊太郎、
 (大村)平四郎(料理店、お歌の兄)、お房(平四郎の妻、お歌の義姉)
     幸太郎(平四郎の倅、お歌の甥)
 (三倉屋)治兵衛(紙問屋、笹屋の親戚の長老)
 (高砂屋)久兵衛(菓子屋、お絹の兄)
 馬杉源吾(謎の剣客)
 徳太郎(お歌の幼なじみ)・お金(徳太郎の妻)
 関口理右衛門(越前大野藩土井能登守利貞の家来、江戸屋敷留守居役)
 三沢又太郎、中西郷右衛門、
 三次郎(岡っ引き、十一屋の親分)、彦八(三次郎の手先・下っ引き)
 滑川勝庵(町医者)
▢あらすじ
浅草の駒形堂の前の老舗菓子屋「笹屋」の名物は、羽衣煎餅、将棋落雁で、お歌の亡夫伊之助で4代続いていたが、伊之助が3年前に病死、伊之助・お歌には、子供が無く、店は、次弟福太郎が当主となっていた。福太郎には、商売の才無く、店が傾きかけ出しており・・・・・・。
ある夏の日、出先で突然の雷雨で雨宿りしたお歌は、行きずりの謎の浪人に手ごめにされてしまうところから物語が始まっている。幼なじみの徳太郎のおかげで、謎の浪人が最教寺の小屋に住んでいる馬杉源吾と分かったが、「あの男」「あんなやつ」から「あのお人」「あのお方」、次第に惹かれていくお歌、義弟福太郎との確執。兄平四郎との確執。実家の料理店「大村」に戻るのか、亡夫伊之助の義理で「笹屋」を立て直しをするのか?、一度はおびき出され殺されかけ、九死に一生を得たお歌、敵討ちのため身を隠す三沢又太郎と匿ったり、次々に起きる「困った」「困った」、事態、事件。悩みながら、勝ち気に乗り越えて生きる江戸の女の姿を描いた作品だ。


お歌は、うなずいて、長助の顔から視線を再び空に移した。・・・・・・。
お歌は、抱いている伊太郎の顔を、その方へ向けてやり、(ほら、ごらん。お前のお父さんが、空の上を歩いていなさる)・・・胸の内で、そういった。(完)





 


1月第2土曜日、数週間振りのお湿り?

2023年01月14日 21時48分27秒 | スイミング

今日は、朝の内はまだ、青空も見えていたが、次第に曇り、
日中は、小雨が降ったり止んだり・・・、
昨年の暮れからずっと雨無しが続いていた当地、
カラカラに干上がり、乾燥注意報も出ていたが、
多分、3~4週間振り程のお湿り、
なんとなくしっとり感が漂っている。
乾燥注意報も解除されたようだ。

足、腰、痛!、痛!、体調イマイチ、
キョウヨウ無し、キョウイク無し
(「今日」は、特に「用」も無し、特に「行く」ところも無し)
グテグテ、無為に過ごしてしまったが・・・、
いかん、いかん、
こんな日こそ 泳いでくるべし。
やおら 重い腰を上げ
19時~20時のスイミングクラブ成人クラスレッスンに出席、
先程帰ってきたところだ。
今日は、1月第2土曜日、
若手のH指導員による背泳ぎ中心レッスンだった。
毎度のこと、基本、基本の繰り返し、
M4グループ、出席者は、女性8人、男性2人、
2レーン使用、1レーン5人、たっぷり泳がされたが
レッスン終了後、例によって居残り
疲れを知らない?女性陣(60代?~80代)の後ろにくっついて
5秒間隔スタート、
クロール50m✕10本、4種目25m✕4本
なんとか泳ぎ切って引き上げてきた。


毎度のこと、泳いで帰ってくれば、
心地よい疲労感と、それなりのスッキリ感、
帰ってきてからの遅い夕食、
1本の350ml格安缶ビールで、
いい気分になっているところだ。

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梅一輪 一輪ほどの 暖かさ  服部嵐雪

2023年01月13日 15時23分29秒 | 散歩・ウオーキング

当地、今日は、日中、薄曇りとなり、
天気予報では、天気下り坂、週末には、雨マークもついているが、
気温は上昇、3月上旬並みの温かい1日になった。
好天に誘われて、午後、近くの川沿いをちょこっと歩いてきた。
スマホの歩数計で 約8,500歩。

   梅一輪 一輪ほどの 暖かさ  服部嵐雪

ほとんどの梅は、まだ固い蕾を膨らませている最中だが
一足早く咲く梅の木の枝では、
チラホラ開花が始まっている。

 

紅梅

満月蝋梅

 

水仙

翡翠

 

春よ、来い来い、早く来い

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宮部みゆき著 「本所深川ふしぎ草紙」

2023年01月13日 10時49分30秒 | 読書記

図書館から借りていた、宮部みゆき著「本所深川ふしぎ草紙」(新人物往来社)を、読み終えた。本書には、「本所七不思議」を題材にして、江戸の下町に住む人達の人情と温もりを、ミステリータッチで描いた連作短編時代小説、1988年~1991年に別冊歴史読本特別増刊で発表された作品を中心にした7篇が収録されている。各篇の要所に登場する、他の宮部作品でもお馴染みの本所深川一帯を仕切る岡っ引き、回向院の茂七が、謎解きに、捕物に、いい味を出しており、一話一話が締まっているように思う。平成4年(1992年)には、第13回吉川英治文学新人賞を受賞した作品である。

第一話 「片葉の芦(かたはのあし)」
▢主な登場人物
 彦次、源助、近江屋藤兵衛、お美津、
お園、元六、茂七
▢あらすじ
 「人に恵んでもらって生きることしちゃいけない。恵むことと助けることは違う」を信条と
 していた近江屋藤兵衛が殺された。それに反目し絶えず喧嘩をしていた娘のお美津が疑われる
 が・・・・・。果たして下手人は誰?。
 その昔お美津から恩を受けた彦次は・、
 「片葉の芦」・・・、子供の約束だったと彦次は思い、寂しさに堪えて自分に言い聞かせた。

第二話 「送り提灯(ちょうちん)」
▢主な登場人物
 おりん、
清助、おふく、茂七、
▢あらすじ
 煙草問屋大野屋に8歳で奉公、12歳のおりんは、大野屋のお嬢さんの恋成就のための願掛けを
 命じられ、毎夜回向院の境内に通うが、2ヶ月後、大野屋に押し込みが・・・。
 お嬢さんを助けた手代の清助は、店のものたちとは顔をあわせないまま大野屋を去った。

第三話 「置いてけ堀」
▢主な登場人物
 おしず、角太郎、庄太、おとよ、富士春、川越屋吉兵衛、お光、茂七、
▢あらすじ
 「置いてけ、置いてけ」・・、置いてけ堀の噂が立ち、おしずは、殺された夫棒手振り魚屋
 だった庄太が成仏出来ずに出てきたのではないかと思い込み、置いてけ掘へ。
 そして、真相が判明・・・・。人を雇って、庄太を殺したのは・・・?、茂七が解決する。
 「おまえさん。腕の中の子供をそっとゆすぶり、ほほえみかけながら、おしずは心の中で
 つぶやいた。あたしはもう、怖がったりしません」

第四話 「落葉なしの椎(しい)」
▢主な登場人物
 お袖、千太郎、茂七、お里、文次、勢吉、
▢あらすじ
 3日前、商家の主人が殺さた現場は椎の葉が落ちていて、茂七は下手人の足跡が確認
 出来なかった。それを聞いた雑穀問屋小田原屋の奉公人18歳のお袖が、真夜中に
 椎の葉を掃除するようになったが、その分けは?、
 また、その様子を見つめる怪しい男が?、その男の正体は?。
 警護のため、小田原屋の奉公人になりすました下っ引きの文次だったが、お袖に横恋慕?、
 「これであっしの奉公人暮らしもおしめいか」。

第五話 「馬鹿囃子(ばかばやし)」
▢主な登場人物
 おとし、宗吉、お吉、茂七、お里、
▢あらすじ
 顔切り事件頻発。幼なじみの鳶職の宗吉と夫婦約束しているおとしが、伯父である回向院の
 茂七お里夫婦に話を聞いてもらいたくて訪れたが、そこにいた若い娘お吉
 「男なんてみんな馬鹿囃子だ」と独り言を言う。
 宗吉から白粉の匂い?、悋気を起こすおとし、その分けは?、
 おとしの背後から迫る顔切り男、お吉が男に体当たりし・・、茂七が・・、

第六話 「足洗い屋敷」
▢主な登場人物
 おみよ、大野屋長兵衛、お静、お新、お勝、伊三次、茂七
▢あらすじ
 おみよは、美人の新しい義母お静に魅了され大好きだったが、その義母は悪い夢でうなされる。
 「洗え、洗え、洗え・・、脅かすように大きな声が天井を破って降りてくる」・・
 その分けは?
 奥座敷の庭の垣根越しの路地から大野屋を窺っている若い娘お新とお静・・・は?
 「すまねえな。もっと早くに話してやるべきだったんだが、なにせ決め手がなかったんだ」


第七話 「消えずの行灯(あんどん)」
▢主な登場人物
 おゆう、小平次、市毛屋喜兵衛、お松、友次郎、茂七
▢あらすじ
 飯屋桜屋で働いていた、男を見る目が厳しいおゆうが客の一人小平次から変わった仕事の誘いを
 受ける。足袋屋市毛屋喜兵衛が亡くした娘お鈴のふりをして奉公してくれたら、大枚の礼金を
 支払うという話だったが、おゆうは、これを断った。礼金に欲の目がくらんだ桜屋主人夫婦は
 態度悪化させ、おゆうは解雇されてしまう。
 おゆうは、小平次と再会、結局、市毛屋に奉公するが・・、2月半ばの小雪舞う夜、江戸に
 大火が発生、おゆうは?、お松は?、喜兵衛は?、茂七は?
 「おゆう、なんで馘になったかわかってるかい?」、わかっていると、自分では思う。
 友次郎の思いとは逆に、亡くした子供を二人で悼むのではなく、市毛屋夫婦の消えずの行灯は、
 憎しみの油で燃えているのかもしれなかった・・・と。




「素敵なあなた(Bei Mir Bist Du Schon)」(再)

2023年01月12日 17時06分53秒 | 懐かしいあの曲

当地、今日の日の入時刻は、16時49分頃、
快晴の1日、西の空が焼けているが、急激に冷え込んできた。

夕食前の手持ち無沙汰な時間、久し振りにスイングジャズを聴きたい気分になり、古いCD「ベニー・グッドマン(Benny Goodman)」を引っ張り出して聴いているところだ。ベニー・グッドマンは、1909年5月30日生、1986年6月13日没、アメリカのクラリネット奏者、バンドリーダーで、「スイングの王様(King of Swing)」等と称され、1920年代~1980年代に活躍、「シング・シング・シング」等、数多のジャズ演奏で知られている。1955年(昭和30年)には、映画「ベニー・グッドマン物語」が、日本でも公開されおり、記憶曖昧だが、地方の映画館で観たような、後年になって、テレビの映画番組で観たような・・・気もしている。

「シング・シング・シング」、「君去りし後」、「レッツ・ダンス」、「素敵なあなた(歌 マーサ・ティルトン)」、 「身も心も」、「その手はないよ」、「可愛い子を見つけた」、「キング・ポーター・ストンプ」、「ムーン・グロウ」、「明るい表通りで(歌 ペギー・リー)」、「サヴォイでストンプ」、「スター・ダスト」、「天使は歌う(歌 マーサ・ティルトン)」、「グッドバイ」

その中から1曲、「素敵なあなた(Bei Mir Bist Du Schoen)」を、YouTubeから共有させていただいた。

若い頃、良く聴いて脳裏に焼き付いているジャズのスタンダードナンバーのひとつだが、多分 「聴いたこと有る・・・」という方も多いと思われる、懐かしい曲である。

今更になってネットで調べてみると
「素敵なあなた(Bei Mir Bist Du Schon)」の原曲は、1932年(昭和7年)に、ショロム・セクンダ(Sholom Secunda)が作曲した楽曲なのだそうだが、1937年(昭和12年)に、コーラスグループ、アンドリュー・シスターズ(The Andrew Sisters)録音のレコードがリリースされて 大ヒットしたようだ。
グレン・ミラー、ベニー・グッドマン等 数多の楽団や歌手にカバーされているが、日本では、雪村いづみの「素敵なあなた」が良く知られている。

ベニー・グッドマン&マーサ・ティルトンの「素敵なあなた」(YouTubeから共有)

アンドリュー・シスターズの「素敵なあなた」(YouTubeから共有)

 


「かんじき」

2023年01月12日 09時43分19秒 | M男のあの日あの頃(the good old days)

gooブログの「アクセス解析」の「アクセスされたページ」欄を、時々覗くことがあるが、随分前に書き込んだ古い記事で、すっかり忘れてしまっているような記事に、アクセスが有ったりする。「エッ?」と驚くと同時に、「そう言えば・・・・」、記憶が蘇り、つい、自分もクリックし、改めて読み返してみたりすることがある。
先日、6年前、2017年1月25日に、ブログ・カテゴリー「M男のあの日あの頃」に書き込んでいた記事、「かんじき」にアクセスが有ったことに気が付き、「おお!、懐かしい!」・・、早速、コピペ、リメイクしてみた。
そんな古い記事を、クリックひとつで引っ張り出して読んだり、加筆、訂正、修正、コピペ、リメイク等が出来るのも、ブログのメリット。従来の紙ベースの日記、日誌、備忘録、懐古録、雑記録の類では、絶対考えられないことであり、ブログを始める前までは、想像も出来なかったことである。今、出来ることは、やってみる・・、長生きした分、その時代を少しでも享受したいものだ等と、つぶやきながら・・・。


振り返り記事
2017年1月25日
「かんじき」

M男は、昭和20年代、30年代、高校卒業まで北陸の山村で暮らした。故郷を離れて60数年にもなり、子供の頃の記憶や印象も、もはや曖昧模糊となってしまっているが、それでも、特に冬になると、断片的に想い浮かんでくるものが多々有る。
当時の積雪量が、記録上、今より多かったのかどうかは分からないが、M男には、かなり多かったように思われてならない。それは、単に、今のように、道路が除雪されたりすることなく、村落が 冬中、雪に埋もれていた情景が脳裏に焼き付いているせいなのかも知れないが・・・。
車社会になる以前の時代の話である。村落内の生活道路や農道等は、全く舗装もされておらず、12月中旬頃から降りだした雪は、積り積もって、やがて根雪となるが、50cm、1m・・・と 積もってしまうと、もう除雪はされず、バスや自転車の通行も出来なくなったものだ。
住民の往来は、道路に積もった雪の上を「かんじき」で踏み固めた、1本の通路のみになる。
夜間に、ドカッと降り積もった朝等は、まだ暗い内から、申し合わせたように、集落の各家々から 男衆が出てきて、ラッセルしながら、それぞれの持ち場を、「かんじき」で踏み固め(「道踏み」 と言っていたような気がする)、通勤や通学の通路を繋げていくのだった。
1日中、降り続くことも多かった。そんな日は、数時間毎に、必要に応じて、各家から女衆も出て 下校してくる子供等のため、「道踏み」をしなければならなかった。
中学生の男子ともなると半人前の男衆と見られていた時代、M男も、父母が都合つかない場合等には、「道踏み」をしたものだった。
カメラ等、普及していなかった時代、当時、M男の家で使っていた「かんじき」の写真等は残っていないが、下記のようなものだったと思う。

(ネットから拝借画像)

「かんじき」で踏み固めた通路と言っても、歩けば綱渡りの如くで、右に、左に、ブスッ!、ブスッ!と埋まり、長靴の中には雪が入リ、その都度、片足立ちし、長靴をひっくり返し、雪を出すが、ズボンの裾や靴下は、ビショ、ビショ濡れる。家に帰り着くと、脱いだズボン、靴下は 炭火の掘り炬燵に突っ込んで乾かし、学校では、ストーブに足を近づけ、湯気が立ち始めるまで暖めたものだ。
今は、行政が主要道路や生活道路を除雪車で除雪したり、消雪道路化も進んでおり、さらに各家々でも、除雪機を保有したりして、冬中、道路も確保される時代。隔世の感有りである。
最近は、スノーハイク、かんじきハイク等で体験するしか無くなりつつある「かんじき」、わずか60数年前の暮らしが、昔話になってしまった。
今冬の年末年始は、比較的暖かく穏やかだったが、1月中旬以降の強い寒波で、各地が大雪になっている。雪国の人達の大変さを身に染みて感じながら、子供の頃の冬に思いを馳せてしまっている。


今冬も、年末年始は、主に、北海道や東北日本海側、北陸地方等で、記録的大雪に見舞われたが、1月中旬になりやや落ち着き、例年よりやや温かい冬?等とも言われているが、すでに、降雪積雪による、交通混乱、自然災害、死傷事故も生じており、関係者は、大変な思いをしておられるはずだ。冬来たりなば春遠からじ。願わくば、冬将軍には、このままおとなしく、撤退してもらいたいものだ。