河出文庫 1995年
ぼくのフランス料理のデビューは小学4年のとき、銀座の
パリの朝市というレストランでだった。魚から出汁をとった
スープが苦手だった。他はとても美味しかったと思うが、細
かいメニューまでは覚えていない。が、ハハが、パンに付ける
バターを追加できるのを知って、激怒していた、というのを
憶えている。なんで早くバターが追加できるって言ってくれ
ないのよ、って感じだ。いや、昔から、なんか突然、ブチギ
れんだよね、ハハ。そこのパリの朝市には二度行ったと思うが、
今はなくなった、ということらしい。30年くらい営業していた
のではないか。銀座で30年やっていこうと思ったら、並大抵で
はない。一流の店だったのだろう。その味はかすかに残像として
捉えられる。ぼくの貴重な食体験だった。
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