映画と本の『たんぽぽ館』

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ディア・ドクター

2009年07月07日 | 映画(た行)
ホンモノの魂を持つニセモノ

* * * * * * * *

山間の小さな村。
ずっと無医村だったところへ赴任してきた医師伊野は、
村人たちに全幅の信頼を寄せられるようになっていました。
ところがある日突然、彼が失踪。
道路わきに捨てられていた白衣。
ストーリーはこの2ヶ月ほど前にさかのぼります・・・。


実はこの伊野は、無免許医、ニセ医者だったんですね。
私は無免許医というと、
つい、ブラック・ジャックを思い出してしまうのですが・・・。
ブラック・ジャックの場合は、腕は超一流。
コミックの世界なら、紙切れ一枚の資格なんてなくても平気!
と言えるのですけれど。
現実ではそうは行きませんね。
まず、これは犯罪ですしね。


さて、この作品の伊野医師は、患者の話をきちんと聞いてくれるし、
優秀な看護師と運のよさ(?)にも支えられ、名医とまで言われている。
病院までこられない老人のところへは、往診もする。
熱心な伊野の姿勢をみるうちに、
ほとんどやる気のなかった研修医、相馬も次第に彼に感化されてくるのです。
彼は終盤では、伊野の中にむしろ「本物のあるべき医師」の姿を見出していました。
都会の流れ作業のような診察。
彼の父の金儲けに走る医療。
そういう実態を見てきているから・・・。

ホンモノとニセモノの差は、まさに免許や資格という紙切れ一枚の有無に過ぎないのですが。
でも、世間一般ではそれがすべてです。
現に、伊野がニセ医者とわかってしまえば、もう彼を名医だとは誰も言わない。
けれど、実は彼に信頼をおいていたことも全く否定はできないんですね。
騙されたと、彼を悪し様に言う人もいない。
伊野自身も実は始めは高額の報酬が目当てだったかもしれませんが、
次第に人助けが生きがいになっていたことも否めないでしょう。
医療知識を身に付けるために勉強も怠らない。


ホンモノとニセモノ。
善と悪。
人の心はこんな風に両極では語れないのですね。
だから映画も一つの結論を強いないし、
いろいろと見るものの想像を刺激します。
静かにストーリーは進行しますが、目が離せない。

鶴瓶さんの、人がよさそうだけどどこか胡散くさい感じ、ぴったりでした。
なぜ、彼があのタイミングで逃走を決めたのか。
それについてもいろいろと考えてしまうのです。
人の死に方に介入する重責。
・・・その嘘の重さに耐えられなくなったのでしょうね。
医師であるという最大の嘘には耐え抜いたのに。
このことは、多分、免許を持った本物の医師でも悩みますね。
・・・というよりは忙しくて、
1人1人のそんな気持ちに寄り添おうなどとも思わないのかもしれませんが。
まさにホンモノの医師の魂を持ったニセモノでした。

2009年/日本/127分
監督・脚本・原作:西川美和
出演:笑福亭鶴瓶、瑛太、余貴美子、井川遥、香川照之、八千草薫




『ディア・ドクター』予告編