映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

「切れない糸」 坂木司

2009年07月25日 | 本(ミステリ)
切れない糸 (創元推理文庫) (創元推理文庫 M さ 3-4)
坂木 司
東京創元社

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少し前に読んだのが、「シンデレラ・ティース」で、
歯医者さんが舞台でしたが、
この作品の舞台は、クリーニング屋さんです。
いろいろ職業にまつわる薀蓄があるのもちょっと得した気分ですね。

さて、この本のツカミがいい。
主人公が子どものときから、どうもいろいろな生き物が転がり込んでくるというのですね。
犬やネコはもちろん鳩、スズメ、イグアナ、フェレット・・・。
迷子か捨てられたのか良くわからないけれど、なぜか困った顔で目の前にいる。
自分は特に動物が好きなつもりはないけれど、
見捨てることはできないのでつい、拾って帰る。
しかし良くしたもので、獣医さんの協力もあって
そのうち引き取り手が現れ、
動物たちは振り返りもせずに、さっさと出て行くのだそうな・・・。
こういう語り口がいかにも自分は優しくなんかない、
と露悪的に書かれているのですが、
いやいや、自分ではそのつもりでも、
これってかなりのお人よしのおせっかい焼き
・・・と、バレバレに見えてしまうのもいい。


そうして、この主人公、和也が大学生というところで、
いよいよ物語がスタート。
彼の家はクリーニング店です。
卒業も間もないという頃、父親が急死。
店のあとを継ぐなんて、それまで考えてもいなかったのに、
周りの期待を一身に受けてしまうと、断るにも断れず(・・・やっぱり!)、
急遽、後を継ぐことになってしまったのです。
クリーニングの知識も何もなく、一から勉強。
お客さんへの対応。
商店街の人たちとの付き合い。
これでもなかなか大変ですね。
そんな和也の息抜きの場所が、ある喫茶店。
そこでは和也の友人沢田が店長代理でバイトをしていて
いろいろグチも聞いてくれる。

・・・と、このような背景がありまして、
そこでようやく、いつもの日常の謎に入るわけです。
クリーニング店のお客にまつわるいろいろな疑問、謎。
それをするすると解くのが、喫茶店の沢田くん、というわけです。


この本のメインは、謎を解いていくことよりも、
徐々にこの和也と関わった人たちが、
つかず離れずのいい隣人関係を気づいていくところなんです。
沢田は、親身に謎を解いてはくれるけれど、
どこか傍観者的で、いつも皆から一歩引いていているところがある。
そんな彼が、心のよりどころとなる、人との「切れない糸」を見つけていきます。
謎解きの後ろに、こういうバックボーンがあって、
とても愛すべき一冊に仕上がっていますよ。
そのバックボーンはおざなりなんかではない。
なにしろ題名がそのものなんですから。


商店街は小さなプロフェッショナルの集まり。
作品中にそんな言葉があります。
近頃は大型スーパーが多いけれど、
こういう商店街もいいもんだなあ・・・と思いました。
・・・そうそう、私がなりたかったのは
こういう商店街の中にある本屋さんのおかみさん。
しかし、う~ん、考えてみたらうちのご近所にはそんな商店街もありゃしない。
ちょっとさみしいですね。

満足度★★★★☆