映画と本の『たんぽぽ館』

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「職業としての小説家」 村上春樹

2016年12月14日 | 本(エッセイ)
村上春樹を知らなきゃ損!

職業としての小説家 (新潮文庫)
村上 春樹
新潮社


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「村上春樹」は小説家としてどう歩んで来たか―
作家デビューから現在までの軌跡、長編小説の書き方や文章を書き続ける姿勢などを、
著者自身が豊富な具体例とエピソードを交えて語り尽くす。
文学賞についてオリジナリティーとは何か、学校について、
海外で翻訳されること、河合隼雄氏との出会い…
読者の心の壁に新しい窓を開け、新鮮な空気を吹き込んできた作家の稀有な一冊。


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文庫が出ていたので、すぐに買いました。
村上春樹ファン新参者の私にとっては、素晴らしく貴重な本でした。


村上氏は物語を語るということについて、次のように言っています。

「物語を語るというのは、言い換えれば、意識の下部に自ら下っていくことです。
心の闇の底に下降していくことです。
大きな物語を語ろうとすればするほど、
作家はより深いところまで降りていかなくてはなりません。」


ここのところが、村上氏も敬愛する河合隼雄先生の説く「物語」論と重なるところ。
そして、これこそが、世界中で村上春樹が愛されている理由なのだろうと思います。


つまり、村上作品には読んでいても説明の付かない部分が結構ありますよね。
けれど、村上氏が降りていった深い深い井戸の底って、
私たち自身の心の井戸の底とどこかでつながっているのではないでしょうか。
だから、共感というのではないけれども、何かが揺り動かされる感じ。
誰もが感じているのだと思います。
実際村上作品にはよく「井戸」が登場します。
本文中にも、執筆中に自分が
「深い井戸の底に一人で座っているような気持ちになります。」
とあります。
そのような孤独に打ち勝つためにも、強い心と体が必要、
ということで、毎日のランニングも欠かさないという。
私たちが「小説家」と聞いてイメージする姿とはかなり違いますね。


「文学賞について」という、私達には気になる章もあります。
毎年繰り返し10月には、多くのハルキストがヤキモキさせられるわけですが、
果たしてご本人の心境はいかに?
例えば芥川賞。
村上氏は「風の歌を聴け」で群像新人文学賞を受賞し、デビューしたわけですが、
芥川賞にも候補として上がりながら結局受賞することはありませんでした。
そのことについて、随分取り沙汰されたようで、ご本人はうんざりしているようです。
その後もいつも何度も繰り返される賞関連のインタビューには
こう答えることにしているそうです。

「何よりも大事なのは良き読者です。
どのような文学賞も、勲章も、好意的な書評も、
ぼくの本を身銭を切って買ってくれる読者に比べれば、実質的な意味を持ちません。」


はい、まことに、その通り。
ここは素直にそのまま受け止めることにしましょう。
でもやっぱり、ハルキストとしてはノーベル文学賞を受賞してほしいです。
そのことで村上作品がもっと沢山の人に読まれるようになるのは歓迎だから。
他に「学校について」の章も興味深いですし、
もちろん故河合隼雄先生に触れたところも嬉しい。
村上春樹をより知りたい方には、必読の書です。


私はこの頃つくづく思うのです。
今頃になって村上春樹の凄さを知ったけれども
(「1Q84」を読んだときにはまだよくわかっていなかった)、
でも遅すぎなくてよかった。
村上春樹を知らないで死んだら、人生すごく損してた・・・と。


「職業としての小説家」村上春樹 新潮文庫
満足度★★★★★★(?)