アヴェ・マリア!
愛する兄弟姉妹の皆様、
聖ピオ十世会フランス管区のアミアンでの御聖体行列の写真をご紹介します。
私たちは、天主様の御恵みによりカトリック信仰を戴いたことを心から天主に感謝します。涙の谷である暗闇のこの世を歩く私たちを照らす光であるカトリック信仰、私たちを憐れんで下さったが故に、私たちの功徳がないにもかかわらず、無償で受けたこのカトリック信仰を感謝します。
最近パウロ・グリン神父様の「長崎の歌」という素晴らしい本を読んでいます。それによると、パウロ永井隆博士は、おへそに格別の愛情を持っていたそうです。ある日、如己堂を訪れた湯川秀樹博士をこう詠んだそうです。
「真理は一つ、世界は一つ、腹の真ん中に へそ一つ」
それほど大切だということですが、何故ならおへそは私たちの体や命が贈られたものであることを教えてくれるからです。自然はおへそを体の中心のよく見えるところに置きました。おへそはかけがえのない母親の愛と優しさと英雄的とも思われる献身の証です(母親は天主様とその恩寵の象りであると永井博士は考えていました)。つまり、おへそは、天主様の恵みと愛と優しさの証拠なのです。 おへそのおかげで私たちは今、生きていることが出来るのです。
私たちのおへそは、私たちの親のおへそ、おじいさんおばあさんのおへそ、そのまた親のおへそへと繋がり、天主様へと面々と続く鎖のようです。
御聖体への信仰もおへそのようです(こんなことを書くと叱責を受けるかも知れませんが)。何故なら、私たちの主イエズス・キリストから使徒達を通して、私たちの先祖を通して伝えられた大切な信仰の命だからです。鎖が繋がってきているように、このカトリック信仰も私たちに使徒達からその弟子へ、親から子へと伝えられました。
イエズス・キリストは御聖体を御自分の神秘体である教会の中心に据えました。だから聖伝によれば、御聖体を安置する御聖櫃は教会真ん中のよく見えるところに置きました。御聖体はかけがえのない天主様の愛と優しさと英雄的とも思われる献身の証です。天主様の全能をもってしても御聖体よりも素晴らしいものを私たちに与えることが出来ませんでした。天主様の無限の愛を持ってしても、御聖体よりも私たちに御自分を与え愛し尽くすことが出来ませんでした。天主様の全知を持ってしても、御聖体よりも素晴らしいものを思いつくことが出来ませんでした。
永井博士は、フランスの詩人の次の言葉に拍手を送っているそうです。
「地球のへそは、ゴルゴタの丘に十字架を立てるために 掘った穴だ」
誰がこう言ってフランス語では何というのか私には分かりませんが、まさにゴルゴタの十字架の樹の実りが私たちの主イエズス・キリストの御聖体なのですから、このフランスの詩人も「地球のおへそ」と御聖体とは密接な関係があるということに同意してくれるでしょう。
だから、私たちは御聖体を大切にしなければなりません。カトリック信仰を絶やすことがあってはなりません。私たちの愛する子供達にカトリック信仰と愛とをそのまま伝えなければなりません。
主よ、我らを憐れみ給え!
Les photos de la procession de la Fête-Dieu à Amiens
アミアン(フランス)での御聖体行列の写真
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最近パウロ・グリン神父様の「長崎の歌」という素晴らしい本を読んでいます。それによると、パウロ永井隆博士は、おへそに格別の愛情を持っていたそうです。ある日、如己堂を訪れた湯川秀樹博士をこう詠んだそうです。
それほど大切だということですが、何故ならおへそは私たちの体や命が贈られたものであることを教えてくれるからです。自然はおへそを体の中心のよく見えるところに置きました。おへそはかけがえのない母親の愛と優しさと英雄的とも思われる献身の証です(母親は天主様とその恩寵の象りであると永井博士は考えていました)。つまり、おへそは、天主様の恵みと愛と優しさの証拠なのです。 おへそのおかげで私たちは今、生きていることが出来るのです。
私たちのおへそは、私たちの親のおへそ、おじいさんおばあさんのおへそ、そのまた親のおへそへと繋がり、天主様へと面々と続く鎖のようです。
御聖体への信仰もおへそのようです(こんなことを書くと叱責を受けるかも知れませんが)。何故なら、私たちの主イエズス・キリストから使徒達を通して、私たちの先祖を通して伝えられた大切な信仰の命だからです。鎖が繋がってきているように、このカトリック信仰も私たちに使徒達からその弟子へ、親から子へと伝えられました。
イエズス・キリストは御聖体を御自分の神秘体である教会の中心に据えました。だから聖伝によれば、御聖体を安置する御聖櫃は教会真ん中のよく見えるところに置きました。御聖体はかけがえのない天主様の愛と優しさと英雄的とも思われる献身の証です。天主様の全能をもってしても御聖体よりも素晴らしいものを私たちに与えることが出来ませんでした。天主様の無限の愛を持ってしても、御聖体よりも私たちに御自分を与え愛し尽くすことが出来ませんでした。天主様の全知を持ってしても、御聖体よりも素晴らしいものを思いつくことが出来ませんでした。
永井博士は、フランスの詩人の次の言葉に拍手を送っているそうです。
誰がこう言ってフランス語では何というのか私には分かりませんが、まさにゴルゴタの十字架の樹の実りが私たちの主イエズス・キリストの御聖体なのですから、このフランスの詩人も「地球のおへそ」と御聖体とは密接な関係があるということに同意してくれるでしょう。
だから、私たちは御聖体を大切にしなければなりません。カトリック信仰を絶やすことがあってはなりません。私たちの愛する子供達にカトリック信仰と愛とをそのまま伝えなければなりません。
主よ、我らを憐れみ給え!
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