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その時、東海大学の早川選手が、笑った。

新年恒例の箱根駅伝。
私の新年1月2日と3日は2つの選択肢があり、ひとつは大阪サンケイホールブリーゼの米朝一門会を聴きに行くこと。
そしてもう一つはテレビで箱根駅伝を観戦することだ。

個々数年、新年の予定がバタバタしており米朝一門会には行くことがなかなかできずにいる。
その代わり、テレビ箱根駅伝を断片的に観ることにしている。
その箱根駅伝。
今日は往路の闘いは大手町のスタートから芦ノ湖のゴールまで、テレビの前から離れることなく見続けるという珍しい1日を送ったのであった。

箱根駅伝に興味を持ちはじめて随分経つが、新春にこれほど緊張と感動を与えてくれるスポーツを私は他に知らない。
なんといってもひとつの区間が20kmもある駅伝競技はこれしかなく、他の駅伝競技とは一線を画する凄みが存在するのだ。
選手は全国からこの競技に出場するするために関東の大学に入学した健脚たちばかりであり、マラソンと違って団体競技であるところに「責任」という他の陸上競技ではお目にかかれない重圧が選手を包み込むのだ。

20kmと言う距離はマラソンよりも短いものの、一般の駅伝競技よりも長い。
したがって選手はマラソンのようなペースで走っていると勝つことはできないし、かといって10000メートル競技のペースで走るとばててしまう。
この箱根駅伝独特のエネルギーの配分を要求されるのだ。
したがって、選手は時分の限界まで体力と気力を使い、時分の大学の名誉と時分のチームと自分自身のために走り抜くのだ。

各区間にゴールし、力尽き果て倒れ込む選手の姿を見るとググッと胸に迫った来るものがある。
最近、テレビでも映画でもチープな内容のものが少なくないが、箱根駅伝のこの光景はノンフィクションだけに感動せずにおられない。
凄みがある。

今日の見どころはもちろん5区。
箱根の山登り。
注目は東洋大学のランナー柏原選手。

今日の往路はこの選手を見るためにあったといっても過言ではない。
もちろん、他にも素晴らし選手の走る姿に感動を受けた。
とりわけ2区を走った東海大の村澤選手の凄い走りには爽快感を感じた。

でも、やはり注目は柏原選手なのであった。

5区。
3位でタスキを受け取った柏原選手は2位の東海大早川選手を追う。
ターゲットはもちろんこの選手ではなくて首位をゆく早稲田の猪俣選手。
昨年、一昨年の実績を見ると柏原選手が2人を追い抜くのは当たり前。
観戦しているだけの私たちには、まさにそう。
柏原選手がどれだけ2人を追いつめ追い抜くのかが今大会の「既知」の見せ場だ。

「既知」の見せ場。
それは観客が「絶対」だと確信している柏原選手の追い抜き優勝そのもの。
もちかすると、その追い抜き見たさに私たちはテレビの前に陣取っていたのかも分からない。
追い抜く瞬間を見たくてしかたなかったのだ。

5区の坂道を上りはじめ1/3が経過した時、柏原選手が東海大の早川選手をとらえた。
一歩、一歩、国道1号線の路面を踏みしめて登る2人に手に汗握る。
早川選手の走りが普通より良いだけに、柏原選手の凄さが一層光って見える。

「あの選手、追い上げられてどんな感じなんやろ」

と私も、一緒に見ていた嫁さんも思った。
優秀な成績で箱根に来たのに、その上がいて、その選手がまさに後ろを追いかけてくる。
早川選手の気持ちを思わず考えずにはいられない。

そしてついに柏原選手が早川選手に並んだ。
私は早川選手の表情に注目した。
柏原選手は苦しそうな表情でぐんぐん坂を登っている。
でも、世間は彼を「超人」だと信じている。
超人は苦しそうな表情とは裏腹に上り坂を信じられないスピードで上がっていくのだ。

その時、柏原選手を横目でチラッと見た東海大の早川選手の表情を見て、私は感動した。

その時、早川選手は笑った。

なんと、彼は自分を追い抜いていく柏原選手を見て「ここで来るんだものな」という感じでニコッと笑ったのだ。

もはや5区のスーパースターである柏原選手がいつ自分に追いつき、追い越すのか、早川選手はそれを予想していたに違いない。
そのスーパー選手が自分を追い抜いていくのを、もはや苦しいというよりも「信じられない」そのパワーを目の当たりにして思わず笑みがこぼれてしまったのに違いないのだ。

早川選手のその素晴らしい走りを、さらに上回る柏原選手の脅威の走り。
私は2人の胸の内を想像し、熱いものが込み上げてくるのだった。

結局早稲田も追い抜いた柏原選手は当然のごとく東洋大に往路優勝をもたらした。

これだけだったら、
「お。あいつは凄い選手なんや」

と思うところだったのだが、その柏原選手、ゴールと共に倒れ込み、よく見て見ると泣いているのだ。
さらに優勝インタビューでは泣きじゃくりを上げながらチームメイトの名前を叫び、インタビューに応えている。
その瞬間、彼はスーパースターでも坂のぼりの超人でもない、普通の大学生選手であったことを実感し、感動を新たにしたのだった。

テレビで見ているだけで、勝手に感動し、勝手に楽しんでいる私なのであったが。

笑う早川選手。
泣く柏原選手。

新年早々、素晴らしいドラマを目の当たりにして元気のエネルギーを貰った箱根駅伝なのであった。

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