日本のバスがそのまんま、ヤンゴン国際空港の搭乗用バスとして利用されていることに度肝を抜かれた私がぼう然とするなか、ガイドのTさんは検疫カウンターを通るように促した。
ここでは機内で配られた健康申告書、つまりSARSについての問診表を手渡すだけだった。
熱はありますか? 下痢はしていませんか? 咳はありませんか? 最近中国へは行ってませんか?
というあれである。
だいたいSARSが流行ったのは去年のこと。
機内でこの問診表が配られた時、なんで今さらと思ったが、ともかくチェック項目に印を入れた。
なかには意味の分からない英単語の病名が二つほど記されていたが英和辞典など持ち合わせていないので、ともかくすべてNOのボックスにチェックを入れ、問診表を仕上げた。
「こっちへ来てください。」
検疫カウンターから出てくるとガイドのTさんはそこから数歩先にある田舎の駅の駅長室のような木造の狭いオフィスに私を連れていった。
オフィスにはグレーの古いスチール製の事務机が置かれていた。
私はその前の椅子に腰を掛けるように指示をされた。
なんだか昔の刑事ドラマの事情聴取のシーンみたいだ。
奥からゴリさんや山さんが出てきそうな気がする。
頭の中で往年の人気シリーズ「太陽にほえろ」のテーマが流れた。
しかし七曲署の刑事の代わりに事務所に入ってきたのはやっぱり入管職員の若い男だった。
「写真、持ってきてますか?」
Tさんは言った。
「はい、パスポートに使うサイズのを三枚。」
「二枚で結構です。」
Tさんが私の写真とパスポートを入管職員に渡すと、彼は写真を手元にあった書類にホッチキスで留め、パスポートをパラパラと捲り、白紙のページを開いた。そして年末の郵便局に置いてあるような四角い大きなスタンプをおもむろにとりだしドンと捺印した。
これでビザは完了。
アライバルビザはやっぱり存在したのだった。
入国審査の列に並ぶように言われて、大勢の外国人が並ぶ列の一番後ろに並んだ。
入国審査官のオッサンが座っているカウンターはまるで風呂屋の番台のようだ。しかもその番台は二つしかなく入国しようとする我々外国人で長蛇の列ができていた。
私の最前列では壮年の白人のオッサンガ難しい顔をして入管職員の作業を番台越しに見つめている。
入管職員は持っているボールペンでパスポートの一部を指さしオッサンになにやら話している。
書類に不備があるのか、職員の言っていることが分からないのか、オッサンはいっそう難しい表情になった。
ミャンマーへの入国は難しい、と聞いていたが事実のようだ。
この様子ではなかな前に進みそうにない。
困ったなと思い横を見るとTさんとさっきの入管職員のお兄さんが若い入管職員のお姉さんとなにか話しをしている。
「すいません。もういちどパスポートかしてもらえますか?」
とTさんが言うので、パスポートを渡すと、入管職員のお兄さんがお姉さんにページを開いて見せている。お姉さんは大きく頷いてTさんと私に向かって何か言った。
「あのー、こっち通ってくださいって。」
Tさんは入国審査の番台の背中側を指さした。
「ビザと入国のスタンプは押したんで、あっちへ行ってもよいそうです。」
なんと、私は列に並ばずに、入国審査カウンターの裏を通って行っていいというのだ。
裏口入学ならぬ、裏口入国である。
尤も私はパスポートにちゃんと入国のスタンプが押されているのでれっきとした合法入国である。
ということで、列をなした大勢の外国人をしり目に、番台、もとい入国審査カウンターに座っている入管審査官の後ろをすり抜けて入国したのであった。
大勢の旅行者たちの「なでや?あいつら。」という視線を浴びながら。
なんとなくそれは友達がバイトしている場末の映画館に顔パスで通用口から無理やりタダで入れてもらったような感じだったのだ。
つづく
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