と~ま君の部屋

楽しい老後を送りたいとやっています。所詮人生回り道。修士(人間学、仏教学)。ぼけ防止・脳のリハビリでやってるブログです。

ノートの活用

2012年09月23日 23時31分45秒 | 大学院博士ごっこ2012年から2015年

駄文を本格的に書き直さなくてはならない。

で、ノートの活用である。薄くて安価なものを買ってきた。10冊で200円くらいのである。一冊20円か。スーパーマーケットの売り場で見つけた。最近は本当にモノにこだわらない。だって、年金生活なんだもんねぇ。こだわっっていたら、飯が食えない。(^0^)

それよりも、駄文書きを優先させないといかんでっせと思うのである。自分で投稿先を開発していかなくちゃならんのだから、これは困難じゃのぉと思へり。屁のようなもんだけど。

その安いノートに、いろいろこれまでの下書きを印刷して貼り付けて、書き込みをしている。明日、学校にも持っていくつもりである。ノートに「中世農民芸能源流考私見 宿神論の視点から」とつけた。殊勝だわなぁ。オレとしては。もうひとつある。こっちは「大震災と日本古典文学 リスク管理の視点から」ってな具合である。

ノートは、今日だけで5冊使い切った。コツがあるんである。書き抜きをしているヒマがないので、書庫にあるこれまた安いコピー機で書籍の該当部分をコピーして、ノートの片面に貼るのだ。そして右側にコメントを書いていくのである。それがオレなりの情報収集なのである。これで、随分時間の節約になる。英語もこれで勉強している。来年、英語の試験があるからである。不合格なら中途退学である。研究者としてたっていけないと評価されたらそれで終わり。ああ、恐ろしい。塾に行っているのも、英語のためだわなぁ。教える以上、勉強しなくてはならんからである。

非公開のカテゴリにしまってあるんだけど。ま、来月からある雑誌の編集を担当するから、ここにも投稿させていただきますわ。ありがたいかぎりであります。こっちは編集担当故、いろいろ書かせていただきますが。

楽しみ、楽しみですわぃ。

あ、また書きすぎた。オレって、話も長いけど、文も長い。この記事はつぶやきカテゴリに書いているんだから、短文にしなくちゃいけない。

いけないことばかりだなぁ。

お休みなさいませ!

 

 

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西洋風ということ

2012年09月23日 08時07分39秒 | 大学院博士ごっこ2012年から2015年

これも阿部謹也せんせの本を拝読していて感じたことだが、フランス文学かなんかやっている方のことが書いてあった。

かっこうのいい西洋風のご自宅に住み、しょっちゅう友人や、弟子達を招いては、西洋風に作った部屋で西洋の酒を片手に談論風発を楽しむ。それはそれでいい。そして、ベランダかなんかに出て、さらに西洋風の本格コーヒーとかの飲み物を飲む。まるっきり、日本にいるということを忘れてしまいそうになる風情。

そういう方でも、しかし、日本風のつきあいは忘れないのだそうである。でないと、学会で生き残れないのだろう。世間が支配しているからである。

また、隣近所とのつきあいも避けられない。葬式も自分が死んだら、自分で棺桶に入るわけにもいかんだろうからなぁ。誰かに入れてもらわないといかんですしね。

ワハハでありまする。

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民俗学のナントカさんというと

2012年09月23日 07時59分10秒 | 大学院博士ごっこ2012年から2015年

宮本常一せんせを、民俗学の・・・・と言うと

即座に

「あ、民俗学ね・・・・・・・・あああ、そう」と

さも民俗学をすべて知ったようなことをのたもう方が多い。

それこそ、

アホな愚生は

「あ、そう。なんでもわかっていらっしゃるのねぇ」って

その方を激賞してしまう。

民俗学の定義をどうやってされるのかを、お聞きしたいくらいである。

オレはなんにもわかっていないから勉強するんだし、ご指導もいただくわけである。

ひとつ言えることがある。

それは、オレには職業生活上の世間はないということである。

あ、もうひとつあった。この今住んでいる地に、故郷という世間はないということである。
だってオレのふるさとは東北だからである。おれの世間(故郷)というものはそっちなのだから。


※これは、ちょっと誤解を受けたようである。オレの出自について、藤村の破戒のごとき告白をしているのではない。よそ者であるということで、あるいは住む家がない、アパート住まいである(これって東京なら考えられないですわな)、この辺の進学校を出ていないということで、実際オレはいろいろな差別を受けたということを言っているのである。血筋なんて言い始めたら、天皇陛下以外にはダレも言及できる人間なんていないはずである。中世以降、あるいは近世以降に住み始めただけではないか。さらに、被差別の方々に、なんの配慮も無い人間が多すぎるということを言っているのだ。高見の見物で理想ばかり言っていてはいかんでっせ。((;゚Д゚))フン!?

 

要するに気楽なもんだということである。

(^0^)/ウフフ

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タレントなのか、なんなのか 「元」ナントカ様

2012年09月23日 07時41分15秒 | 大学院博士ごっこ2012年から2015年

今朝の産経新聞に出ていたが、テレビに時々出てくる「元」警察官僚とか、「元」検事とか、「元」裁判官とかおられるが、あれって守秘義務をどうやってクリアーしているんかね?ってことだ。

まったく、そんなことをしないようにって、かつて部下には言っていたんじゃないのかね?保身のため、銭ほしさのためというのがミエミエですわな。

馬鹿を見るのは、まじめに現役でこつこつと働いている方々である。

だから、オレは可能なかぎり、元のお仕事のコメントはしない。あたりめぇである。そういう「世間」は、オレ、捨てたのだ。?捨てられたのかな(^0^)・・・・どうでもいいけど。

学生やっていると、その元のお仕事についてほんのちょっとでもプライドでも持っていたら、一日もモタないなぁ。学生であるからである。指導していただくのである。完全に受け身であるし、学力もないからである。でないと、学生になった意味がない。くだらない「元」なんとかというありもしないプライドを持っていたら、大学の先生も指導してくださらないだろうと思っている。厳しく指導されてかえってありがたいかぎりである。年齢は関係ないのだ。

学会活動をしたことがなかったから、オレはこれから戦々恐々だ。存在そのものを全否定される場合もあるからだ。そうやって、泣きながら、机をバンバン叩きながら成長していくのが学者さんなんだそうである。あ、オレは学者にはなれないからそんな心配はないか。もっとも、研究発表をする機会もないだろうけど(^▽^)

所詮庶民、常民でありますからねぇ。

 

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世間のしがらみからのがれられない

2012年09月23日 07時29分11秒 | 大学院博士ごっこ2012年から2015年

大学のせんせだって、大学の世間からのがれられない。学部の世間からのがれられない。

もし、そのことを忘れて、それこそ個人的な考えをしゃべり、大学批判、学部批判、オノレの学問批判を
しちゃったら、追放されてしまう。

だから、黙っていたほうがいいということになるわけだ。それが、日本の世間なんだってねぇ。

阿部謹也せんせのいわれるとおりですわなぁ。

もし自分の所属を批判するなら、2チャンネルあたりで、絶対匿名でやるしかないのが世間なんだろうね。

哀しいことでわ。

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個人的にはという台詞

2012年09月23日 07時24分33秒 | 大学院博士ごっこ2012年から2015年

ずっと違和感を持っていたのが、「個人的には・・・・・と思う」という台詞。

例文を出そう。

「個人的にはリンゴが好きです」

じゃぁ、公的には何が好きなのさ?ってことにつながる。

そもそも、個人というものが、日本社会にあるのかね?

みんな世間を気にしているだけ。

個人的には・・・・・と考えるというようなことをのたもう方がいる。

しかも、たくさんいる。

ほんとうにそうか?

個人的な考えって存在するのかね?

 

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光こそ、すべての源という気がするのだが

柔道をやると~ま君

サンスクリット般若心経

高齢\(^_^)/