戻る、戻ると言っても、母からは二度と生まれることはない
モンゴルの詩人の語りである。
ほんとうだなぁとしみじみ思う。
どうだろうか。
過ぎ去っていった青春、彼氏、彼女たちと遊んだり、愛し合ったり、別れたり、いろいろあらぁな~というのが、人生なんでしょうなぁ。オレの場合は、あまりにもバカバカしくて、過去を懐かしむという心境にはなれないのだけれども。だから、あまり過去に縛られないことである。今が一番大切だとオレは思っているので。
学部の時に苦学したから、オレは卒論も不十分であったし、枚数も90枚しか書けなかった。アルバイトで生活費と学費を稼ぐのはまったく大変であったからである。その点、今の大学生たちは恵まれていますな。
大学生時代の最後の年度をこんな不完全燃焼で送らざるを得ないというのも、情け無い。オレの場合。QualifyTestに落ちたらやめるしかないからだが。
だからこそ、オレは若い方々に、論文の枚数まで公開して激励である。オレのようなじじいでも、やっているのである。それを、愛だの恋だの、つきあいだの、彼氏彼女だのと遊んでいる暇があったら、そもそも最初から大学院なんぞこなければ良かったのである。それなら、それで違った道はいくらでもあるからである。
時間と金の無駄だと、今の在籍校に進学したときも随分言われた。それはそれで言いたい人のことはよくわかる。3年前に京都の龍谷大学で研究発表をしたときに、東北大学大学院博士課程に在学していた人としみじみ語りあったものである。彼は、いわゆる学歴ロンダリングであった。その心情はよくわかる。学部の時に挫折したから、チャレンジしたいということである。オレだってやってみたかったよん。なにしろ、東北地方の進学高校では東北大学(旧制東北大学)は憧れの大学であるからだ。担任も東北大学のご出身だったし、国語の先生もそうだった。憧れたな、マジに。しかも、オレの高校からは27名くらい現役で進学していったから、なおさらのことだった。
しかしである。もうオレの青春は戻らないのである。もうすっかりアタマも禿げて、じじいになったのである。欲望もなにもあったもんじゃない。枯れてしまったのである。みっともない。あああああああ、実にみっともない。
来年のことをいろいろ考えていたら、放送大学大学院から電話があった。夕方。
誘惑にノッチまうかなぁ~。
難敵がいる。Wifeである。呆れているからである。
道楽じじいなんか、離婚してしまえと言われたらおしめぇではないか。もう、拾ってくれる人もいねぇからである。
わはははっはははっははは。