いいですなぁ。
オレの隣が、和服の似合う若い女性だった。男がいたけど。(^0^)
いい雰囲気です。
こういうところは和服の似合う女性と来たいモノです。
無理だけど。
わはははっはは。
いいですなぁ。
オレの隣が、和服の似合う若い女性だった。男がいたけど。(^0^)
いい雰囲気です。
こういうところは和服の似合う女性と来たいモノです。
無理だけど。
わはははっはは。
神田神保町です。
近代日本思想大系の「芸能」「差別」、新岩波古典体系「日本霊異記」の3冊を購入。
合計で1500円なり。
申しわけないくらい。
小宮山書店がやっていなかった。もう45年かよっているのにねぇ~。
(^_^)
「岩波新書編集部だより」を更新しました.今月の新刊は,『集団的自衛権と安全保障』『医療の選択』『金沢を歩く』『過労自殺 第二版』の4点です.詳しくはこちらへ.? iwnm.jp/sin
320年ぶり奥之院秘仏厄除大師御開帳専用の御朱印を頂きました!記念の腕輪付き♪(^3^)/よっ!! #御朱印部
(@ 剣五山 千手院 弥谷寺 (第71番札所)) 4sq.com/1mUnenQ pic.twitter.com/MzldivYRCw
【レインボーブリッジ封鎖】
レインボーブリッジでトラックが炎上する火災が起きた件で、レインボーブリッジが封鎖され一部通行止め状態。 /お台場レインボーブリッジでトラック炎上する火事 breaking-news.jp/2014/07/18/010… pic.twitter.com/JZMDQ1JIEX
81歳はね死亡、小学校長逮捕…容疑で広島県警 : 教育 : 読売新聞(YOMIURI ONLINE) yomiuri.co.jp/kyoiku/news/20… 「小校長(59)を自動車運転死傷行為処罰法違反(過失運転致傷)容疑で現行犯逮捕」。女性。
夏休みがきたのだそうな
小中高等学校は、今日で一学期は終わりだそうな。二学期制は別なのかな?もうよくわかんないですな~。... blog.goo.ne.jp/tym943/e/9e8a7…
昨日、院生室でゼミに提出する資料を印刷していた。朝も早くからである。そしたら背後から「おー!校長センセ」と呼ばれた。誰だ?こんなことを云っているのはと思ったら、なんとclassmateであった中国の大学の先生である。参った。
久しぶりなので、いろいろとcomputer室で話をしていた。それから別れてゼミに出席したのである。
後から見て、なんでと~ま君だと分かったのですか?と聞いてみた。聞いてみて思わず苦笑した。当たり前である。オレは、スキンヘッドなのである。
前から見ても、後から見ても、オレはオレだ。
わははははっはははである。
3Kだしなぁ。
そうなのだ。
まったく3K。
暗い、キタナイ、臭い・・・とほほである。
そういうのが、コンプレックスとなって逆に活かされているのだ。
禿げでもある。短足でもある。
いいものである。それでもオレはちゃんと生きているからである。年金生活者で貧しいけれども、ナントカ生きているからだ。
それがオレの生きる活力になっていったから、親に感謝している。そうなのだ。誰にも期待されなかったから、オレは努力したのである。マジである。
わはははっははは。
(^_^)ノ""""
これから国立能楽堂に能「百萬」を見にいく
今は、3:26である。
そうなのだ。早起きしたのだ。というより、昨日はあまりにも体力を消耗して、バタンキュ~であったのだ。晩酌もせず、寝酒もせずまじめに寝た。寝るのにまじめもなにもないけれども。そこで、早朝のNHKラジオで目が覚めてしまった。小椋桂さんの特集をしていたのである。大好きな歌手である。生き方もである。
ある意味生涯学習の神様みたいな方であるからでもある。
東大から第一勧銀に就職した。浜松支店長から、本社の部長職までやって、歌手に転向。49歳の時であったように思う。それからの歌手としての活動はすばらしいものがある。そして、母校東大文学部に学士入学して、哲学をやった。さらに道元の研究で東大大学院修士課程に入学されたのである。出色の経歴である。たいしたものである。
そして彼が生涯最後になるアルバム「闌(たけなわ)」を出したのだそうだ。歌手活動としての最後。70歳になられる。癌も患った。覚悟の程が伝わってくる。常に死を見つめ、生を唄ってきた方であるとオレは思っている。道元の論文も拝見させていただきたいものである。可能ならば。
あれ?
タイトルのようなことに戻れない。
強引に戻ろう。そう、今日オレは東京に出かけるのである。見たかった「百萬」である。能と唯識というオレのテーマが、ここにあったからである。我が子と生き別れになった白拍子が、我が子を探し求めて、奈良の興福寺の門前で・・・というような能なのである。NHKの能楽番組でも放送はなかったし、音声ならCDを買って聞いていた。憧れの「百萬」である。
能であるが故に、母性の哀しみとか、そういう極端な感情は出てこないだろう。「秘すれば花」である。これは日本文化の大いなる長所である。露出してナンボの世界とは違うのである。「秘すれば花」なのである。現代女性が忘れ去ってしまったことの一つではないのか。あまり書くと叱られてしまうが。
芸者さんの芸能ということにも、今、非常に興味がある。FBのそういうことを勉強するグループにも入れていただいた。現役の芸者さんが主宰されているグループである。温泉町に生まれ育ったので、そういう環境には慣れていたからでもある。さらに、芸事に関わってきた女性達の生き方にも興味がある。あくまで資料を通してでしかないけれども。
百萬の女主人公が、白拍子である。芸事で生きていた女性である。能の源流がここにあるのではないかと密かに思っているからである。
興福寺からの案内があったからこそ、チケットを買うことができた。楽しみである。ありがたいことである。これだから、道楽で勉強しているとか言われても、やめることができないのである。
当然一人で行く。趣味だからである。趣味というものはいいものだ。だって、誰にも迷惑をかけることがないからである。それに、長生きできる。ストレスがない。好きな道であるからだ。強制されていない。こんなにいいことはない。
そして、今書いている博論に書いていくのである。そうなのだ。オレは絶対に転んでもタダでは起きないのである(^0^)。なんでも栄養にしてしまうのである。
それにしても、今日の東京も、「秘すれば花」とは真逆の女たちが、跋扈しているのだろうなぁ。情けない、情けない。
(^_-)-☆