なんの計算かわからないが
253まできた。あと半分である。目標の500。
体重ではない。枚数である。A4で500くらいわけはない。毎日A4で2枚書いていれば、250日である。それくらいできる。オレは、その半分の125日で書けることになる。そうなのだ。もう半分の253になっているからである。毎日、A4で4枚書いていれば62.5日である。2ヶ月だ。
?
なんの計算かわからなくなってきたのでもう止す。それに、午前中剃髪をしてきたから、午後の直射日光はきつい。アタマには。暑いし。さらに、昼食前にgymにも行ってきたのだ。サウナにも入ってきた。つまり、アタマを洗ってきたのである。むろん、これからヨルバイトの塾があるから、帰ってきたらまた入る。
で、午後からずーっと居住地の図書館にいたのだ。もうすぐ6時になる。そろそろ切り上げましょう。烏が鳴くから帰りましょう。
しかし、けふは群書類従とか国史大系をずっと見ていたので、アタマが混乱してきている。マイッタね。こんな漢文ばかり見ていると、僧侶と間違えられますな。もっとも、オレごとき、総ての欲望からフリーになっている高徳の僧侶には絶対見えないから、迷い人みたいなものだけど。
さ、気分を転換して、楽しみの塾に行く。今週は、土曜日に東京の国立能楽堂に行くから、ちょっとピッチを上げないといかんですな。行き帰りのバスの中でも原稿を入力しているけれども。
夜までさようなら。
余裕が無いなぁ
生涯学習の仲間達にも拙ブログを見ていただいているから、時々激励をいただいている。ありがたいことかぎりなし。これがあるからやっていられるのだと しみじみ思う。それぞれの世界でご活躍をされているから、なおのこと発憤の材料になる。在籍大学でも多くの学生や院生がいる。みんな頑張っておられる。たいしたもんである。特に留学生たちの頑張りは尊敬に値する。これほどやれるということは、すばらしいことである。
そこで、あっと思ったのが、オレのことだ。なんだか、オレ、勘違いして焦っていないかということである。つまりそういう若い方々と同じレベルで考えていないか、いなかったかということである。若い方々は、これからなにかになっていかなくちゃならんわけである。若い方々は、研究者とか、学者とか、知識人としてやっていかれるわけである。そういう高度のレベルと競っていたって、オレが勝負できるわけがない。
オレの在籍大学に、生涯教育センターというのがあって、それこそいろいろな方々が学んでおられる。師匠の古典講座もある。オレも受講させていただいている。師匠の講座はなんでも聴きたいからである。そこで出会った方々の学びは悠々たるものである。それを今朝は思ったのである。
悠々たる学びである。
悠々と学ばなくてはならない。
人間、余裕を失ったら、それは餓鬼道である。ハラをすかして、獲物を狙って咆吼しているオオカミと変わらない。ハラがすいたら行動を起こして、満腹なら何もしない、やろうともしないっていうのは、もう人間を捨てている。
在籍大学の生涯教育センターには、
① 英会話入門、英会話中級、Discussions ldions from Roal life、、韓国語会話、フランス語入門、外国文化と生活、その他
② リコーダアンサンブル、合奏の楽しみ、森を楽しむ、美術で遊ぶ、油絵レッスン、ドライフラワーアレンジメント、人生を豊かにする話し方、阿波藍の絞り染色、その他
③ 中国気功、太極拳
④ JIUインフォメーションセンター(成東駅前)でも語学講座やパソコン教室を実施
他にもあるのかもしれないが、まだまだ不明である。こうやって書いていると実に多い。内容については、ゆるされたい。全貌を把握しているわけではない。
つまり何を云いたいかというと、焦っていちゃならないっていうことである。焦ると碌なことがない。碌なことがないっていうことは、人生を不幸にする。余裕がないから焦るのである。
大切なことは、こうした講座で余裕を持って、清清として学ぶことだなぁと思う。幸い家から近い。資格が欲しくて学んでいるのでもない。これから立身出世して、エラくなろうとしているのでもない。ないないづくしである。ただのじじいだからだ。学歴もいらねぇし、地位も名誉もない。
欲しいのは「余裕」である。
まったく余裕がなければ、旅行もできないからなぁ。
そういえば、先月の金曜日に、油絵を描いておられる方がキャンパスの池の周囲にいた。ご婦人であった。オレとあまり年齢は違わないだろう。いい風景である。静粛に学ぶことである。さわやかに。
焦らないで。
中国語もそうだ。ものにならなくてもいいのだ。余裕で学ぶことである。
そんな気になってきた。今朝は。
珍しいけど。
(^_-)-☆
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