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トリエステの坂道 須賀敦子

昨年あたりから「須賀敦子」というイタリア文学者の書いた作品が急速に再評価されていると聞いた。すでに没後10年になる著者だが、河出文庫から「全集」が刊行されたのがきっかけなのだろうか、その全集も好調な売れ行きらしい。そこで彼女の本を初めて読んでみた。「随筆集」とのことだが、むしろ小説を読んでいるような心境になる作品だ。中学生の頃に、小説の神様志賀直哉の「城の崎にて」を読んで「これは随筆ではないか?」と感じたのを記憶しているが、それと正反対の感覚だ。最初の表題作「トリエステの坂道」では、筆者がイタリアの男性と結婚したこと、そして比較的短時間で死別したことがわかる。次の作品を読むと、結婚した男性がミラノで書店を経営していた人であること、結構生活が5年半だったことが判る。こうして1編ずつ読み進めていくと、だんだんそのあたりの事情が詳しくわかってくるようになる。彼女が日本の裕福な家庭の子女で、相手のイタリア人男性が貧しいいわゆる「無産階級」出身であったことも次第に判ってくる。異邦人としてイタリアに暮らし、文化の違いだけでなく、そうした境遇の違いからくる考え方の違いなどにも遭遇しながら、それでも死別した夫のことを大切に慕う文章は、小説の神様が作った「小説」よりも「小説」らしいのではないか。感動を覚える。イタリア在住の女性作家と言えばローマ人の物語の塩野七生だが、その一時代前の彼女の文章からは、それとは全く別のイタリアの風景が匂い立ってくるようだ。(「トリエステの坂道」須賀敦子、新潮文庫)
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