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人喰いの時代 山田正紀

2人の登場人物が短期間の間に遭遇したいくつかの事件を描いた連作短編集。ひとつひとつの短編も面白いが、最後の1編でそれまでの話の様相ががらりと変わってしまうという大仕掛けが用意されているのが最大の面白さだ。ミステリーの出来栄えとしてはそこそこかもしれないが、本書のもう1つの良さはその時代背景。戦争に突入する暗い世相と事件の陰湿さが妙にマッチしていて物語の中に引き込まれる。そういう意味では、ミステリーというよりも伝奇小説に近いかもしれないと感じた。(「人喰いの時代」 山田正紀、ハルキ文庫)

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しらゆき姫殺人事件 湊かなえ

まだ未読だった著者の本が文庫コーナーにあったので読んでみた。事件の関係者の証言集という形の200ページほどの本文と、その半分くらいの分量の資料集で構成されているが、事件の謎は混沌としたままで本文は終わり、本当の謎解きは資料集のなかに隠されている。まさに著者らしい緻密な構成には唸らされてしまう。つい話を「盛って」しまう人々のちょっとした悪意や思い込みが、ネットという世界のなかで沈殿していき、ついには事実とはまったく違うストーリーを作り出してしまう、そうした恐ろしさを思い知らされる作品だ。(「しらゆき姫殺人事件」 湊かなえ、集英社文庫)

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探偵の依頼人 深木章子

「一事不再理」という良く知られた法律を謎の中心に据えて展開されるミステリー。「探偵の依頼人」という題名の意味するところは最後になって明らかになる。最終章まで「探偵」は登場しないし、その「依頼人」が謎の鍵だということも最後の最後まで判らない仕組みだ。話は、2転3転どころかいくつどんでん返しがあるのか判らない程に錯綜し、普通に読んでいて感じる「こういうことかも知れない」という読者の予想を次から次へと覆すような出来事が連続して起こる。それでいて最後に明かされる解答は、しっかり筋が通っている。著者の本を読むのは初めてだが、読み終えた後、素晴らしいミステリー作家を知ることができて良かったということを強く感じた。(「探偵の依頼人」 深木章子、光文社)

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侮日論 呉善花

韓国人の心情は、植民地として過酷な統治を受けたことに対する「反日」ではなく、中華思想に基づく大昔から培われている「侮日」だという論旨で書かれた本書。読んでいると、こうした内容の本すらも、両方がちゃんと相手のことを知ることが大切だという著者の思いとは裏腹に、両国の溝をさらに深めてしまうのではないかという暗澹とした気持にさせられる。著者が2度にわたって母国である韓国への入国を拒否された話や、幼いころに母親から聞かされた日本の話、来日して「反日」から「親日」に転換した話など、著者の実際の体験に基づく話は非常に印象的だ。共感できなくても、理解できなくても、相手を知ることが共存の第一歩だという基本的なことさえままならない感があるが、個人としては少しずつでも相手を知るようにしていくしかないと考えさせられた。(「侮日論」 呉善花、文春新書)

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その手をにぎりたい 柚木麻子

最近読んだ著者の本が面白かったので本屋さんで新刊コーナーにあった本書を読んでみた。基本的には一人のOLの成長記録という「お仕事小説」だが、高級な寿司屋さんに通いつめる中で色々なことを学んだり、人に出会ったりということで、やはり前作と同様に単純な「お仕事小説」とは一味違うものを感じさせる作品だった。同じ会社で同じ人々と働く平凡な日常のなかで、自分だけの世界を守りながら、世の中と関わりあっていくことの面白さが印象的だ。どのくらい作者の本が刊行されているのかまだ調べていないが、他の作品をもっと読みたくなる吸引力を持った作者であり作品だと感じた。(「その手をにぎりたい」 柚木麻子、小学館)

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