書評、その他
Future Watch 書評、その他
サンデルよ正義を教えよう 高山正之
著者の毒舌エッセイ・シリーズの6冊目。本シリーズはずっと文庫本で読んでいて、毎度のことながら、雑誌に書かれてから文庫になるまでに6~7年くらいの時差があり、扱われている時事そのものがさすがに陳腐化してしまっているのがつらい。それでもこのシリーズを読み続けているのは、自分自身、著者の意見にそれなりの普遍性を感じているからだろう。ふと本屋さんで文庫本になっているのを見つけて買って読むというのがいつものパターンで、今後もそんな感じで本シリーズと付き合っていきたい気がする。なお、本書の題名にもなっているサンデル教授の思考実験のような問いかけに対する痛烈な皮肉は痛快だ。(「サンデルよ正義を教えよう」 高山正之、新潮文庫)
迷いアルパカ拾いました 似鳥鶏
動物園が舞台で、その飼育員を主人公とするお仕事ミステリーのシリーズ3作目。お仕事ミステリーといっても、主人公たちが立ち向かうのが日常の小さな謎ではなく新聞を連日賑わすようなかなり大きな事件だという点がこのシリーズの特徴でもある。特に本書で扱われている事件には、数多い日本の動物園や水族館が抱える現実的で切実な問題が根底にあり、これまでの2作に比べてリアリティがあって面白かった。もしかするとこんな事件が実際に進行しているかも知れない。もう次の作品も刊行されているので、次が楽しみだ。(「迷いアルパカ拾いました」 似鳥鶏、文春文庫)
名探偵・森江春策 芦辺拓
著者は最近注目している作家の1人。本書は、著者が生み出した森江春策という探偵が探偵になるまでを描いたという設定の連作短編集。通常、名探偵というのは、最初に登場した時からすでに名探偵なのだが、名探偵を生み出したミステリー作家には、その名探偵がどのようにして名探偵になったのかを書きたいという欲求があるのだそうだが、これがなかなか難しいことなのだそうだ。変に書くと名探偵のイメージが損なわれてしまうだろうし、未だ名探偵でないために事件に出くわすまでを自然な流れとして書くのにも工夫が必要になる。さらに、一般的に名探偵という評価がないと、事件に関する情報を得るのが難しいという事情もある。逆に言えば、超人的な名探偵を描くのはある意味比較的楽だということにもなる。こんな書き手側の事情なども楽しみながら読める一冊だ。肝心のミステリー要素も、正に本格派と思わせる凝ったトリックが満載で嬉しい。(「名探偵・森江春策」 芦辺拓)
知ってはいけない 矢部宏治
本書は、現在の日米関係に単純にアメリカ隷属という表現だけでは済まない歴史的な奥深い闇の部分があることを教えてくれる。どこからどこまでが著者の憶測なのかは判らないし、例えば日本合同委員会という組織に関する記述などは、当事者の意識がここに書かれた通りではない可能性の方が大きいだろう。しかし、本書の本領は、新事実の暴露ではなく、現在の日米関係に対する解釈だ。本書で示されたような解釈ができるということが示された以上、歴史的に放置されてきた問題をいつかは是正しなければいけないことだけは確かなようだ。陰謀論として何者かの存在や意思を糾弾するのではなく、これまで感じてきた違和感を頼りに、自分たちで変えられるものとして受け止めるのが正しい読み方だと感じた。(「知ってはいけない」 矢部宏治、講談社新書)
思い出は満たされないまま 乾緑郎
高度成長期に建設された大規模団地を舞台にした連作短篇集。登場人物は、老人から若い夫婦とその子どもたちまで様々だが、皆長年そこに暮している住民で、それぞれがその団地にちょっと不思議な思い出を持っている。不思議な出来事が不思議なままで終わる話はいくらでも不思議に出来てしまうので、自分は基本的にそうした話があまり好きではない。最初の短編を読んだ時、この本もその類いかと思って少しがっかりしたのだが、二つ目の話を読んで、話を膨らませるだけ膨らませて無責任に終わる話とは何かが違うなと感じた。短編を読み進めていくうちに登場人物がどんどん増えていくのだが、それぞれが次の話で別の役割を担っていく。そうした重層構造の短編が次第に一つに収斂していくのが大変面白かった。(「思い出は満たされないまま」 乾緑郎、集英社文庫)
安楽探偵 小林泰三
題名の本当の意味が最後の最後まで判らない不思議な作品だ。主人公の名探偵に持ち込まれる事件は、依頼者の妄想ではないかと思われるような奇妙な事件ばかり。名探偵が提示する解答は、それしか答えはないだろうなぁという程度の常識的なもの。但し、何となく引っ掛かる部分もある。こんな調子で読み進めていたら、最後に全部をひっくり返すような展開が待っていた。アンフェアではないが、ミステリーとしては重大なルール違反をしている気もする。読んでいて面白かったし、ここまで肩透かしの作品はなかなかないので、楽しかった。(「安楽探偵」 小林泰三、光文社文庫)
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