「日本は法治国家だから、…」と粛々型官房長官は言った。これって、政府の公式説明なのかな。陳腐な説明になっていない説明だ。法治国家というなら、戦前の日本だって法治国家だ。恰も正論を言ったとばかりの真っ直ぐな顔付に、ふと首を傾げてしまう。
日本の民主制度は、小選挙区制度に変えてから、民衆の支持実態よりも、単に議員の数によって強力な権力を得ることになっている。金をかからない選挙を目指したが、結果は抜け道だらけの政治資金規制法で、相変らず旧態依然の金集めが横行し、政党交付金だけが無能な政党や議員の余禄となっている。
日本は明治維新以来、富国強兵のもとに西欧から技術や産業を輸入したが、敗戦によって不本意にも西欧型政治制度も植えつけられた。確かに日本は戦後変わった。韓国・中国から過去の侵略を激しく非難されても、その過去の記憶を植え付けられていない戦後世代には何やらちんぷんかんぷんで心に響かない。これでは、暖簾に腕押しという事になってしまう。
敗戦後、GHQ 指導の下に、西欧の民主主義、議会主義が米を作っていた田んぼに麦を植えるように強引に移植された。しかし、西欧型民主化は、長い間に社会全体に微かな疼痛をともなうむず痒さが蔓延してきている。その原因の一つに考えられるのは、国としての歴史を意図的に、又は無意識に、戦後七〇年間を空白のままに放置したからであろう。
今の話題の戻すならば、昨今、選挙に勝てば絶対権力を得ると確信する変な輩が政治の中枢を担い始めた。その典型が橋下であり、安倍であろう。事を急ぐなかれ!国政ですら、粛々という言葉の隠れ蓑で、強行に物事を進めてしまおうという状態である。残念だが、大阪都構想の先にある道州制の巨大な首長の権力を担う人材は日本の政治土壌には育っていない。
大阪都構想は、裏を返せば、悩ましい政令市を抱えた無能な府県の生き残り策に過ぎない。民間であれば、大阪市が大阪府を吸収すべきところを、政治というものはその逆もあり得るという滑稽な不条理の一つだ。結果は一人の独善的殿様が国政に転身し、新たに五人の(?)殿様ができるんだ。もし、橋下大阪都構想が成立すれば、その見返りとして安倍的憲法解釈改正が国会で大きな議論もなく粛々と進行して行くのだろう。これは政治の不経済取引かな。