イヌタデ、俗称アカマンマ
慶應大学の教授で、思想史が専門の片山杜秀さんの近著、「11人の考える日本人」(文春新書)が私たちの視野を広げてくれる好著です。この本は文藝春秋の夜間授業で講演したものを下敷きにまとめたもので、吉田松陰、福沢諭吉、岡倉天心、北一輝、美濃部達吉、和辻哲郎、河上肇、小林秀雄、柳田國男、西田幾多郎、丸山眞男の11名をとりあげていて、その昔、内村鑑三が表した「代表的日本人」=西郷隆盛、上杉鷹山、二宮尊徳、中江藤樹、日蓮上人を取り上げている名著に似せて書かれているようです。
私のような70過ぎには、小林秀雄や丸山眞男が、もうそんな古典的な対象になるのかと、驚くのですが。
通読し興味深いのは川上肇の項。保険の出現にふれています。現在は各種民間保険をふくめ、健康保険、失業保険、社会保障保険など、国家的な制度となり、ほぼ常識化していますが、この保険の出現はどういう経緯を辿っているのか、日本のばあい、ドイツの場合に触れて、新鮮です。
片山さんはつぎのように言います。
「川上の思想の中身を追っていく前に、その前提として日本における社会主義の流れを押さえておきたい」とし、「日本で社会主義の政策を最初に議論し始めたのは社会主義者や労働者でありませんでした」。社会主義的政策、福祉国家の設計の議論は「社会主義者の敵とされる財界や政界など、いわゆる体制側が先に社会主義を研究し制度を設計していた」と言っています。「それは社会主義運動が先鋭化することを予防したい」ためで、そのきっかけになったのはドイツから招いたお雇い外国人のパウル・マイエット。彼がまとめた『日本家屋保険論』が原点だという。保険という考えはドイツのビスマルクの「飴と鞭」政策で「帝国を転覆させようとする社会主義者は鞭打って厳しく取り締まるが、社会主義に頼らなくても国家が国民の面倒をみましょうと飴を配る。こうしてドイツ帝国は国家が保険を運用し、世界ではじめて公共で福祉を行う」のです。現代につづく福祉国家論がソ連型社会主義の修正としてのスエーデンやフィンランドからではなく、ドイツ帝国からはじまったという。
日本では数学者の藤沢利喜太郎が重要だと言います。藤沢は国費留学生としてイギリス、ドイツにわたり、そこで目にした社会主義の台頭を「日本の近代化にとっても脅威だと感じ」、帰国後『生命保険論』という書物を書き、この著書が「保険数学の基礎にも言及し、近代的な生命保険とはどういうものかを日本で最初に紹介した本で、社会思想的にも重要なもの」としています。藤沢利喜太郎は「日本の保険の父」と呼ばれているそうです。
川上肇を筆頭に、日露戦争前後より活発になった幸徳秋水や片山潜、木下尚江など日本の社会主義思想が辿った道を、保険という観点から捉え直す論考であり、私たち古い世代には、極めて示唆的です。
片山さんは思想史の研究家であり、また優れた音楽評論家でもあります。何か小林秀雄に通づるところがあるようにも思えます。主著である「未完のファシズム」以来、私には教えられることの多い研究者です。【彬】