遊爺雑記帳

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久しぶりに中国の土を踏んだ「2人の馬さん」 あれほど中国に大きく貢献しても結局は利用されるだけ

2023-03-31 01:23:56 | 中国 全般
 3月27日、2人の“馬さん”が同じ日に中国本土に里帰りした。1人は馬英九、台湾の元総統だ。もう1人は馬雲(ジャック・マー)、中国最大手IT総合企業・アリババの創始者。だが、彼らの里帰りは必ずしも喜びに満ちたものには見えないと、元産経新聞北京特派員の福島香織さん。
 
冷ややかな空気の里帰り、久しぶりに中国の土を踏んだ「2人の馬さん」の心中 あれほど中国に大きく貢献しても結局は利用されるだけ | JBpress (ジェイビープレス) 2023.3.30(木) 福島 香織

 3月27日、2人の“馬さん”が同じ日に中国本土に里帰りした1人は馬英九台湾の元総統だ。もう1人は馬雲(ジャック・マー)、中国最大手IT総合企業・アリババの創始者。だが、彼らの里帰りは必ずしも喜びに満ちたものには見えない

 
馬英九の訪中は、1949年に国共内戦で国民党が敗北して台湾に政権を移して以来、初めて中華民国総統経験者が大陸を訪問したことになる(厳密にいえば、国共内戦末期に一時的に総統代理を務めた李宗仁が1965年に中国本土の土を踏んでいる)。

 
馬英九の訪中は、4月5日の墓掃除の日である「清明節」に合わせた湖南の祖先の墓参りが表向きの主な目的だった。台湾の学生たち約20人を随行して、上海から南京、武漢、長沙、重慶へ移動し、現地で青年交流を行うことで中台の絆を深めようということだった。4月7日に台北に戻る。

 だが、
2024年1月の台湾総統選挙戦の争点の1つは、間違いなく対中関係、対米関係となる。民進党が親米路線をとり、米国と中国の対立が先鋭化する中で、国民党元主席としては中国との融和路線をアピールしようという政治的な狙いもあるとみられている。

 特に
3月29日から蔡英文が中米の友好国、グアテマラとベリーズを公式訪問し、その旅程で米国に立ち寄り、マッカーシー下院議員と会談すると伝えられている。この会談の中身はまだ不明だが、米台関係が一段引き上げられ、ともに中国に対抗していく姿勢が強く打ち出されるかもしれない。馬英九としては、そうした民進党政権の親米アピールへのカウンターのつもりもあろう

 
馬英九は南京では抗日戦跡などを訪れ、国民党、共産党が共に日本と戦った歴史を振り返って、中国と台湾、共産党と国民党が同根の中華民族であるというナショナリズムを盛り上げようとしていた。また孫文の墓・中山陵を参拝したときは、自ら中華民国元総統を名乗り、「両岸は平和を追求し、戦争を避けなければならない」と平和を強調していた。

ヒヒ射殺のニュースの方が大きかった
 
だが、この「平和の旅」は馬英九が期待していたのとは違う感じになっている

 まず、
台湾では、人々の関心は実に薄いものだった。馬英九訪中のニュースよりも、桃園市内で目撃されていたヒヒ(野生のヒヒは台湾に生存していないので、民間の誰かが無断で飼っていたものが逃げ出した可能性がある)が射殺された事件の方がニュースとして大きく扱われていたと、揶揄する声もあった。

 
中国メディアも、台湾がらみのニュースについては、ホンジュラスが台湾と断交し中国へ国交をスイッチした報道の方が圧倒的に大きくマーケットや経済ニュースは馬雲帰国のニュースで沸いていた

 馬英九の訪中前は、台湾紙・聯合報などが、上海浦東空港では赤い絨毯がタラップ前に敷かれ、党序列6位の政治局常務委員の丁薛祥が出迎えるなど、中国側は国家元首待遇を用意していると報じていた。しかし、馬英九到着の様子を報じた聯合早報によれば、赤い絨毯は敷かれておらず、出迎える側も国務院台湾事務弁公室副主任の陳元豊が一番職位の高い人物だった。
馬英九の到着を伝える新華社報道はわずか97字のニュースで、馬英九については国民党元主席ともなんら肩書もつけず、呼び捨てだった。また台湾メディアを含めてメディアの馬英九に対する呼びかけは「馬先生」と一般人呼びすることが事前に言い含められていたという

馬英九への中国の対応が冷ややかな理由
 ちなみに1965年に中華民国代理総統を務めた李宗仁が初めて帰国したときには周恩来首相が自ら出迎え、当時は大ニュースになったものだ。周恩来は李宗仁に全人代常務委員会副委員長の職位を用意するとして、李宗仁に中国への永久帰国を誘ったという。

 李宗仁は1949年1月、蒋介石が国共内戦の責任をとって辞任したのちの一時期、代理総統を務め、共産党との和平交渉を開始したが、決裂。首都南京が陥落すると香港経由で米国に亡命した人物である。そんな程度の人物でさえ、大ニュースになったのだから、8年も総統を務め、しかも習近平のためにサービス貿易協定に大急ぎで調印した(そのせいで台湾ひまわり学生運動が起き、政権が変わったのだが)馬英九に対しては、中国も習近平ももっと歓迎すべきであったろう。なんなら要職ポジションや老後の住まいを用意してもいいくらいだ。

 李宗仁は周恩来の言葉を信じて中国に帰国したが、結局、年齢が高いということで全人代副委員長ポストは与えられなかった。ただ警備付きの家屋敷と若い女性を妻にあてがわれている。このエピソードから、李宗仁は中共に騙された憐れな老政治家のイメージがついているが、馬英九の扱いに比べればよほどましだ。

 
馬英九は2015年11月に、シンガポールで台湾総統として初めて中国国家主席の習近平と中台首脳会談を果たしているが、今回の訪中では北京にも寄らない

 
台湾国立政治大学国際関係学研究センターの寇健文主任はフランス国際放送(RFI)の取材で、馬英九に対する中国の対応が冷ややかな理由について、ホンジュラスとの外交スイッチで忙しい最中に馬英九に訪問されることは中国にとって本音で迷惑であったろう、と見ている

 
ひまわり学生運動で売国奴イメージがついた馬英九はすでに台湾において何の政治権力も持たない。国民党内の影響力もほぼ皆無だ。なのに、馬英九がこの後におよんで中国に来たがったのは、たぶん国家元首待遇で迎えられるという期待があったからだろう。それすら裏切られたのだから、「馬英九は中共に騙されて、コケにされた」という見方もあるわけだ。

久しぶりの帰国も浮かぬ表情の馬雲
 もう一人、
同じ日に帰国した馬雲も、久しぶりの祖国のはずなのに浮かぬ表情だった。

 
アリババ創業者の馬雲は、この1年あまり、日本を含めアジアや欧州を点々としていた。これは習近平の民営企業家弾圧の激しさを恐れた事実上の亡命ではないかとみられていた。だが昨年(2022年)暮れごろから李強(現首相)が熱心に馬雲に帰国を促していたといわれている李強は浙江省の官僚時代から馬雲と昵懇であり、李強自身は全人代の首相としての初の記者会見でも民営企業家を重視した政策をとるようなことを言っていた。馬雲はこうして李強の説得に応じる格好で帰国したとみられる。

 馬雲が中国に戻ってきたことが報じられた3月27日、サウスチャイナモーニングポストなどは、アリババ株は一気に5%上がった、と報じた。これは、
馬雲が安心して中国に戻ってこられるようになるということは、習近平体制下で続いてきたアリババ含む民営企業いじめが緩和され、ビジネス環境がちょっとは良くなるのではないか、という期待を込めた投資家心理が反映されたといわれている。

 中国民営企業家たちの政府への不信感は、長らくかなりのものだった。
李強は記者会見で、民営企業に理解のあるようなふりをしていたが、華興資本CEOの包凡は依然として身柄が拘束されたままだし、李強の言葉だけでは、ほとんどの人の疑いを晴らすことはできていなかった。あれほど帰国を拒絶していた馬雲が帰国したならば、中国の情勢は確かに変わるのではないか、と多くの人が思ったということだ。これは習近平が世界に対して、民営企業に対する規制・コントロール強化を緩和させるというシグナルだ、と好意的に報じるメディアもあった

 
だが3月27日、馬雲の帰国を伝えたのは、馬雲の創設による杭州雲谷学校(浙江省杭州市)がSNSに投稿した、学校長らと一緒に映る写真のみだった。学校長と教育の未来について議論し、今話題の対話型AI「ChatGPT」の活用について「AI時代の始まりにすぎない。我々は問題解決のためにAIを使うべきであって、支配されてはならない」と語ったという。彼は本当に自由な立場で、移動でき、発言できる環境にあるのだろうか

解体されるアリババ帝国
 馬雲帰国の本当の理由はまもなく明らかにされる。

 つまり、
馬雲は中国のビジネス環境が好転するのだと安心して喜んで帰国したわけではなく、むしろ習近平の馬雲に対する懲罰が完成したことを知らしめるために「帰国させられた」のではないか、ということだ。

 アリババグループは3月28日、事業をECやエンタメ、クラウド、物流関連など6つの事業グループに分割する方針を発表した。意思決定を迅速化して競争力を強化し、各グループが独自に資金調達や新規株式公開(IPO)を検討するという。CEOの張勇はSNSで「『1+6+N』組織変革を始動する」とした。

 
アリババグループはアント・グループの上場延期から始まり、創業者・馬雲の保有株売却など、その他の制裁を散々受け続けてきた。当局によるアント・グループの上場阻止は、上海の金融フォーラムで、馬雲が「時代錯誤の規制は中国の技術革新を窒息死させる」と習近平体制のやり方を批判したことが一つのきっかけとなったと当時言われていた

 
その制裁は、最終的に6分割という形でアリババ帝国を解体することになった。膨大な顧客データを保有して金融にまで影響力を持ち、習近平から目の敵にされていたアリババは、分割されて、党がよりコントロールしやすい形態に変えられていくとみられている。

 
李強がどのような言葉で馬雲に帰国を決意させたのかは分からない馬雲自身はアリババ関連の大方の持株をキャッシュアウトしたのだから、金銭的には問題なく、共産党のプロパンガンダに利用されることなく、ずっと海外の自由な場所で生き続ける選択肢もあった彼の帰国を、李強との個人的な信頼関係によるものと見る分析もある。アリババ帝国の最後を見届ける創業者としての責任を果たすために戻ったのかもしれない。

 いずれにしてもハッピーな帰国には見えなかった。
在ニューヨークの華人評論家、陳破空は、「馬雲は李強に騙された」と分析している。李強は民営企業家への締め付けを緩和し、中国のビジネス環境は変わると言いながら、実は全く変わらず、ただ馬雲をプロパガンダに利用したいだけなのだ、と

 
多くの民営企業家が突然失踪させられ、次に姿が確認されるのは、囚人服を着てCCTVのカメラの前で懺悔させられるときだったりする。馬雲の帰国はきっとそんな恐怖と隣り合わせで、だけど逃げ切れない状況だったかもしれない。

 
馬英九も馬雲も、中国に対する貢献は実に大きなものだった。だが、最終的には翻弄され、騙され、蔑ろにされ、駒として利用されるだけだ。たまたま同じ日、2人の馬さんの里帰りニュースを見て、中国という国の冷たさと信用のなさを改めて感じたのだった。


 馬英九の訪中は、1949年に国共内戦で国民党が敗北して台湾に政権を移して以来、初めて中華民国総統経験者が大陸を訪問したことになるのだそうです。
 馬英九の訪中は、4月5日の墓掃除の日である「清明節」に合わせた湖南の祖先の墓参りが表向きの主な目的。
 2024年1月の台湾総統選挙戦では、蔡英文さんは任期満了で、代わって頼清徳副総統が立候補。国民党は、蒋介石の曾孫の蔣万安・台北市長の立候補他が有力視されていますね。

 ちょっと気の早い台湾総統選挙予測~2024年総統選挙は三つ巴の戦いか~ - 一般財団法人国際貿易投資研究所(ITI)

 馬英九氏には、国民党元主席として中国との融和路線をアピールしようという政治的な狙いもあるとみられている。

 台湾では、国共内戦(共産主義のソ連が支援する共産党と、米国が支援していた国民党の戦い)で共産党と闘い、台湾へ敗走した国民党が親中で、民進党が現状維持(共産党独裁下ではない、民主主義体制)とは、衆知のことですね。

 3月29日から蔡英文が中米の友好国、グアテマラとベリーズを公式訪問し、その旅程で米国に立ち寄り、マッカーシー下院議員と会談する。
 馬英九としては、そうした民進党政権の親米アピールへのカウンターのつもりもあろうと、福島さん。

 台湾の蔡英文総統が訪米 「私的で非公式」と米政府、中国に冷静な対応呼びかけ:東京新聞 TOKYO Web

 だが、この「平和の旅」は馬英九が期待していたのとは違う感じになっている。
 台湾では、人々の関心は実に薄いものだったのだそうです。
 
 中国メディアも、台湾がらみのニュースについては、ホンジュラスが台湾と断交し中国へ国交をスイッチした報道の方が圧倒的に大きく、マーケットや経済ニュースは馬雲帰国のニュースで沸いていたと、福島さん。
 台湾国立政治大学国際関係学研究センターの寇健文主任はフランス国際放送(RFI)の取材で、馬英九に対する中国の対応が冷ややかな理由について、ホンジュラスとの外交スイッチで忙しい最中に馬英九に訪問されることは中国にとって本音で迷惑であったろう、と見ているのだと。

 もう一人、同じ日に帰国した馬雲も、久しぶりの祖国のはずなのに浮かぬ表情だったと、福島さん。
 日本を含めアジアや欧州を点々としていたアリババ創業者の馬雲。これは習近平の民営企業家弾圧の激しさを恐れた事実上の亡命ではないかとみられていた。だが昨年(2022年)暮れごろから李強(現首相)が熱心に馬雲に帰国を促していたといわれているのだそうです。
 李強は浙江省の官僚時代から馬雲と昵懇であり、李強自身は全人代の首相としての初の記者会見でも民営企業家を重視した政策をとるようなことを言っていた。馬雲はこうして李強の説得に応じる格好で帰国したとみられると、福島さん。

 3月27日、馬雲の帰国を伝えたのは、馬雲の創設による杭州雲谷学校(浙江省杭州市)がSNSに投稿した、学校長らと一緒に映る写真のみだった。
 学校長と教育の未来について議論し、今話題の対話型AI「ChatGPT」の活用について「AI時代の始まりにすぎない。我々は問題解決のためにAIを使うべきであって、支配されてはならない」と語ったという。彼は本当に自由な立場で、移動でき、発言できる環境にあるのだろうかと、福島さん。
 馬雲は中国のビジネス環境が好転するのだと安心して喜んで帰国したわけではなく、むしろ習近平の馬雲に対する懲罰が完成したことを知らしめるために「帰国させられた」のではないかと。

 習近平から目の敵にされていたアリババは、分割されて、党がよりコントロールしやすい形態に変えられていくとみられている。
 李強がどのような言葉で馬雲に帰国を決意させたのかは分からない。
 彼の帰国を、李強との個人的な信頼関係によるものと見る分析もある。アリババ帝国の最後を見届ける創業者としての責任を果たすために戻ったのかもしれないと、福島さん。

 在ニューヨークの華人評論家、陳破空は、「馬雲は李強に騙された」と分析している。李強は民営企業家への締め付けを緩和し、中国のビジネス環境は変わると言いながら、実は全く変わらず、ただ馬雲をプロパガンダに利用したいだけなのだ、と。

 馬英九も馬雲も、中国に対する貢献は実に大きなものだった。だが、最終的には翻弄され、騙され、蔑ろにされ、駒として利用されるだけだ。たまたま同じ日、2人の馬さんの里帰りニュースを見て、中国という国の冷たさと信用のなさを改めて感じたと福島さん。

 毛沢東の独裁の弊害から、定年制のある集団指導体制に転じて、中国の今日までの経済発展の基礎を構築したのは鄧小平。それを継承していたのは、共青団派。
 先の党大会で、習近平はその共青団派を、集団指導のチャイナ7から一掃。定年制も無視する独裁体制をスタートさせています。
 
 2人の馬さんの里帰りニュース。福島さんが指摘されている様に、習近平独裁体制となった中国の今後を感じさせる出来事ですね。



 # 冒頭の画像は、ニューヨークのホテル前での最英文総統



 この機なの名前は、福寿草
 
 
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