高い関税を課せば米国がより豊かになるというドナルド・トランプ次期大統領の信条を共有すれば、同氏の経済顧問として働きやすい。だが、この基準を満たすエコノミストは多くない。
トランプ氏が経済諮問委員会(CEA)の委員長に指名したスティーブン・ミラン氏は、まさにその信条と同じ主張を展開していると、WSJ経済担当チーフコメンテーターのグレッグ・イップ氏。
ミラン氏は、米国の現行の関税率である平均2%と比べて、平均で20%前後、最高で50%になった場合、米国はより豊かになる可能性があると最近のリポートで述べている。
ミラン氏の見解は検討に値すると、グレッグ・イップ氏。
ミラン氏は関税と、ドルの価値を下げるための国際介入をそれぞれ、長年の世界的な緊張に対応する道具と表現している。米国の他国に対する経済的・軍事的支援は、ドルの過大評価や大幅な貿易赤字、産業基盤の空洞化の一因となっているとも。
「全面的な関税と、『強いドル』政策の転換は、政策によるものとしては数十年で最も幅広い影響を及ぼし、世界的な貿易・金融システムを根本から作り変える可能性がある」。ミラン氏は上級ストラテジストを務めるハドソン・ベイ・キャピタルの11月のリポートにそう記したのだそうです。
同氏はこのリポートについて、トランプ氏の見解ではなく自身の見解を反映したもので、政策提言としてではなく、「実行される可能性のあるさまざまな政策を理解する」ために作成したと記していると、グレッグ・イップ氏。
ミラン氏の主張は目新しいものの、正統派経済学に基づいている。クリントン政権に仕え、ミラン氏の博士課程のアドバイザーの一人だったハーバード大学の経済学者デービッド・カトラー氏によれば、ミラン氏は「全ての学者は間違っているに違いない」と決めてかかる人物ではないという。「理論と証拠が(ミラン氏の)指針となっている」とカトラー氏。
だからといってその提案がうまくいくとは限らない。ミラン氏のリポートはうまくいかない可能性が高いことを認めている。
貿易によって一つの国が消費と生産の両方を増やせることや、関税を課せば経済が悪化することで、経済学者の意見は一致している。しかし経済学者は関税を課した方が国が豊かになる条件を突き止めたと、グレッグ・イップ氏。
ある輸入国が買い手独占者だと仮定。輸入国が輸入した製品に10ドルの関税を課しても、製品は10ドル値上がりせず、価格は以前と変わらない。輸出業者が市場のシェアを減らさないように10ドル値下げするからだ。
従って消費者が痛手を被ることはない。この純便益を最大化する関税率は「最適関税」と呼ばれているのだそうです。
ミラン氏が引用するマサチューセッツ工科大学のアルノー・コスティノ氏とカリフォルニア大学バークレー校のアンドレス・ロドリゲスクレア氏の研究によると、20%前後の関税が最適で、最高で50%までなら米国はより豊かになる可能性があるのだと。
最適関税政策は明らかに「近隣窮乏化政策」だ。つまり、ある国が別の国に損害を与えることによってのみ利益を得ると、グレッグ・イップ氏。
世界が相互に関税を引き下げることを目指してきた中で、「体系的かつ意図的に最適関税政策を追求する意欲のある国の実例はなかなか見つからない」と、ダートマス大学の貿易歴史学者ダグ・アーウィン氏。
最適関税理論は実際には欠点がある。トランプ氏の対中関税はこの理論の正しさを裏付けているようには思えない。コンスティノ氏はインタビューで、関税はほとんどが輸入業者に転嫁されることが研究で明らかになっていると指摘した(ミラン氏のリポートはこれらの研究に異議を唱えている)。
報復を思いとどまらせるため、トランプ政権は「報復関税を実施する国にとって、共同の防衛義務と米国の防衛の傘はこれまでほどの拘束力はなく、信頼できるものでもないと政権は認識していると宣言」することができる、とミラン氏。
日本や韓国、北大西洋条約機構(NATO)の加盟国が報復措置を取った場合、米国はこれらの国を守らないかもしれないということだと、グレッグ・イップ氏。
問題はもう一つある。輸入価格がほとんど上昇しなければ関税を課しても米国は豊かになるが、その場合、消費者は輸入品から国産品に切り替える気にならず、米国の製造業を強化するというトランプ氏の目的は果たされない。
もう一つ注意すべきは、関税を課しても貿易赤字が減らないかもしれないことだ。貿易赤字が減ってドルが上昇すれば、輸入品がさらに安くなり、輸出品の競争力がそがれるからだとも。
ミラン氏は関税の代替手段として、米国が1985年のプラザ合意をモデルにした「マールアラーゴ合意」を通じてドル安にできると述べた。
問題は、米国に協力しない国に防衛の傘を使わせないという脅しが利くかどうかだ。米国は貿易赤字の半分を占めるメキシコ、ベトナム、中国とは防衛同盟を結んでいない。
トランプ氏は7日、デンマークからグリーンランドの支配権を獲得するのに軍事力の行使を否定せず、「経済力」を行使してカナダを併合する可能性にも言及した。デンマークもカナダも米国と同じくNATO加盟国だ。米国の同盟国はトランプ氏が同盟国への脅しを繰り返していることから、米国の防衛保証はもはや存在しないとの結論を下すかもしれないと、グレッグ・イップ氏。
ロシアと中国も同じ結論に達して、この機会にそれぞれの近隣諸国への攻撃的な姿勢を強めるかもしれない。
ミラン氏自身は「潜在的に不安定な結果」を招くことをあっさり認めているのだそうです。
ディールが持ち味のトランプ新大統領。何処までがピンボールで本当の狙いの決め球はどれなのか。
ダイナミックなトランプ外交に世界が翻弄される時代の始まりのようですね。
# 冒頭の画像は、スティーブン・ミラン氏
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トランプ氏が経済諮問委員会(CEA)の委員長に指名したスティーブン・ミラン氏は、まさにその信条と同じ主張を展開していると、WSJ経済担当チーフコメンテーターのグレッグ・イップ氏。
トランプ新政権経済顧問が示す「20%関税」の効果 - WSJ グレッグ・イップ 2025年1月16日
高い関税を課せば米国がより豊かになるというドナルド・トランプ次期大統領の信条を共有すれば、同氏の経済顧問として働きやすい。だが、この基準を満たすエコノミストは多くない。
スティーブン・ミラン氏は、まさにその信条と同じ主張を展開している。トランプ氏が経済諮問委員会(CEA)の委員長に指名したミラン氏は、米国の現行の関税率である平均2%と比べて、平均で20%前後、最高で50%になった場合、米国はより豊かになる可能性があると最近のリポートで述べている。
ミラン氏の見解は検討に値する。それは同氏が今後トランプ氏に助言するからというだけではない。ミラン氏は関税と、ドルの価値を下げるための国際介入をそれぞれ、長年の世界的な緊張に対応する道具と表現している。米国の他国に対する経済的・軍事的支援は、ドルの過大評価や大幅な貿易赤字、産業基盤の空洞化の一因となっている。
「全面的な関税と、『強いドル』政策の転換は、政策によるものとしては数十年で最も幅広い影響を及ぼし、世界的な貿易・金融システムを根本から作り変える可能性がある」。ミラン氏は上級ストラテジストを務めるハドソン・ベイ・キャピタルの11月のリポートにそう記した。
ミラン氏がCEA委員長に指名されたのは12月末で、「世界貿易システム再構築のためのユーザーガイド」と題したリポートはその前に執筆された。
同氏はこのリポートについて、トランプ氏の見解ではなく自身の見解を反映したもので、政策提言としてではなく、「実行される可能性のあるさまざまな政策を理解する」ために作成したと記している。
41歳のミラン氏は2010年にハーバード大学で経済学の博士号を取得し、その後は金融業界で働いている。現在は保守派シンクタンクのマンハッタン研究所の研究員でもある。
関税に関するものを含めてミラン氏の主張は目新しいものの、正統派経済学に基づいている。クリントン政権に仕え、ミラン氏の博士課程のアドバイザーの一人だったハーバード大学の経済学者デービッド・カトラー氏によれば、ミラン氏は「全ての学者は間違っているに違いない」と決めてかかる人物ではないという。「理論と証拠が(ミラン氏の)指針となっている」とカトラー氏は話した。
だからといってその提案がうまくいくとは限らない。ミラン氏のリポートはうまくいかない可能性が高いことを認めている。「これらの政策が重大な悪影響を及ぼさずに実行される道はあるが、その道は狭い」という。
貿易によって一つの国が消費と生産の両方を増やせることや、関税を課せば経済が悪化することで、経済学者の意見は一致している。しかしアダム・スミスが1776年に自由貿易を支持する明確な主張を展開してから数十年の間に、経済学者は関税を課した方が国が豊かになる条件を突き止めた。
ある輸入国が買い手独占者――支払う価格に影響を与えるほどの支配的な買い手(独占企業が売値に影響を与えるのと同じだ)――だと仮定しよう。輸入国が輸入した製品に10ドルの関税を課しても、製品は10ドル値上がりせず、価格は以前と変わらない。輸出業者が市場のシェアを減らさないように10ドル値下げするからだ。
従って消費者が痛手を被ることはない。消費者が支払う代金が少し増えたとしても、関税収入は支払いを上回るプラスの効果をもたらす可能性がある。この純便益を最大化する関税率は「最適関税」と呼ばれている。ミラン氏が引用するマサチューセッツ工科大学のアルノー・コスティノ氏とカリフォルニア大学バークレー校のアンドレス・ロドリゲスクレア氏の研究によると、20%前後の関税が最適で、最高で50%までなら米国はより豊かになる可能性がある。
これは目標としての高関税を支持する議論であり、トランプ氏の一部の同調者が交渉戦術として関税を擁護しているのと対照的だ。
最適関税政策は明らかに「近隣窮乏化政策」だ。つまり、ある国が別の国に損害を与えることによってのみ利益を得る。第2次世界大戦以降、世界が相互に関税を引き下げることを目指していた中で、「体系的かつ意図的に最適関税政策を追求する意欲のある国の実例はなかなか見つからない」。ダートマス大学の貿易歴史学者ダグ・アーウィン氏はこう指摘した。
最適関税理論は実際には欠点がある。トランプ氏の対中関税はこの理論の正しさを裏付けているようには思えない。コンスティノ氏はインタビューで、関税はほとんどが輸入業者に転嫁されることが研究で明らかになっていると指摘した(ミラン氏のリポートはこれらの研究に異議を唱えている)。
中国や欧州連合(EU)、メキシコ、カナダが2018年に行ったように、他の国が報復措置を取れば、関税はもはや最適ではなくなり、双方が敗者となる。「他国が報復関税を課せば、米国にとって関税の福祉便益が無効になりうる」とミラン氏は認めている。
報復を思いとどまらせるため、トランプ政権は「報復関税を実施する国にとって、共同の防衛義務と米国の防衛の傘はこれまでほどの拘束力はなく、信頼できるものでもないと政権は認識していると宣言」することができる、とミラン氏は書いた。言い換えれば、日本や韓国、北大西洋条約機構(NATO)の加盟国が報復措置を取った場合、米国はこれらの国を守らないかもしれないということだ。
問題はもう一つある。輸入価格がほとんど上昇しなければ関税を課しても米国は豊かになるが、その場合、消費者は輸入品から国産品に切り替える気にならず、米国の製造業を強化するというトランプ氏の目的は果たされない。
もう一つ注意すべきは、関税を課しても貿易赤字が減らないかもしれないことだ。貿易赤字が減ってドルが上昇すれば、輸入品がさらに安くなり、輸出品の競争力がそがれるからだ。
ミラン氏は関税の代替手段として、米国が1985年のプラザ合意――米国と同盟国が協調してドルの切り下げに動いた――をモデルにした「マールアラーゴ合意」を通じてドル安にできると述べた。「懲罰的な関税を課された欧州や中国などの貿易パートナーは、関税率の引き下げと引き換えにある種の通貨合意を進んで受け入れようとするようになる」としている。そうでなければ米国は米国債の買い手に利用料を課すこともできるという。
これによって長期債が売られれば、連邦準備制度理事会(FRB)は長期債を購入して長期金利の上昇圧力を抑えなければならないかもしれない、とミラン氏は記した。FRBは金融政策の独立性と引き換えに、通貨や債券への介入で財務省と協力する可能性が高い、とも述べている(トランプ氏は金融政策への発言権を求めている。ミラン氏は別の論文で、大統領と州知事がFRBの統治にこれまで以上の支配力を持つことを提案している)。
問題は、米国に協力しない国に防衛の傘を使わせないという脅しが利くかどうかだ。米国は貿易赤字の半分を占めるメキシコ、ベトナム、中国とは防衛同盟を結んでいない。
トランプ氏は7日、デンマークからグリーンランドの支配権を獲得するのに軍事力の行使を否定せず、「経済力」を行使してカナダを併合する可能性にも言及した。デンマークもカナダも米国と同じくNATO加盟国だ。米国の同盟国はトランプ氏が同盟国への脅しを繰り返していることから、米国の防衛保証はもはや存在しないとの結論を下すかもしれない。ロシアと中国も同じ結論に達して、この機会にそれぞれの近隣諸国への攻撃的な姿勢を強めるかもしれない。
ミラン氏自身は「潜在的に不安定な結果」を招くことをあっさり認めている。
***
――筆者のグレッグ・イップはWSJ経済担当チーフコメンテーター
高い関税を課せば米国がより豊かになるというドナルド・トランプ次期大統領の信条を共有すれば、同氏の経済顧問として働きやすい。だが、この基準を満たすエコノミストは多くない。
スティーブン・ミラン氏は、まさにその信条と同じ主張を展開している。トランプ氏が経済諮問委員会(CEA)の委員長に指名したミラン氏は、米国の現行の関税率である平均2%と比べて、平均で20%前後、最高で50%になった場合、米国はより豊かになる可能性があると最近のリポートで述べている。
ミラン氏の見解は検討に値する。それは同氏が今後トランプ氏に助言するからというだけではない。ミラン氏は関税と、ドルの価値を下げるための国際介入をそれぞれ、長年の世界的な緊張に対応する道具と表現している。米国の他国に対する経済的・軍事的支援は、ドルの過大評価や大幅な貿易赤字、産業基盤の空洞化の一因となっている。
「全面的な関税と、『強いドル』政策の転換は、政策によるものとしては数十年で最も幅広い影響を及ぼし、世界的な貿易・金融システムを根本から作り変える可能性がある」。ミラン氏は上級ストラテジストを務めるハドソン・ベイ・キャピタルの11月のリポートにそう記した。
ミラン氏がCEA委員長に指名されたのは12月末で、「世界貿易システム再構築のためのユーザーガイド」と題したリポートはその前に執筆された。
同氏はこのリポートについて、トランプ氏の見解ではなく自身の見解を反映したもので、政策提言としてではなく、「実行される可能性のあるさまざまな政策を理解する」ために作成したと記している。
41歳のミラン氏は2010年にハーバード大学で経済学の博士号を取得し、その後は金融業界で働いている。現在は保守派シンクタンクのマンハッタン研究所の研究員でもある。
関税に関するものを含めてミラン氏の主張は目新しいものの、正統派経済学に基づいている。クリントン政権に仕え、ミラン氏の博士課程のアドバイザーの一人だったハーバード大学の経済学者デービッド・カトラー氏によれば、ミラン氏は「全ての学者は間違っているに違いない」と決めてかかる人物ではないという。「理論と証拠が(ミラン氏の)指針となっている」とカトラー氏は話した。
だからといってその提案がうまくいくとは限らない。ミラン氏のリポートはうまくいかない可能性が高いことを認めている。「これらの政策が重大な悪影響を及ぼさずに実行される道はあるが、その道は狭い」という。
貿易によって一つの国が消費と生産の両方を増やせることや、関税を課せば経済が悪化することで、経済学者の意見は一致している。しかしアダム・スミスが1776年に自由貿易を支持する明確な主張を展開してから数十年の間に、経済学者は関税を課した方が国が豊かになる条件を突き止めた。
ある輸入国が買い手独占者――支払う価格に影響を与えるほどの支配的な買い手(独占企業が売値に影響を与えるのと同じだ)――だと仮定しよう。輸入国が輸入した製品に10ドルの関税を課しても、製品は10ドル値上がりせず、価格は以前と変わらない。輸出業者が市場のシェアを減らさないように10ドル値下げするからだ。
従って消費者が痛手を被ることはない。消費者が支払う代金が少し増えたとしても、関税収入は支払いを上回るプラスの効果をもたらす可能性がある。この純便益を最大化する関税率は「最適関税」と呼ばれている。ミラン氏が引用するマサチューセッツ工科大学のアルノー・コスティノ氏とカリフォルニア大学バークレー校のアンドレス・ロドリゲスクレア氏の研究によると、20%前後の関税が最適で、最高で50%までなら米国はより豊かになる可能性がある。
これは目標としての高関税を支持する議論であり、トランプ氏の一部の同調者が交渉戦術として関税を擁護しているのと対照的だ。
最適関税政策は明らかに「近隣窮乏化政策」だ。つまり、ある国が別の国に損害を与えることによってのみ利益を得る。第2次世界大戦以降、世界が相互に関税を引き下げることを目指していた中で、「体系的かつ意図的に最適関税政策を追求する意欲のある国の実例はなかなか見つからない」。ダートマス大学の貿易歴史学者ダグ・アーウィン氏はこう指摘した。
最適関税理論は実際には欠点がある。トランプ氏の対中関税はこの理論の正しさを裏付けているようには思えない。コンスティノ氏はインタビューで、関税はほとんどが輸入業者に転嫁されることが研究で明らかになっていると指摘した(ミラン氏のリポートはこれらの研究に異議を唱えている)。
中国や欧州連合(EU)、メキシコ、カナダが2018年に行ったように、他の国が報復措置を取れば、関税はもはや最適ではなくなり、双方が敗者となる。「他国が報復関税を課せば、米国にとって関税の福祉便益が無効になりうる」とミラン氏は認めている。
報復を思いとどまらせるため、トランプ政権は「報復関税を実施する国にとって、共同の防衛義務と米国の防衛の傘はこれまでほどの拘束力はなく、信頼できるものでもないと政権は認識していると宣言」することができる、とミラン氏は書いた。言い換えれば、日本や韓国、北大西洋条約機構(NATO)の加盟国が報復措置を取った場合、米国はこれらの国を守らないかもしれないということだ。
問題はもう一つある。輸入価格がほとんど上昇しなければ関税を課しても米国は豊かになるが、その場合、消費者は輸入品から国産品に切り替える気にならず、米国の製造業を強化するというトランプ氏の目的は果たされない。
もう一つ注意すべきは、関税を課しても貿易赤字が減らないかもしれないことだ。貿易赤字が減ってドルが上昇すれば、輸入品がさらに安くなり、輸出品の競争力がそがれるからだ。
ミラン氏は関税の代替手段として、米国が1985年のプラザ合意――米国と同盟国が協調してドルの切り下げに動いた――をモデルにした「マールアラーゴ合意」を通じてドル安にできると述べた。「懲罰的な関税を課された欧州や中国などの貿易パートナーは、関税率の引き下げと引き換えにある種の通貨合意を進んで受け入れようとするようになる」としている。そうでなければ米国は米国債の買い手に利用料を課すこともできるという。
これによって長期債が売られれば、連邦準備制度理事会(FRB)は長期債を購入して長期金利の上昇圧力を抑えなければならないかもしれない、とミラン氏は記した。FRBは金融政策の独立性と引き換えに、通貨や債券への介入で財務省と協力する可能性が高い、とも述べている(トランプ氏は金融政策への発言権を求めている。ミラン氏は別の論文で、大統領と州知事がFRBの統治にこれまで以上の支配力を持つことを提案している)。
問題は、米国に協力しない国に防衛の傘を使わせないという脅しが利くかどうかだ。米国は貿易赤字の半分を占めるメキシコ、ベトナム、中国とは防衛同盟を結んでいない。
トランプ氏は7日、デンマークからグリーンランドの支配権を獲得するのに軍事力の行使を否定せず、「経済力」を行使してカナダを併合する可能性にも言及した。デンマークもカナダも米国と同じくNATO加盟国だ。米国の同盟国はトランプ氏が同盟国への脅しを繰り返していることから、米国の防衛保証はもはや存在しないとの結論を下すかもしれない。ロシアと中国も同じ結論に達して、この機会にそれぞれの近隣諸国への攻撃的な姿勢を強めるかもしれない。
ミラン氏自身は「潜在的に不安定な結果」を招くことをあっさり認めている。
***
――筆者のグレッグ・イップはWSJ経済担当チーフコメンテーター
ミラン氏は、米国の現行の関税率である平均2%と比べて、平均で20%前後、最高で50%になった場合、米国はより豊かになる可能性があると最近のリポートで述べている。
ミラン氏の見解は検討に値すると、グレッグ・イップ氏。
ミラン氏は関税と、ドルの価値を下げるための国際介入をそれぞれ、長年の世界的な緊張に対応する道具と表現している。米国の他国に対する経済的・軍事的支援は、ドルの過大評価や大幅な貿易赤字、産業基盤の空洞化の一因となっているとも。
「全面的な関税と、『強いドル』政策の転換は、政策によるものとしては数十年で最も幅広い影響を及ぼし、世界的な貿易・金融システムを根本から作り変える可能性がある」。ミラン氏は上級ストラテジストを務めるハドソン・ベイ・キャピタルの11月のリポートにそう記したのだそうです。
同氏はこのリポートについて、トランプ氏の見解ではなく自身の見解を反映したもので、政策提言としてではなく、「実行される可能性のあるさまざまな政策を理解する」ために作成したと記していると、グレッグ・イップ氏。
ミラン氏の主張は目新しいものの、正統派経済学に基づいている。クリントン政権に仕え、ミラン氏の博士課程のアドバイザーの一人だったハーバード大学の経済学者デービッド・カトラー氏によれば、ミラン氏は「全ての学者は間違っているに違いない」と決めてかかる人物ではないという。「理論と証拠が(ミラン氏の)指針となっている」とカトラー氏。
だからといってその提案がうまくいくとは限らない。ミラン氏のリポートはうまくいかない可能性が高いことを認めている。
貿易によって一つの国が消費と生産の両方を増やせることや、関税を課せば経済が悪化することで、経済学者の意見は一致している。しかし経済学者は関税を課した方が国が豊かになる条件を突き止めたと、グレッグ・イップ氏。
ある輸入国が買い手独占者だと仮定。輸入国が輸入した製品に10ドルの関税を課しても、製品は10ドル値上がりせず、価格は以前と変わらない。輸出業者が市場のシェアを減らさないように10ドル値下げするからだ。
従って消費者が痛手を被ることはない。この純便益を最大化する関税率は「最適関税」と呼ばれているのだそうです。
ミラン氏が引用するマサチューセッツ工科大学のアルノー・コスティノ氏とカリフォルニア大学バークレー校のアンドレス・ロドリゲスクレア氏の研究によると、20%前後の関税が最適で、最高で50%までなら米国はより豊かになる可能性があるのだと。
最適関税政策は明らかに「近隣窮乏化政策」だ。つまり、ある国が別の国に損害を与えることによってのみ利益を得ると、グレッグ・イップ氏。
世界が相互に関税を引き下げることを目指してきた中で、「体系的かつ意図的に最適関税政策を追求する意欲のある国の実例はなかなか見つからない」と、ダートマス大学の貿易歴史学者ダグ・アーウィン氏。
最適関税理論は実際には欠点がある。トランプ氏の対中関税はこの理論の正しさを裏付けているようには思えない。コンスティノ氏はインタビューで、関税はほとんどが輸入業者に転嫁されることが研究で明らかになっていると指摘した(ミラン氏のリポートはこれらの研究に異議を唱えている)。
報復を思いとどまらせるため、トランプ政権は「報復関税を実施する国にとって、共同の防衛義務と米国の防衛の傘はこれまでほどの拘束力はなく、信頼できるものでもないと政権は認識していると宣言」することができる、とミラン氏。
日本や韓国、北大西洋条約機構(NATO)の加盟国が報復措置を取った場合、米国はこれらの国を守らないかもしれないということだと、グレッグ・イップ氏。
問題はもう一つある。輸入価格がほとんど上昇しなければ関税を課しても米国は豊かになるが、その場合、消費者は輸入品から国産品に切り替える気にならず、米国の製造業を強化するというトランプ氏の目的は果たされない。
もう一つ注意すべきは、関税を課しても貿易赤字が減らないかもしれないことだ。貿易赤字が減ってドルが上昇すれば、輸入品がさらに安くなり、輸出品の競争力がそがれるからだとも。
ミラン氏は関税の代替手段として、米国が1985年のプラザ合意をモデルにした「マールアラーゴ合意」を通じてドル安にできると述べた。
問題は、米国に協力しない国に防衛の傘を使わせないという脅しが利くかどうかだ。米国は貿易赤字の半分を占めるメキシコ、ベトナム、中国とは防衛同盟を結んでいない。
トランプ氏は7日、デンマークからグリーンランドの支配権を獲得するのに軍事力の行使を否定せず、「経済力」を行使してカナダを併合する可能性にも言及した。デンマークもカナダも米国と同じくNATO加盟国だ。米国の同盟国はトランプ氏が同盟国への脅しを繰り返していることから、米国の防衛保証はもはや存在しないとの結論を下すかもしれないと、グレッグ・イップ氏。
ロシアと中国も同じ結論に達して、この機会にそれぞれの近隣諸国への攻撃的な姿勢を強めるかもしれない。
ミラン氏自身は「潜在的に不安定な結果」を招くことをあっさり認めているのだそうです。
ディールが持ち味のトランプ新大統領。何処までがピンボールで本当の狙いの決め球はどれなのか。
ダイナミックなトランプ外交に世界が翻弄される時代の始まりのようですね。
# 冒頭の画像は、スティーブン・ミラン氏
この花の名前は、ストック
↓よろしかったら、お願いします。
遊爺さんの写真素材 - PIXTA