製品検査の仕事をしている25歳の若者、珠光さんはアディダスの赤いジャケットにスニーカーを身につけ、カジュアルながらクールに決めている。まばらな口ひげと山羊ひげを生やしており、ひげを伸ばそうとしたができなかった、という風情である。履歴書を見る限り、彼は何百万人もの前途有望な中国経済の勝ち組の1人だ。上海の工場労働者のひとり息子で、大学を卒業し、中国最大のコンピューター・メーカーの1社、レノボに勤めている。
だが珠さん自身は自分を勝ち組ではなく、負け組と見なしている。
<中略>
何百万人ものその他大勢と同様、彼は自分のことを自嘲気味に「屌絲(ディアオス)」と呼ぶ。「屌絲」というのは「負け組」を意味する最近はやりのスラング。文字通りに解釈すれば、「陰毛」という意味だ。比喩的には、普通の人々が成功を収めるのが難しい社会において、自らの無力さを宣言する意味合いを持つ言葉だ(いわゆる3Kの逆バージョン)。この嘲笑的な表現で自分を呼ぶことは「ガンジーのように」社会に訴える方法の1つだと、珠さんは半ば本音で語る。「静かな抗議なんです」と。
■社会が押しつけた生き方
屌絲を自称することは、堕落した金持ちとは違うという連帯意識を、大勢の人々と共有することでもある。屌絲は最近生まれた新語で、中国全土、中でもIT業界で、サラリーマンの心を捉えている。ほとんどは男性。しばしば、社会的なスキルに乏しい、オンラインゲームに取りつかれた夢想家というニュアンスを持つ。結婚に尻込みする日本の「草食系」男子とはちょっと違う。自らが選択した生き方ではないからだ。不動産価格が値上がりし、手の届かないものになるにつれ、こうした生き方を社会が押しつけたという面が強い。
最近のいくつかの調査によれば、中国社会全体を通じて所得は上昇し続けているにもかかわらず、社会的流動性はむしろ低下した。南京審計学院のイ・チェン氏とロンドン・スクール・オブ・エコノミクスのフランク・A・コーウェル氏の調査により、社会の最下層に生まれた人々がそのまま最下層にとどまる確率は2000年以降、1990年代よりも高くなっていることが判明した。彼らは「中国社会は一層硬直的になった」と結論付けている。
<中略>
■上には上が
珠さんによれば、工場労働者の息子に生まれたがゆえに屌絲にならざるを得なかった。彼は富二代でもなければ官二代 でもない。富二代とは金持ちの2代目のことで、官二代とは政府高官の息子のことだ(これら2つのカテゴリーはしばしば重複することを、屌絲はお見通しだ)。珠さんや同胞の屌絲は、コネかカネがあれば良い大学に行って、もっとましな職に就くことができたと感じている。
<中略>
高級マンションやクールな乗用車にはまったく手が届かないのだ。彼らは高富師(背が高く金持ちなハンサム)になり、白富美(色白で金持ちの美人)と結婚する望みなど持てないサラリーマンなのだ。
急速に発展している国なら、こんなことは至極当たり前のことなのかもしれない。だが、北京にある政府のシンクタンク、中国社会科学院の社会学者である張翼氏は、自分を相対的に恵まれない屌絲だと感じるのは、中国における経済的な格差の拡大がもたらす懸念すべき現象だと語る。香港の衛星テレビ、フェニックス・テレビジョンのウェブサイトに掲載されたインタビューで、張翼氏は専らこの問題を取り上げ、最下層の人々は完全に疎外されたと感じていると結論付けた。彼らは、人生の階段を上っていける望みは、以前ほどにはないと感じている。
<中略>
北京の調査会社アナリスツ・インターナショナルは昨年、幅広い層の会社員に自分たちのことを屌絲と思うかどうかを聞いた。プログラマーとジャーナリストの9割以上、食品・サービス業界関係者及び販売従事者のほぼ8割がイエスと答えた。負け組だと自認する回答者の比率が最も低かったのは、役人、政府関係者、共産党関係者だった。
中国の改革開放経済策は、日本や欧米が開拓した自由主義経済を真似て取り入れ、開拓された道をたどることで、急速に追いついてきました。
そこでは、自由主義経済の持つ弊害も産まれます。しかも、急速に追いついた分、その弊害は大きい様です。
資本主義経済と言うべきところを、自由主義経済と呼んだのは、中国が真似て後追いして成長出来たのですが、ベースとなる社会の仕組みが、共産党一党支配体制か、憲法に基づいた法律で成り立っている社会なのかの違いを言いたいからです。
この違いは、決定的で、いつかはその違いにより破綻を招くか、中国共産党の実証実験で、新しい社会が産まれるかの時が来ると考えています。
人々の自由な様々な考えにより、試行錯誤でさまよいながら進むのか、独裁組織の号令で、専制・抑圧されて進むのか、どちらの社会が生き残るのかということです。
中国経済の発展は目覚ましく、瞬く間に世界第二位のGDPを誇る国に成長しました。そして、やがては米国に追いつき追い越すとの声が多く聞かれます。
しかしそれは、繰り返しになりますが、日本や欧米諸国の先例を真似ていればよかったこれまでの話で、安い人件費(含労働条件)や、危険なインフラ(環境対策や安全対策軽視)による低コストによって維持されてきた、世界の工場としての輸出の力によるものでした。
先進諸国の自由主義経済では、その発展過程で生じるそれらの弊害は、自由な討議と憲政で減少させるための紆余曲折を経ながら進んできましたし、弊害が大きくなるほどに、発展のコストも増大しています。
独裁専制政治で、憲政(法治)より共産党が上位にある政治で後を追ってきた中国経済や社会は、先進国の紆余曲折のフィルターの過程がないぶん、急成長しましたが、弊害のひずみが蓄積されたままで進んできました。
その溜まったひずみが、今、爆発寸前になってきています。
環境問題しかり、民族差別による騒動、人権無視による社会不安、一部特権階級による横領や人民の土地等の剥奪による騒動しかりで、爆発のネタは枚挙にいとまはありまません。
つまり、自由主義経済の弊害の蓄積は、先進諸国に追いつきてしまい、いまや遙かに凌駕してしまっているのです。そして溜まったマグマが漏れ出し始め、爆発寸前です。
人民には、「屌絲」という、新しい概念が蔓延し始めているのです。つまり、日本や、欧米の先進諸国では経験のない、新しい国民層が誕生する世界に突入してしまいました。
習近平政権の敵は、外国ではなく、自国民だと書いて来ましたが、まさしくその現象が顕在化してきているのですね。
胡錦濤・温家宝体制では、一定の配慮に腐心したポーズは示していましたが、習近平は力で抑え込もうとしています。
習近平が進める、先例のない未知の道への挑戦がどうなるのか。警戒しつつ注目が必要ですね。
# 冒頭の画像は、ウルムチ駅前の爆発現場
この花の名前は、アサマフウロ 撮影場所;六甲高山植物園 (2013年 9月 撮影)
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