9月に入り、ハルキウおよびイジューム正面の戦況が大きく変わった。
ウクライナ軍の攻勢は予想を超えて進展した。その要因は何か。
自衛隊幹部学校戦略教官室副室長等を経験した、軍事アナリストの、西村金一氏が解説していただいています。
ウクライナ軍が極めて短期間に、ハルキウ~イジュームの正面を奪還できたのは、以下の理由だと西村氏。
(1)戦争全域を見た場合のウクライナ軍の陽動作戦(戦略的陽動作戦)
ウクライナ軍はへルソンに向け攻勢をかけて、特にドニエプル川にかかる橋を砲弾で破壊して、補給と退路遮断をしてきた。
そのため、ロシア軍は東部の戦力を南部に兵力転用を行った。
ロシア軍は、ウクライナ軍による戦略的陽動作戦にまんまと引っかかった。
(2)ハルキウ~イジューム正面の陽動作戦(戦術的陽動作戦)
ウクライナ軍は、主攻撃をイジューム南方からなのか、あるいはハルキウ方面からなのかを分からなくした。
ロシア軍にウクライナ軍の主攻撃方向の判断を見誤らせた。
(3)ロシア軍の配備の弱点を見つけ、そこに楔を入れた
監視用無人機を使って情報収集し、米軍からの情報を合わせ、ロシア軍の防御準備が少ない所(弱点を形成する地点)を見つけ出した。そして、その地点に戦力を集中して攻撃した。
ロシア軍戦力が、へルソン州正面に転用されてからは、ハルキウ正面の戦力は大きく減少した。
ウクライナ軍は、ロシア軍のその場しのぎの戦力転用の弱点を狙って攻撃した。
(4)攻勢のために戦車部隊を投入
ゼレンスキー大統領は、反攻できる見込みがない4・5月から、大量の戦車が必要だと執拗に訴えていた。
その成果があり、NATO(北大西洋条約機構)加盟国、とりわけ旧東欧諸国から各種機動車を導入して訓練を終え、現在やっと使えるようになってきた。
(5)事前にハルキウ正面のロシア軍の火砲・弾薬庫を破壊していた
米軍から得ていたHIMARSなどの遠距離精密誘導弾を使って、事前にロシア軍の火砲や弾薬などの兵站物資を破壊してから攻撃をする、効率の良い攻撃が出来る様になった。
包囲攻撃を読めなかったロシア軍
ウクライナ軍は8月3日から、イジュームの南部からの攻撃を頻繁に実施した。
このことで、ロシア軍はイジュームの南部からの攻撃を主攻撃(戦力を最も多く投入し、戦いを決する攻撃)、ハルキウ正面からの攻撃を助攻撃(戦力を少なくして、主攻撃の戦いを有利に進める攻撃)として、読んだのだろうと、西村氏。
この時に、ロシア軍は、奇襲的な可能行動を取られた場合でも対応できる対策を当然取っておくべきだった。
しかし、結果的にロシア軍はウクライナ軍のたった5日間の包囲攻撃に完全に敗北してしまったと。
これだけあっという間にロシア軍が敗北したのには、ほかにも要因があったと、西村氏。
ロシア軍の地域防御部隊が、ウクライナ軍の攻撃正面(主攻撃はハルキウ正面)を見破れず、基礎的な防御戦術、防御準備がお粗末だったことだと。
そのうち、ロシア軍の防御で最も問題だったのは、防御準備ができていなかったことだろう。
特に、側背攻撃への対応準備ができていなかった。防御する場合の必須事項(軍事的常識)をやっていなかったことだと。
・陣地の前に、壕や地雷などの障害を必要な量設置していなかった。
・防御で戦うための陣地を構築していなかった。
・陣地の前に火砲の「弾幕射撃」を実施しなかった。
なぜ、火砲の射撃が十分にできなかったのか。
火砲の数が少なくなってきていて、重点正面以外は火砲が配備されていない、あるいは十分な弾薬がなかった。火砲を運用する砲兵兵士がいないなどだろうと、西村氏。
対戦車戦闘、砲兵戦闘、防空戦闘、対空戦闘、地上の電子戦、空中の電子戦、自爆無人機による戦闘では、ウクライナ軍が優勢になってきている。
特に、HIMARSなどの長距離誘導ロケット弾が威力を発揮している。
ウクライナ軍は、米欧から、次から次へと新たな兵器を導入し、その結果、ロシア軍の前戦から後方の兵站に至るまで攻撃し破壊している。
ウクライナ軍は今、戦闘のあらゆる空間(ドメイン)で、勝利できるようになってきた。圧倒的な勝利のためには、必要な数を揃えるだけだ。
一方、ロシア軍は能力の高い将校を亡くし、必要な兵器・弾薬が欠如してきている。基本的な防御戦闘でさえもできず、まともに戦えなくなってきている。
今後、戦い方を知らない将校や訓練を受けていない兵が前戦に送られてきても、ウクライナ軍の砲弾の餌食になるだけだと、西村氏。
予備役の追加募集・投入を始めたプーチン大統領。ロシア国民に、戦況の劣勢が直接わかることとなりました。しかも、予備役といいつつ、大学生も徴収。
ロシアから脱出人々の大混雑が発生。
手詰まりのプーチン。どうする?
# 冒頭の画像は、イジューム近郊で放置されたロシア軍の戦車を調査するウクライナ兵
この花の名前は、ホトトギス
↓よろしかったら、お願いします。
遊爺さんの写真素材 - PIXTA
ウクライナ軍の攻勢は予想を超えて進展した。その要因は何か。
自衛隊幹部学校戦略教官室副室長等を経験した、軍事アナリストの、西村金一氏が解説していただいています。
ハルキウとイジュームで歴史的敗北、なぜロシアはこれほど弱いのか 常識では考えられないミス連発、戦術なき軍隊は烏合の衆と化す | JBpress (ジェイビープレス) 2022.9.24(土) 西村 金一
1.ハルキウ~イジューム正面8~9月の戦い
ウクライナの東部(イジューム~リシチャンスク~ドネツク)正面で、ロシア軍は、7月までは積極果敢に攻勢に出ていた。
8月に入り、リシチャンスクを基点として東部一帯の西側と南側とでは、戦況に変化が生じてきた。
リシチャンスクから西側のイジュームまではロシア軍の攻撃進展はなくなり、逆に小規模ではあるがウクライナ軍の領土の奪還が始まった。
この正面では、ロシア軍はもう攻勢から防勢に転移せざるを得なくなっていた。
リシチャンスクから南側のドネツクまでは、小規模ながら攻勢を継続しているが、この攻撃は欧米の研究所から無意味な攻撃だと評価されている。
9月に入り、ハルキウおよびイジューム正面の戦況が大きく変わった。
ウクライナ軍の攻勢は予想を超えて進展した。その推移は、以下(図1参照)のとおりである。
①9月6日、ウクライナ軍は、まずイジュームの南部を攻撃した。
②9月7日、ウクライナ軍は、ハルキウ方面から包囲攻撃(敵の正面から攻撃するのではなく、敵の側背から攻撃して退路の遮断を狙うもの)を行った。
③9月9日、ウクライナ軍は、ハルキウ正面から戦果を拡張し、ロシア軍が重要拠点としていたイジュームの背後に回り込んだ。
④9月10日、ウクライナ軍は戦果を拡張し、イジュームへの後方連絡線を遮断した。
⑤9月11日、ロシア軍イジューム守備部隊は、背後と後方連絡線に脅威を感じたために後方に逃走した。ウクライナ軍はイジュームとロシアとの国境線まで進出した。
ウクライナ軍は9月13日以降、攻撃を継続して部隊を前進させたが、南北に流れるオスキル川で一時停止した。渡河のための準備が必要だからだ。
とはいえ、軍の一部は渡河を成功させ、次のルハンスク州方面への攻勢の糸口を作った。
図1 9月6日以降のハルキウからイジューム正面の戦い
2.ウクライナ軍攻勢の戦術的成功の要因
ウクライナ軍が極めて短期間に、ハルキウ~イジュームの正面を奪還できたのは、以下の理由による。
(1)戦争全域を見た場合のウクライナ軍の陽動作戦(戦略的陽動作戦)
ロシア軍がキーウ正面から撤退後、ハルキウ正面がウクライナ軍の攻勢を受け、ロシア軍は局地的に撤退した。
そして、この正面の攻防は6月から3か月間、膠着状態にあった。その後、戦闘の焦点は、南西部のへルソン州に移った。
ウクライナ軍はへルソンに向け攻勢をかけて、特にドニエプル川にかかる橋を砲弾で破壊して、補給と退路遮断をしてきた。
そのため、ロシア軍は東部の戦力を南部に兵力転用を行った。東部の戦力は縮小されたのである。
ロシア軍は、ウクライナ軍による戦略的陽動作戦にまんまと引っかかったのである。
(2)ハルキウ~イジューム正面の陽動作戦(戦術的陽動作戦)
ウクライナ軍は、主攻撃をイジューム南方からなのか、あるいはハルキウ方面からなのかを分からなくした。
その方法は当初、イジュームの南部からの攻撃を頻繁に行い、そこを主攻撃と思わせた。現実は、ハルキウ正面からの包囲が主攻撃であった。
ロシア軍にウクライナ軍の主攻撃方向の判断を見誤らせたのだ。
図2 イジューム正面からハルキウ包囲攻撃する要領(イメージ)
(3)ロシア軍の配備の弱点を見つけ、そこに楔を入れた
監視用無人機を使って情報収集し、米軍からの情報を合わせ、ロシア軍の防御準備が少ない所(弱点を形成する地点)を見つけ出した。そして、その地点に戦力を集中して攻撃した。
ロシア軍戦力が、へルソン州正面に転用されてからは、ハルキウ正面の戦力は大きく減少した。
ウクライナ軍は、ロシア軍のその場しのぎの戦力転用の弱点を狙って攻撃したのだ。
(4)攻勢のために戦車部隊を投入
ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は、反攻できる見込みがない4・5月から、大量の戦車が必要だと執拗に訴えていた。
攻勢のためには、機動力と装甲防護力をもった戦車が大量に必要だからだ。
その成果があり、NATO(北大西洋条約機構)加盟国、とりわけ旧東欧諸国から各種機動車を導入して訓練を終え、現在やっと使えるようになってきた。
(5)事前にハルキウ正面のロシア軍の火砲・弾薬庫を破壊していた
攻勢に出て機動する場合、ロシア軍の大量の火砲の射撃を受ければ大きな損害が出ることが予想された。
そうなれば反攻も失敗する。これらを防ぐために、米軍から得ていたHIMARSなどの遠距離精密誘導弾を使って、事前にロシア軍の火砲や弾薬などの兵站物資を破壊することに努めていた。
3.包囲攻撃を読めなかったロシア軍
ウクライナ軍は8月3日から、イジュームの南部からの攻撃を頻繁に実施した。
このことで、ロシア軍はイジュームの南部からの攻撃を主攻撃(戦力を最も多く投入し、戦いを決する攻撃)、ハルキウ正面からの攻撃を助攻撃(戦力を少なくして、主攻撃の戦いを有利に進める攻撃)として、読んだのだろう。
ロシア軍の防御構想として、情報部長は最も可能性が高い敵の行動は、南部からの攻撃と見積った。
これを受けて、作戦部長は南部からの攻撃に対応する方法を採用し、軍司令が報告を受け決断したものと考えられる。
敵の可能行動は兆候と戦術的妥当性から読むものだが、ロシア軍はウクライナ軍のこれまでの行動(兆候)を重視して判断したのだろう。
この時に、ロシア軍は自軍にとって最もダメージが大きい可能行動、つまり奇襲的な可能行動を取られた場合でも対応できる対策を当然取っておくべきだった。
防御準備の時間は十分にあったわけだから、ロシア軍は包囲攻撃をされても、その攻撃を頓挫させられる計画と準備を行っていて当然なのである。
しかし、結果的にロシア軍はウクライナ軍のたった5日間の包囲攻撃に完全に敗北してしまった。
ロシア軍の作戦戦術判断の甘さが、敗北の最大の原因であろう。
4.ロシア軍防御戦闘の重大な敗因
これだけあっという間にロシア軍が敗北したのには、ほかにも要因があった。
ロシア軍の地域防御部隊が、ウクライナ軍の攻撃正面(主攻撃はハルキウ正面)を見破れず、基礎的な防御戦術、防御準備がお粗末だったことだ。
また、戦えば兵が陣地を死守する覚悟ができていないなどの敗北の要因はいくらでもある。
そのうち、ロシア軍の防御で最も問題だったのは、防御準備ができていなかったことだろう。
特に、側背攻撃への対応準備ができていなかった。防御する場合の必須事項(軍事的常識)をやっていなかったことだ。
以下の基本的な防御行動が全く実施されていない。ロシア軍は、まともな戦い方ができない軍隊になってしまっていた。
その1.陣地の前に、壕や地雷などの障害を必要な量設置していなかった。
防御では、陣地の前には障害を配備し、そこに火砲や対戦車ミサイルの火力を向けて、敵の攻撃を破砕することが求められる。当然実施することだ。
地雷は、ウクライナ軍が占拠したロシア軍の陣地内の弾薬庫に大量に置いてあった。
なぜ、これを陣地の前に埋設していなかったのか。まず、やる気がないこと、兵に地雷を敷設する基本的能力がないためかもしれない。
その2.防御で戦うための陣地を構築していなかった。
敵の攻撃を壕に隠れて射撃できるのが防御の利点だ。その準備がなかった。
火砲の攻撃を防ぐために、兵や兵器が隠れる壕を掘るものだ。
壕を掘る兵力が不足していたのか、構築要領が分からなかったのか、汗水流して壕を掘りたくはなかったのか、指導する将校がいなかったのか、いずれにしても必死で防御する気持ちはなかった。
ウクライナ軍が攻撃してくれば、逃げようと考えていたと考えられる。
その3.陣地の前に火砲の「弾幕射撃」を実施しなかった。
陣地が突破されそうになれば、火砲の弾丸を大量(最大限)に撃ち込むことによって、敵の戦車・装甲車の突進を止めるものだ。
通常発射速度の射撃ではなく、最大発射速度で発射して、敵の攻撃を陣地の前で破砕するのだ。
なぜ、火砲の射撃が十分にできなかったのか。
火砲の数が少なくなってきていて、重点正面以外は火砲が配備されていない、あるいは十分な弾薬がなかった。火砲を運用する砲兵兵士がいないなどだろう。
火砲は、侵攻の開始から70%の損耗率を出しているので、重点以外には火砲の火力を向けられないのが実情なのだろう。
図3 陣地防御と火砲の射撃(イメージ)
図4 砲兵部隊は主攻撃と助攻撃両方に射撃できるよう準備(イメージ)
その4.予備部隊を投入できなかった。
もしも、陣地が敵に突破されたのであれば、予備部隊を投入して突破してきた部隊を攻撃して撃破することを計画する。
最終的に、突破してきたウクライナ軍を撃破するのは予備部隊による逆襲だ。それができなかったのは、陣地に配備する兵力のほか、予備部隊は存在しなかったようだ。
その5.各種方向からの攻撃に対処できる防御計画を作成できなかった。
ロシア軍は今、防御戦闘がまともにできないほど、兵員が足りなくなっているのだ。
また、ロシア軍の優秀な将軍や将校が死亡したのだろう。各種方向からの攻撃に対処できる防御計画をまともに作成する指揮官や作戦・情報幕僚がいない。
連隊や大隊の中に、戦術が分かる指揮官が少なくなってきているからだ。
5.総合的な観点から戦闘不能のロシア軍
対戦車戦闘、砲兵戦闘、防空戦闘、対空戦闘、地上の電子戦、空中の電子戦、自爆無人機による戦闘では、ウクライナ軍が優勢になってきている。
特に、HIMARSなどの長距離誘導ロケット弾が威力を発揮している。
ロシアのサイバー攻撃でも、米国マイクロソフトが協力して、食い止めている。
前回、空中の電子戦で、ウクライナ軍は対レーダーミサイルを発射して、ロシア軍の防空レーダーを破壊するようになるだろうと述べた(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/71849)。
現実に、ウクライナ軍参謀部の9月19日の報告によれば、戦闘機による20回の攻撃で、ロシア軍の15か所の拠点と4か所の防空システムを破壊したと発表された。
これが、ウクライナ空軍による対レーダーミサイルによる初めての攻撃であると見てよい。
ウクライナ軍は、米欧から、次から次へと新たな兵器を導入し、その結果、ロシア軍の前戦から後方の兵站に至るまで攻撃し破壊している。
ウクライナ軍は今、戦闘のあらゆる空間(ドメイン)で、勝利できるようになってきた。圧倒的な勝利のためには、必要な数を揃えるだけだ。
一方、ロシア軍は能力の高い将校を亡くし、必要な兵器・弾薬が欠如してきている。基本的な防御戦闘でさえもできず、まともに戦えなくなってきている。
今後、戦い方を知らない将校や訓練を受けていない兵が前戦に送られてきても、ウクライナ軍の砲弾の餌食になるだけだ。
1.ハルキウ~イジューム正面8~9月の戦い
ウクライナの東部(イジューム~リシチャンスク~ドネツク)正面で、ロシア軍は、7月までは積極果敢に攻勢に出ていた。
8月に入り、リシチャンスクを基点として東部一帯の西側と南側とでは、戦況に変化が生じてきた。
リシチャンスクから西側のイジュームまではロシア軍の攻撃進展はなくなり、逆に小規模ではあるがウクライナ軍の領土の奪還が始まった。
この正面では、ロシア軍はもう攻勢から防勢に転移せざるを得なくなっていた。
リシチャンスクから南側のドネツクまでは、小規模ながら攻勢を継続しているが、この攻撃は欧米の研究所から無意味な攻撃だと評価されている。
9月に入り、ハルキウおよびイジューム正面の戦況が大きく変わった。
ウクライナ軍の攻勢は予想を超えて進展した。その推移は、以下(図1参照)のとおりである。
①9月6日、ウクライナ軍は、まずイジュームの南部を攻撃した。
②9月7日、ウクライナ軍は、ハルキウ方面から包囲攻撃(敵の正面から攻撃するのではなく、敵の側背から攻撃して退路の遮断を狙うもの)を行った。
③9月9日、ウクライナ軍は、ハルキウ正面から戦果を拡張し、ロシア軍が重要拠点としていたイジュームの背後に回り込んだ。
④9月10日、ウクライナ軍は戦果を拡張し、イジュームへの後方連絡線を遮断した。
⑤9月11日、ロシア軍イジューム守備部隊は、背後と後方連絡線に脅威を感じたために後方に逃走した。ウクライナ軍はイジュームとロシアとの国境線まで進出した。
ウクライナ軍は9月13日以降、攻撃を継続して部隊を前進させたが、南北に流れるオスキル川で一時停止した。渡河のための準備が必要だからだ。
とはいえ、軍の一部は渡河を成功させ、次のルハンスク州方面への攻勢の糸口を作った。
図1 9月6日以降のハルキウからイジューム正面の戦い
2.ウクライナ軍攻勢の戦術的成功の要因
ウクライナ軍が極めて短期間に、ハルキウ~イジュームの正面を奪還できたのは、以下の理由による。
(1)戦争全域を見た場合のウクライナ軍の陽動作戦(戦略的陽動作戦)
ロシア軍がキーウ正面から撤退後、ハルキウ正面がウクライナ軍の攻勢を受け、ロシア軍は局地的に撤退した。
そして、この正面の攻防は6月から3か月間、膠着状態にあった。その後、戦闘の焦点は、南西部のへルソン州に移った。
ウクライナ軍はへルソンに向け攻勢をかけて、特にドニエプル川にかかる橋を砲弾で破壊して、補給と退路遮断をしてきた。
そのため、ロシア軍は東部の戦力を南部に兵力転用を行った。東部の戦力は縮小されたのである。
ロシア軍は、ウクライナ軍による戦略的陽動作戦にまんまと引っかかったのである。
(2)ハルキウ~イジューム正面の陽動作戦(戦術的陽動作戦)
ウクライナ軍は、主攻撃をイジューム南方からなのか、あるいはハルキウ方面からなのかを分からなくした。
その方法は当初、イジュームの南部からの攻撃を頻繁に行い、そこを主攻撃と思わせた。現実は、ハルキウ正面からの包囲が主攻撃であった。
ロシア軍にウクライナ軍の主攻撃方向の判断を見誤らせたのだ。
図2 イジューム正面からハルキウ包囲攻撃する要領(イメージ)
(3)ロシア軍の配備の弱点を見つけ、そこに楔を入れた
監視用無人機を使って情報収集し、米軍からの情報を合わせ、ロシア軍の防御準備が少ない所(弱点を形成する地点)を見つけ出した。そして、その地点に戦力を集中して攻撃した。
ロシア軍戦力が、へルソン州正面に転用されてからは、ハルキウ正面の戦力は大きく減少した。
ウクライナ軍は、ロシア軍のその場しのぎの戦力転用の弱点を狙って攻撃したのだ。
(4)攻勢のために戦車部隊を投入
ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は、反攻できる見込みがない4・5月から、大量の戦車が必要だと執拗に訴えていた。
攻勢のためには、機動力と装甲防護力をもった戦車が大量に必要だからだ。
その成果があり、NATO(北大西洋条約機構)加盟国、とりわけ旧東欧諸国から各種機動車を導入して訓練を終え、現在やっと使えるようになってきた。
(5)事前にハルキウ正面のロシア軍の火砲・弾薬庫を破壊していた
攻勢に出て機動する場合、ロシア軍の大量の火砲の射撃を受ければ大きな損害が出ることが予想された。
そうなれば反攻も失敗する。これらを防ぐために、米軍から得ていたHIMARSなどの遠距離精密誘導弾を使って、事前にロシア軍の火砲や弾薬などの兵站物資を破壊することに努めていた。
3.包囲攻撃を読めなかったロシア軍
ウクライナ軍は8月3日から、イジュームの南部からの攻撃を頻繁に実施した。
このことで、ロシア軍はイジュームの南部からの攻撃を主攻撃(戦力を最も多く投入し、戦いを決する攻撃)、ハルキウ正面からの攻撃を助攻撃(戦力を少なくして、主攻撃の戦いを有利に進める攻撃)として、読んだのだろう。
ロシア軍の防御構想として、情報部長は最も可能性が高い敵の行動は、南部からの攻撃と見積った。
これを受けて、作戦部長は南部からの攻撃に対応する方法を採用し、軍司令が報告を受け決断したものと考えられる。
敵の可能行動は兆候と戦術的妥当性から読むものだが、ロシア軍はウクライナ軍のこれまでの行動(兆候)を重視して判断したのだろう。
この時に、ロシア軍は自軍にとって最もダメージが大きい可能行動、つまり奇襲的な可能行動を取られた場合でも対応できる対策を当然取っておくべきだった。
防御準備の時間は十分にあったわけだから、ロシア軍は包囲攻撃をされても、その攻撃を頓挫させられる計画と準備を行っていて当然なのである。
しかし、結果的にロシア軍はウクライナ軍のたった5日間の包囲攻撃に完全に敗北してしまった。
ロシア軍の作戦戦術判断の甘さが、敗北の最大の原因であろう。
4.ロシア軍防御戦闘の重大な敗因
これだけあっという間にロシア軍が敗北したのには、ほかにも要因があった。
ロシア軍の地域防御部隊が、ウクライナ軍の攻撃正面(主攻撃はハルキウ正面)を見破れず、基礎的な防御戦術、防御準備がお粗末だったことだ。
また、戦えば兵が陣地を死守する覚悟ができていないなどの敗北の要因はいくらでもある。
そのうち、ロシア軍の防御で最も問題だったのは、防御準備ができていなかったことだろう。
特に、側背攻撃への対応準備ができていなかった。防御する場合の必須事項(軍事的常識)をやっていなかったことだ。
以下の基本的な防御行動が全く実施されていない。ロシア軍は、まともな戦い方ができない軍隊になってしまっていた。
その1.陣地の前に、壕や地雷などの障害を必要な量設置していなかった。
防御では、陣地の前には障害を配備し、そこに火砲や対戦車ミサイルの火力を向けて、敵の攻撃を破砕することが求められる。当然実施することだ。
地雷は、ウクライナ軍が占拠したロシア軍の陣地内の弾薬庫に大量に置いてあった。
なぜ、これを陣地の前に埋設していなかったのか。まず、やる気がないこと、兵に地雷を敷設する基本的能力がないためかもしれない。
その2.防御で戦うための陣地を構築していなかった。
敵の攻撃を壕に隠れて射撃できるのが防御の利点だ。その準備がなかった。
火砲の攻撃を防ぐために、兵や兵器が隠れる壕を掘るものだ。
壕を掘る兵力が不足していたのか、構築要領が分からなかったのか、汗水流して壕を掘りたくはなかったのか、指導する将校がいなかったのか、いずれにしても必死で防御する気持ちはなかった。
ウクライナ軍が攻撃してくれば、逃げようと考えていたと考えられる。
その3.陣地の前に火砲の「弾幕射撃」を実施しなかった。
陣地が突破されそうになれば、火砲の弾丸を大量(最大限)に撃ち込むことによって、敵の戦車・装甲車の突進を止めるものだ。
通常発射速度の射撃ではなく、最大発射速度で発射して、敵の攻撃を陣地の前で破砕するのだ。
なぜ、火砲の射撃が十分にできなかったのか。
火砲の数が少なくなってきていて、重点正面以外は火砲が配備されていない、あるいは十分な弾薬がなかった。火砲を運用する砲兵兵士がいないなどだろう。
火砲は、侵攻の開始から70%の損耗率を出しているので、重点以外には火砲の火力を向けられないのが実情なのだろう。
図3 陣地防御と火砲の射撃(イメージ)
図4 砲兵部隊は主攻撃と助攻撃両方に射撃できるよう準備(イメージ)
その4.予備部隊を投入できなかった。
もしも、陣地が敵に突破されたのであれば、予備部隊を投入して突破してきた部隊を攻撃して撃破することを計画する。
最終的に、突破してきたウクライナ軍を撃破するのは予備部隊による逆襲だ。それができなかったのは、陣地に配備する兵力のほか、予備部隊は存在しなかったようだ。
その5.各種方向からの攻撃に対処できる防御計画を作成できなかった。
ロシア軍は今、防御戦闘がまともにできないほど、兵員が足りなくなっているのだ。
また、ロシア軍の優秀な将軍や将校が死亡したのだろう。各種方向からの攻撃に対処できる防御計画をまともに作成する指揮官や作戦・情報幕僚がいない。
連隊や大隊の中に、戦術が分かる指揮官が少なくなってきているからだ。
5.総合的な観点から戦闘不能のロシア軍
対戦車戦闘、砲兵戦闘、防空戦闘、対空戦闘、地上の電子戦、空中の電子戦、自爆無人機による戦闘では、ウクライナ軍が優勢になってきている。
特に、HIMARSなどの長距離誘導ロケット弾が威力を発揮している。
ロシアのサイバー攻撃でも、米国マイクロソフトが協力して、食い止めている。
前回、空中の電子戦で、ウクライナ軍は対レーダーミサイルを発射して、ロシア軍の防空レーダーを破壊するようになるだろうと述べた(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/71849)。
現実に、ウクライナ軍参謀部の9月19日の報告によれば、戦闘機による20回の攻撃で、ロシア軍の15か所の拠点と4か所の防空システムを破壊したと発表された。
これが、ウクライナ空軍による対レーダーミサイルによる初めての攻撃であると見てよい。
ウクライナ軍は、米欧から、次から次へと新たな兵器を導入し、その結果、ロシア軍の前戦から後方の兵站に至るまで攻撃し破壊している。
ウクライナ軍は今、戦闘のあらゆる空間(ドメイン)で、勝利できるようになってきた。圧倒的な勝利のためには、必要な数を揃えるだけだ。
一方、ロシア軍は能力の高い将校を亡くし、必要な兵器・弾薬が欠如してきている。基本的な防御戦闘でさえもできず、まともに戦えなくなってきている。
今後、戦い方を知らない将校や訓練を受けていない兵が前戦に送られてきても、ウクライナ軍の砲弾の餌食になるだけだ。
ウクライナ軍が極めて短期間に、ハルキウ~イジュームの正面を奪還できたのは、以下の理由だと西村氏。
(1)戦争全域を見た場合のウクライナ軍の陽動作戦(戦略的陽動作戦)
ウクライナ軍はへルソンに向け攻勢をかけて、特にドニエプル川にかかる橋を砲弾で破壊して、補給と退路遮断をしてきた。
そのため、ロシア軍は東部の戦力を南部に兵力転用を行った。
ロシア軍は、ウクライナ軍による戦略的陽動作戦にまんまと引っかかった。
(2)ハルキウ~イジューム正面の陽動作戦(戦術的陽動作戦)
ウクライナ軍は、主攻撃をイジューム南方からなのか、あるいはハルキウ方面からなのかを分からなくした。
ロシア軍にウクライナ軍の主攻撃方向の判断を見誤らせた。
(3)ロシア軍の配備の弱点を見つけ、そこに楔を入れた
監視用無人機を使って情報収集し、米軍からの情報を合わせ、ロシア軍の防御準備が少ない所(弱点を形成する地点)を見つけ出した。そして、その地点に戦力を集中して攻撃した。
ロシア軍戦力が、へルソン州正面に転用されてからは、ハルキウ正面の戦力は大きく減少した。
ウクライナ軍は、ロシア軍のその場しのぎの戦力転用の弱点を狙って攻撃した。
(4)攻勢のために戦車部隊を投入
ゼレンスキー大統領は、反攻できる見込みがない4・5月から、大量の戦車が必要だと執拗に訴えていた。
その成果があり、NATO(北大西洋条約機構)加盟国、とりわけ旧東欧諸国から各種機動車を導入して訓練を終え、現在やっと使えるようになってきた。
(5)事前にハルキウ正面のロシア軍の火砲・弾薬庫を破壊していた
米軍から得ていたHIMARSなどの遠距離精密誘導弾を使って、事前にロシア軍の火砲や弾薬などの兵站物資を破壊してから攻撃をする、効率の良い攻撃が出来る様になった。
包囲攻撃を読めなかったロシア軍
ウクライナ軍は8月3日から、イジュームの南部からの攻撃を頻繁に実施した。
このことで、ロシア軍はイジュームの南部からの攻撃を主攻撃(戦力を最も多く投入し、戦いを決する攻撃)、ハルキウ正面からの攻撃を助攻撃(戦力を少なくして、主攻撃の戦いを有利に進める攻撃)として、読んだのだろうと、西村氏。
この時に、ロシア軍は、奇襲的な可能行動を取られた場合でも対応できる対策を当然取っておくべきだった。
しかし、結果的にロシア軍はウクライナ軍のたった5日間の包囲攻撃に完全に敗北してしまったと。
これだけあっという間にロシア軍が敗北したのには、ほかにも要因があったと、西村氏。
ロシア軍の地域防御部隊が、ウクライナ軍の攻撃正面(主攻撃はハルキウ正面)を見破れず、基礎的な防御戦術、防御準備がお粗末だったことだと。
そのうち、ロシア軍の防御で最も問題だったのは、防御準備ができていなかったことだろう。
特に、側背攻撃への対応準備ができていなかった。防御する場合の必須事項(軍事的常識)をやっていなかったことだと。
・陣地の前に、壕や地雷などの障害を必要な量設置していなかった。
・防御で戦うための陣地を構築していなかった。
・陣地の前に火砲の「弾幕射撃」を実施しなかった。
なぜ、火砲の射撃が十分にできなかったのか。
火砲の数が少なくなってきていて、重点正面以外は火砲が配備されていない、あるいは十分な弾薬がなかった。火砲を運用する砲兵兵士がいないなどだろうと、西村氏。
対戦車戦闘、砲兵戦闘、防空戦闘、対空戦闘、地上の電子戦、空中の電子戦、自爆無人機による戦闘では、ウクライナ軍が優勢になってきている。
特に、HIMARSなどの長距離誘導ロケット弾が威力を発揮している。
ウクライナ軍は、米欧から、次から次へと新たな兵器を導入し、その結果、ロシア軍の前戦から後方の兵站に至るまで攻撃し破壊している。
ウクライナ軍は今、戦闘のあらゆる空間(ドメイン)で、勝利できるようになってきた。圧倒的な勝利のためには、必要な数を揃えるだけだ。
一方、ロシア軍は能力の高い将校を亡くし、必要な兵器・弾薬が欠如してきている。基本的な防御戦闘でさえもできず、まともに戦えなくなってきている。
今後、戦い方を知らない将校や訓練を受けていない兵が前戦に送られてきても、ウクライナ軍の砲弾の餌食になるだけだと、西村氏。
予備役の追加募集・投入を始めたプーチン大統領。ロシア国民に、戦況の劣勢が直接わかることとなりました。しかも、予備役といいつつ、大学生も徴収。
ロシアから脱出人々の大混雑が発生。
手詰まりのプーチン。どうする?
# 冒頭の画像は、イジューム近郊で放置されたロシア軍の戦車を調査するウクライナ兵
この花の名前は、ホトトギス
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