北海道教育大学の教授であった袁克勤(えん・こくきん)氏(65)が中国当局に日本の「情報機関」の「スパイ」として逮捕、起訴されています。
「中国」「研究者」「スパイ」にまつわる問題は、今やあらゆる学術先進国で真剣に対応すべきテーマとなっている。
皆さんにも少し整理して考えてみていただきたいと、元産経新聞中国駐在記者で、中国への入国禁止処分を受けたこともある福島香織さん。
問題は3つに分けられると福島さん。
(1)中国人留学生や研究者が、中国のために先進国の技術や研究成果を盗み、持ち帰る問題
(2)中国の「千人計画」によって、先進国の技術、研究成果、情報が中国に流出する問題
(3)中国の学術界と交流する先進国の学者や、先進国を拠点に研究する華人学者たちが、中国当局から「スパイ容疑」で逮捕され、中国の「人質外交」に利用されたり、世論、政界工作に利用される問題
袁克勤氏は日本在住歴30年にわたる永住権保有の中国籍研究者であり、(3)に当てはまるケースだと。
2019年5月25日、故郷の吉林省長春で母親の葬儀に出席するために夫婦で日本を出たのち、5月29日、長春駅付近で国家安全当局に夫婦ともども身柄を拘束された袁氏。
2020年3月26日、中国外交部が袁氏をスパイ容疑で拘束したことを公式に認めました。
2021年4月22日、中国外交部の趙立堅報道官が、袁氏が「自供した」として起訴したことを明らかにしました。5月に接見出来た弁護士によれば、袁氏は起訴事実を完全否認していると。
5月25日に、「袁克勤教授を救う会」が北海道庁の記者クラブで記者会見を開き冤罪を主張。
この報道に対し、中国外国部の趙報道官は、「袁克勤は、すでにスパイ活動容疑で中国国家安全当局の法に基づく取り調べを受け、犯罪事実を包み隠さず自供した。本件は事実が明らかで、確実な証拠があり、すでに検察機関が審査・起訴し、裁判所に送致した」と反論。
2度も証拠不十分で不起訴になり、立件後も1年近く裁判が行われなかった背景を考えれば、中国側には袁氏が「スパイ」である確たる証拠は実はないのだろうと福島さん。
厳しい尋問の末に強制された自供が3度目の立件につながったが、その後になって袁氏が起訴事実を否認し続けているために裁判が行えない、ということではないだろうかとも。
そして、中国がこうした在日中国人学者、しかも祖国愛の強い学者ほど「スパイ」扱いするのは、おそらく日本に対する世論工作効果や、その他の中国人研究者に対する恫喝、見せしめ効果を狙っているのだろうと。
一方で、問題(1)の、中国の研究者による在外の学術機関、研究機関における「スパイ活動」問題がある。
英国政府は近いうちに国内のすべての大学の研究者について「中国スパイ」審査が行えるような、諜報関連法案を作成するのだそうです。
米国では、共和党議員が、米国大学における中国のスパイや情報窃盗活動を調査する専門チームを設立するようFBIに要請、全米に30万人以上いる中国留学生の行動を監視する56のFBI監視拠点を設置するよう提言したのだそうです。
トランプ政権時代に、中国の留学生に対するビザ発行がすでに厳しく制限され、またFBIが大学側に中国人留学生や華人学者に対する監視協力を依頼していたが、さらに厳格な監視体制を求めるという話。
日本では、政府が今年(2021年)2月、法務省公安調査庁に「経済安全保障関連調査プロジェクト・チーム」を創設。全国の企業や大学、研究機関に対し、海外から留学生や研究者の派遣があった場合、母国での経歴を詳しく調べ、軍への所属歴がないかなどを分析することとしたのだと。
中国側が人文系学者たちにあり得ない「スパイ」容疑をかけ続ける限り、その認識や価値観の格差は永遠に埋まらず、英米先進国が中国研究者と先端技術研究成果を分かち合うという環境は生まれ得ないと福島さん。
基礎研究の積み上げがない中国の大学機関が本当に国際学術交流から締め出されたとき、先端研究のレベルを維持できるのかと中国のことを危惧。
日本で菅政権誕生時に注目された、学術会議メンバーと、中国の「千人計画」との関係。
「千人計画」の好待遇につられて中国の研究機関に喜んで赴く先進国の研究者たちは今後も出てくるだろうが、中国の「国家機密級」の研究現場に足を踏み入れるのだ。中国共産党のスパイになるか、もしくは中共からスパイの疑いをかけられるかとなると。
中国の真の学術的発展に利するのは、このまま国際学術交流から弾き出されないように認識や価値観を改めていくことだろうと福島さん。
# 冒頭の画像は、中国当局に「日本のスパイ」として逮捕された袁克勤北海道大学教授
この花の名前は、オルレア(オルラヤ)‘ホワイトレース’
↓よろしかったら、お願いします。
「中国」「研究者」「スパイ」にまつわる問題は、今やあらゆる学術先進国で真剣に対応すべきテーマとなっている。
皆さんにも少し整理して考えてみていただきたいと、元産経新聞中国駐在記者で、中国への入国禁止処分を受けたこともある福島香織さん。
世界で「スパイ研究者」問題を引き起こす中国の異質な学問観 「日本のスパイ」容疑で袁克勤教授を逮捕した中国当局の理不尽 | JBpress (ジェイビープレス) 2021.6.3(木) 福島 香織:ジャーナリスト
2021年5月31日、東京の衆院議員会館の会議室で小さな記者会見が行われた。主催は「袁克勤教授を救う会」。北海道教育大学の教授であった袁克勤(えん・こくきん)氏(65)が中国当局に日本の「情報機関」の「スパイ」として逮捕、起訴されたことを受けて、袁氏の長男の成驥(せいき)さん(29)や袁氏と親交のある研究者たちが組織した団体だ。
記者会見では、中国政府に「法治国家」として袁克勤氏を正しく処遇するよう要請するともに、「袁氏が日本情報機関のために働いた」という中国側の主張をきちんと否定してほしい、と日本政府に訴えた。
「中国」「研究者」「スパイ」にまつわる問題は、今やあらゆる学術先進国で真剣に対応すべきテーマとなっている。問題は主に以下の3つに分けられる。
(1)先進国の大学、研究機関に在籍している中国人留学生や研究者が、中国のために先進国の技術や研究成果を盗み、持ち帰る問題
(2)中国が世界各国の先端分野の研究者を自国の研究機関に高待遇で集める「千人計画」を進めることによって、先進国の技術、研究成果、情報が中国に流出する問題
(3)中国をフィールドにしたり中国の学術界と交流する先進国の学者や、先進国を拠点に研究する華人学者たちが、中国当局から「スパイ容疑」で逮捕され、中国の「人質外交」に利用されたり、世論、政界工作に利用される問題
袁克勤氏は日本在住歴30年にわたる永住権保有の中国籍研究者であり、(3)に当てはまるケースだ。
(1)~(3)はいずれも国家安全と学問の自由、そして人権に関わるテーマであり、皆さんにも少し整理して考えてみていただきたいと思う。
帰郷時に身柄を拘束される
袁克勤氏のケースについて簡単に説明しておく。袁氏は中国の吉林大学を卒業後、来日した。一ツ橋大学大学院で博士課程を修了し、その後、北海道教育大学で教鞭をとり、1940~50年代の東アジア史、とくに日華講和などを研究テーマにしていた。1989年6月、天安門事件が発生した当時、一ツ橋大学大学院に留学して5年目頃だった袁氏はテレビの報道番組に出演して、学生や民衆の立場、考え方などについて解説したこともあった。その映像はYouTubeにも残されており、理想を抱いて日本に学びに来た実直な袁氏の姿が垣間見える。
事件の概要をかいつまんで言うと、2019年5月25日、故郷の吉林省長春で母親の葬儀に出席するために夫婦で日本を出たのち、大学側は連絡がとれなくなった。実は5月29日、長春駅付近で国家安全当局に夫婦ともども身柄を拘束されていた。
妻は6月1日に解放され、一度日本に帰国して札幌の自宅から袁氏のパソコンを持ってくるように指示され、その指示通りに日本からパソコンを持ち出して安全当局に提出。この時、大学側には「高血圧治療のため、日本に戻れなかった」と虚偽の説明をした。
同年9月11日に正式逮捕されるが、証拠不十分で2度不起訴処分になっている。2020年3月、3度目の起訴で立件され、長春市中級人民法院で審理されることになった。そして2020年3月26日、中国外交部が袁氏をスパイ容疑で拘束したことを公式に認めた。それまでは、大学関係者、日本の友人知人たちは誰も袁氏の行方が分からず、その生死もわからない状況だった。
それから1年弱、裁判は開始されず、弁護士、家族の接見も許されなかった。2021年4月22日、中国外交部の趙立堅報道官が、袁氏が「自供した」として起訴したことを明らかにした。その後の5月初旬、弁護士は初めて袁氏と接見でき、起訴状も確認したが、その内容は「国家機密を含む」として、家族を含め外部に漏らすことは固く禁じられた。弁護士によれば、袁氏は起訴事実を完全否認しているという。
愛国者を「スパイ」扱い
これを受けて5月25日に、「袁克勤教授を救う会」が北海道庁の記者クラブで記者会見を開き冤罪を主張した。この報道に対し、中国外国部の趙報道官は以下のように反論した。
「袁克勤は中国国民だが、長期間にわたり日本の情報機関諜報要員の要求に従い、日本側のために対中スパイ活動に携わっていた。すでに袁克勤はスパイ活動容疑で中国国家安全当局の法に基づく取り調べを受け、犯罪事実を包み隠さず自供した。本件は事実が明らかで、確実な証拠があり、すでに検察機関が審査・起訴し、裁判所に送致した」
「中国は法治国家であり、国家の安全を危うくする者が法律による制裁を受けるのは当然であり、これにかこつけて中国のイメージを毀損し、中国の司法に干渉する企ては徒労に終わる。中日両国の正常な人的交流を支持する中国側の立場に変更はないが、国家の安全を危うくする違法犯罪活動は、断固として法に基づき取り締まる」
戦狼外交官の趙立堅の煽動に乗るように、中国のネット上では「袁克勤は売国だ」といった中傷が流れ、長男の成驥氏までが個人情報を暴露される嫌がらせに遭った。
パソコンまで押収したのに2度も証拠不十分で不起訴になり、立件後も1年近く裁判が行われなかった背景を考えれば、中国側には袁氏が「スパイ」である確たる証拠は実はないのだろう。おそらく厳しい尋問の末に強制された自供が3度目の立件につながったが、その後になって袁氏が起訴事実を否認し続けているために裁判が行えない、ということではないだろうか。そもそも歴史研究者の袁氏に、日本の情報機関に提供する価値のあるような中国の機密に接する機会があったのか。客観的にみればこれは「冤罪」であろう。
袁氏が中国籍を維持したのは、彼の祖国愛がそれだけ強かったからだ、と見られている。そのような「愛国者」をスパイに仕立て上げて中国側にどのようなメリットがあるのかは不明だが、こういったケースは初めてではない。2013年には日本のテレビでコメンテーターとしても活躍した東洋学園大学の朱建栄教授を7カ月間にわたって拘束したこともあった。幸い無事日本に戻ることができたが、その後、中国に関する発言がなにかと慎重になったように感じたのは私だけではあるまい。
中国がこうした在日中国人学者、しかも祖国愛の強い学者ほど「スパイ」扱いするのは、おそらく日本に対する世論工作効果や、その他の中国人研究者に対する恫喝、見せしめ効果を狙っているのだろう。が、結果的には日本人の反中感情を高め、日中学術交流を阻害する悪影響しかなかった。
中国の「スパイ活動」監視を強化する西側諸国
一方で、中国の研究者による在外の学術機関、研究機関における「スパイ活動」問題がある。先に挙げた(1)の問題だ。
最近の英国メディアによれば、英国政府は近いうちに国内のすべての大学の研究者について「中国スパイ」審査が行えるような、諜報関連法案を作成するようだ。この法律ができれば、中国人留学生や研究者に対してスパイ容疑で即時逮捕が可能になるともいう。MI5とMI6、外務省(FCO)、税関総署(HMRC)が共同で「敏感情報」を中国に流したと疑いのある研究者リストをつくると同時に、留学生が不自然な巨額収入を得ているかどうかも調査するとのことだ。
英国が懸念しているのは、一部の「イノベーション技術」が中国共産党に流出し、それがウイグル人など少数民族や、香港の異見人士(共産党と異なる意見の言論者)への弾圧に利用されているのではないか、ということだ。BBCが5月25日に、表情から感情を読み取る顔認識AI機能付き監視カメラを中国が新疆ウイグル自治区に実験的導入したと報じていたが、もし、これに先進国が開発した技術が応用されているとしたら、単なる技術流出の問題にとどまらない人権問題となる。
英国では、オックスフォード大、ケンブリッジ大、インペリアル・カレッジ・ロンドン、マンチェスター大など名門大学の多くに中国留学生、研究者が在籍し、中国人留学生から得る学費、寄付金が大学の総収入の10%以上を占めている、という。また、最近の英紙「サンデー・ポスト」は、ケンブリッジ大学で解放軍系科学者、馮軍宗が、世界が注目するハイテク素材グラフェンの研究に2016年以来携わっていたと報じた。ケンブリッジ側は馮軍宗について「いかなる実験、研究チームにも関わっていない」と完全否定。だが、中国国防科技大学を卒業し、軍事兵器開発を専門とする馮軍宗が、世界最先端素材研究の現場に訪問学者と何年も在籍していたことは事実だろう。
日本でも中国人研究者のスパイ活動を防ぐための同様の動きがある。産経新聞によれば、政府は今年(2021年)2月、法務省公安調査庁に「経済安全保障関連調査プロジェクト・チーム」を創設。全国の企業や大学、研究機関に対し、海外から留学生や研究者の派遣があった場合、母国での経歴を詳しく調べ、軍への所属歴がないかなどを分析するのが任務だという。海外企業から国内の先端企業に対する投資や、技術開発に携わる人材へのリクルートがあった場合にも、海外企業側に国家機関が関与していないかなどを解明し、官邸や関係各省庁に情報を提供する、という。
これに先立ち、米国共和党議員が、米国大学における中国のスパイや情報窃盗活動を調査する専門チームを設立するようFBIに要請、全米に30万人以上いる中国留学生の行動を監視する56のFBI監視拠点を設置するよう提言したという。トランプ政権時代に、中国の留学生に対するビザ発行がすでに厳しく制限され、またFBIが大学側に中国人留学生や華人学者に対する監視協力を依頼していたが、さらに厳格な監視体制を求めるという話だ。
中国の人民日報系メディア「環球時報」は、こうした英米の中国人留学生らに対する監視強化ついて、「推定有罪の方法で中国留学生や学者を調査することは、英国や西側社会の自信喪失を反映している。・・・教育と学術の問題を政治化すれば、英国の大学も米国に続いて財政難に陥り、自分の足に石を落とすようなものだ」と批判している。
学問に対する根本的な認識、価値観の相違
中国当局が人文系の在日中国人学者を「スパイ」として逮捕する問題と、英米政府が名門大学の技術系中国人学者を「スパイ」として逮捕する問題は、まったく異なる次元のことのようにも見える。だが共通して言えるのは、中国側の「学問の自由」「学術国際交流」に対する認識が西側社会と大きく異なっていることが根本原因になっている点だ。
「学問の自由」も「学術国際交流」も、学術研究による技術の進化や理論の成熟、知見の広まりが世界の発展・平和につながるという共通の理想や認識を、少なくとも建前上でも持たなければ成り立たない。
同時に、人文系の学術国際交流は、双方の歴史文化社会の実情を理解し合い、相互の異なる認識や価値観をすり合わせていくという点で、外交戦略や国家安全のソフトの部分にも大きく貢献する学問だ。中国側が人文系学者たちにあり得ない「スパイ」容疑をかけ続ける限り、その認識や価値観の格差は永遠に埋まらず、英米先進国が中国研究者と先端技術研究成果を分かち合うという環境は生まれ得ない。技術分野の学問の世界で中国人留学生や学者たちが排除されていく運命は変わらない。
優秀でポテンシャルの高い中国人留学生や中国人研究者を排除することは西側の大学、学術機関にとって大いなる損失だが、それ以上に、基礎研究の積み上げがない中国の大学機関が本当に国際学術交流から締め出されたとき、先端研究のレベルを維持できるのか。今でこそ世界大学ランキングトップ100に3校もランクインする中国だが、果たして自力だけで英米の先端技術研究に追いつけるのだろうか。
もちろん「千人計画」の好待遇につられて中国の研究機関に喜んで赴く先進国の研究者たちは今後も出てくるだろうが、中国の「国家機密級」の研究現場に足を踏み入れるのだ。中国共産党のスパイになるか、もしくは中共からスパイの疑いをかけられるか、という未来が待ち受けているかもしれない。
袁氏の境遇は、学問で中国に関わるすべての人にとって、いつ「わが身のこと」になるかわからない。改めて袁氏を早期に釈放すること、中国内で今、行っている人文系学者の弾圧を即時にやめることを、中国政府に願う。中国の真の学術的発展に利するのは、このまま国際学術交流から弾き出されないように認識や価値観を改めていくことだろう。
2021年5月31日、東京の衆院議員会館の会議室で小さな記者会見が行われた。主催は「袁克勤教授を救う会」。北海道教育大学の教授であった袁克勤(えん・こくきん)氏(65)が中国当局に日本の「情報機関」の「スパイ」として逮捕、起訴されたことを受けて、袁氏の長男の成驥(せいき)さん(29)や袁氏と親交のある研究者たちが組織した団体だ。
記者会見では、中国政府に「法治国家」として袁克勤氏を正しく処遇するよう要請するともに、「袁氏が日本情報機関のために働いた」という中国側の主張をきちんと否定してほしい、と日本政府に訴えた。
「中国」「研究者」「スパイ」にまつわる問題は、今やあらゆる学術先進国で真剣に対応すべきテーマとなっている。問題は主に以下の3つに分けられる。
(1)先進国の大学、研究機関に在籍している中国人留学生や研究者が、中国のために先進国の技術や研究成果を盗み、持ち帰る問題
(2)中国が世界各国の先端分野の研究者を自国の研究機関に高待遇で集める「千人計画」を進めることによって、先進国の技術、研究成果、情報が中国に流出する問題
(3)中国をフィールドにしたり中国の学術界と交流する先進国の学者や、先進国を拠点に研究する華人学者たちが、中国当局から「スパイ容疑」で逮捕され、中国の「人質外交」に利用されたり、世論、政界工作に利用される問題
袁克勤氏は日本在住歴30年にわたる永住権保有の中国籍研究者であり、(3)に当てはまるケースだ。
(1)~(3)はいずれも国家安全と学問の自由、そして人権に関わるテーマであり、皆さんにも少し整理して考えてみていただきたいと思う。
帰郷時に身柄を拘束される
袁克勤氏のケースについて簡単に説明しておく。袁氏は中国の吉林大学を卒業後、来日した。一ツ橋大学大学院で博士課程を修了し、その後、北海道教育大学で教鞭をとり、1940~50年代の東アジア史、とくに日華講和などを研究テーマにしていた。1989年6月、天安門事件が発生した当時、一ツ橋大学大学院に留学して5年目頃だった袁氏はテレビの報道番組に出演して、学生や民衆の立場、考え方などについて解説したこともあった。その映像はYouTubeにも残されており、理想を抱いて日本に学びに来た実直な袁氏の姿が垣間見える。
事件の概要をかいつまんで言うと、2019年5月25日、故郷の吉林省長春で母親の葬儀に出席するために夫婦で日本を出たのち、大学側は連絡がとれなくなった。実は5月29日、長春駅付近で国家安全当局に夫婦ともども身柄を拘束されていた。
妻は6月1日に解放され、一度日本に帰国して札幌の自宅から袁氏のパソコンを持ってくるように指示され、その指示通りに日本からパソコンを持ち出して安全当局に提出。この時、大学側には「高血圧治療のため、日本に戻れなかった」と虚偽の説明をした。
同年9月11日に正式逮捕されるが、証拠不十分で2度不起訴処分になっている。2020年3月、3度目の起訴で立件され、長春市中級人民法院で審理されることになった。そして2020年3月26日、中国外交部が袁氏をスパイ容疑で拘束したことを公式に認めた。それまでは、大学関係者、日本の友人知人たちは誰も袁氏の行方が分からず、その生死もわからない状況だった。
それから1年弱、裁判は開始されず、弁護士、家族の接見も許されなかった。2021年4月22日、中国外交部の趙立堅報道官が、袁氏が「自供した」として起訴したことを明らかにした。その後の5月初旬、弁護士は初めて袁氏と接見でき、起訴状も確認したが、その内容は「国家機密を含む」として、家族を含め外部に漏らすことは固く禁じられた。弁護士によれば、袁氏は起訴事実を完全否認しているという。
愛国者を「スパイ」扱い
これを受けて5月25日に、「袁克勤教授を救う会」が北海道庁の記者クラブで記者会見を開き冤罪を主張した。この報道に対し、中国外国部の趙報道官は以下のように反論した。
「袁克勤は中国国民だが、長期間にわたり日本の情報機関諜報要員の要求に従い、日本側のために対中スパイ活動に携わっていた。すでに袁克勤はスパイ活動容疑で中国国家安全当局の法に基づく取り調べを受け、犯罪事実を包み隠さず自供した。本件は事実が明らかで、確実な証拠があり、すでに検察機関が審査・起訴し、裁判所に送致した」
「中国は法治国家であり、国家の安全を危うくする者が法律による制裁を受けるのは当然であり、これにかこつけて中国のイメージを毀損し、中国の司法に干渉する企ては徒労に終わる。中日両国の正常な人的交流を支持する中国側の立場に変更はないが、国家の安全を危うくする違法犯罪活動は、断固として法に基づき取り締まる」
戦狼外交官の趙立堅の煽動に乗るように、中国のネット上では「袁克勤は売国だ」といった中傷が流れ、長男の成驥氏までが個人情報を暴露される嫌がらせに遭った。
パソコンまで押収したのに2度も証拠不十分で不起訴になり、立件後も1年近く裁判が行われなかった背景を考えれば、中国側には袁氏が「スパイ」である確たる証拠は実はないのだろう。おそらく厳しい尋問の末に強制された自供が3度目の立件につながったが、その後になって袁氏が起訴事実を否認し続けているために裁判が行えない、ということではないだろうか。そもそも歴史研究者の袁氏に、日本の情報機関に提供する価値のあるような中国の機密に接する機会があったのか。客観的にみればこれは「冤罪」であろう。
袁氏が中国籍を維持したのは、彼の祖国愛がそれだけ強かったからだ、と見られている。そのような「愛国者」をスパイに仕立て上げて中国側にどのようなメリットがあるのかは不明だが、こういったケースは初めてではない。2013年には日本のテレビでコメンテーターとしても活躍した東洋学園大学の朱建栄教授を7カ月間にわたって拘束したこともあった。幸い無事日本に戻ることができたが、その後、中国に関する発言がなにかと慎重になったように感じたのは私だけではあるまい。
中国がこうした在日中国人学者、しかも祖国愛の強い学者ほど「スパイ」扱いするのは、おそらく日本に対する世論工作効果や、その他の中国人研究者に対する恫喝、見せしめ効果を狙っているのだろう。が、結果的には日本人の反中感情を高め、日中学術交流を阻害する悪影響しかなかった。
中国の「スパイ活動」監視を強化する西側諸国
一方で、中国の研究者による在外の学術機関、研究機関における「スパイ活動」問題がある。先に挙げた(1)の問題だ。
最近の英国メディアによれば、英国政府は近いうちに国内のすべての大学の研究者について「中国スパイ」審査が行えるような、諜報関連法案を作成するようだ。この法律ができれば、中国人留学生や研究者に対してスパイ容疑で即時逮捕が可能になるともいう。MI5とMI6、外務省(FCO)、税関総署(HMRC)が共同で「敏感情報」を中国に流したと疑いのある研究者リストをつくると同時に、留学生が不自然な巨額収入を得ているかどうかも調査するとのことだ。
英国が懸念しているのは、一部の「イノベーション技術」が中国共産党に流出し、それがウイグル人など少数民族や、香港の異見人士(共産党と異なる意見の言論者)への弾圧に利用されているのではないか、ということだ。BBCが5月25日に、表情から感情を読み取る顔認識AI機能付き監視カメラを中国が新疆ウイグル自治区に実験的導入したと報じていたが、もし、これに先進国が開発した技術が応用されているとしたら、単なる技術流出の問題にとどまらない人権問題となる。
英国では、オックスフォード大、ケンブリッジ大、インペリアル・カレッジ・ロンドン、マンチェスター大など名門大学の多くに中国留学生、研究者が在籍し、中国人留学生から得る学費、寄付金が大学の総収入の10%以上を占めている、という。また、最近の英紙「サンデー・ポスト」は、ケンブリッジ大学で解放軍系科学者、馮軍宗が、世界が注目するハイテク素材グラフェンの研究に2016年以来携わっていたと報じた。ケンブリッジ側は馮軍宗について「いかなる実験、研究チームにも関わっていない」と完全否定。だが、中国国防科技大学を卒業し、軍事兵器開発を専門とする馮軍宗が、世界最先端素材研究の現場に訪問学者と何年も在籍していたことは事実だろう。
日本でも中国人研究者のスパイ活動を防ぐための同様の動きがある。産経新聞によれば、政府は今年(2021年)2月、法務省公安調査庁に「経済安全保障関連調査プロジェクト・チーム」を創設。全国の企業や大学、研究機関に対し、海外から留学生や研究者の派遣があった場合、母国での経歴を詳しく調べ、軍への所属歴がないかなどを分析するのが任務だという。海外企業から国内の先端企業に対する投資や、技術開発に携わる人材へのリクルートがあった場合にも、海外企業側に国家機関が関与していないかなどを解明し、官邸や関係各省庁に情報を提供する、という。
これに先立ち、米国共和党議員が、米国大学における中国のスパイや情報窃盗活動を調査する専門チームを設立するようFBIに要請、全米に30万人以上いる中国留学生の行動を監視する56のFBI監視拠点を設置するよう提言したという。トランプ政権時代に、中国の留学生に対するビザ発行がすでに厳しく制限され、またFBIが大学側に中国人留学生や華人学者に対する監視協力を依頼していたが、さらに厳格な監視体制を求めるという話だ。
中国の人民日報系メディア「環球時報」は、こうした英米の中国人留学生らに対する監視強化ついて、「推定有罪の方法で中国留学生や学者を調査することは、英国や西側社会の自信喪失を反映している。・・・教育と学術の問題を政治化すれば、英国の大学も米国に続いて財政難に陥り、自分の足に石を落とすようなものだ」と批判している。
学問に対する根本的な認識、価値観の相違
中国当局が人文系の在日中国人学者を「スパイ」として逮捕する問題と、英米政府が名門大学の技術系中国人学者を「スパイ」として逮捕する問題は、まったく異なる次元のことのようにも見える。だが共通して言えるのは、中国側の「学問の自由」「学術国際交流」に対する認識が西側社会と大きく異なっていることが根本原因になっている点だ。
「学問の自由」も「学術国際交流」も、学術研究による技術の進化や理論の成熟、知見の広まりが世界の発展・平和につながるという共通の理想や認識を、少なくとも建前上でも持たなければ成り立たない。
同時に、人文系の学術国際交流は、双方の歴史文化社会の実情を理解し合い、相互の異なる認識や価値観をすり合わせていくという点で、外交戦略や国家安全のソフトの部分にも大きく貢献する学問だ。中国側が人文系学者たちにあり得ない「スパイ」容疑をかけ続ける限り、その認識や価値観の格差は永遠に埋まらず、英米先進国が中国研究者と先端技術研究成果を分かち合うという環境は生まれ得ない。技術分野の学問の世界で中国人留学生や学者たちが排除されていく運命は変わらない。
優秀でポテンシャルの高い中国人留学生や中国人研究者を排除することは西側の大学、学術機関にとって大いなる損失だが、それ以上に、基礎研究の積み上げがない中国の大学機関が本当に国際学術交流から締め出されたとき、先端研究のレベルを維持できるのか。今でこそ世界大学ランキングトップ100に3校もランクインする中国だが、果たして自力だけで英米の先端技術研究に追いつけるのだろうか。
もちろん「千人計画」の好待遇につられて中国の研究機関に喜んで赴く先進国の研究者たちは今後も出てくるだろうが、中国の「国家機密級」の研究現場に足を踏み入れるのだ。中国共産党のスパイになるか、もしくは中共からスパイの疑いをかけられるか、という未来が待ち受けているかもしれない。
袁氏の境遇は、学問で中国に関わるすべての人にとって、いつ「わが身のこと」になるかわからない。改めて袁氏を早期に釈放すること、中国内で今、行っている人文系学者の弾圧を即時にやめることを、中国政府に願う。中国の真の学術的発展に利するのは、このまま国際学術交流から弾き出されないように認識や価値観を改めていくことだろう。
問題は3つに分けられると福島さん。
(1)中国人留学生や研究者が、中国のために先進国の技術や研究成果を盗み、持ち帰る問題
(2)中国の「千人計画」によって、先進国の技術、研究成果、情報が中国に流出する問題
(3)中国の学術界と交流する先進国の学者や、先進国を拠点に研究する華人学者たちが、中国当局から「スパイ容疑」で逮捕され、中国の「人質外交」に利用されたり、世論、政界工作に利用される問題
袁克勤氏は日本在住歴30年にわたる永住権保有の中国籍研究者であり、(3)に当てはまるケースだと。
2019年5月25日、故郷の吉林省長春で母親の葬儀に出席するために夫婦で日本を出たのち、5月29日、長春駅付近で国家安全当局に夫婦ともども身柄を拘束された袁氏。
2020年3月26日、中国外交部が袁氏をスパイ容疑で拘束したことを公式に認めました。
2021年4月22日、中国外交部の趙立堅報道官が、袁氏が「自供した」として起訴したことを明らかにしました。5月に接見出来た弁護士によれば、袁氏は起訴事実を完全否認していると。
5月25日に、「袁克勤教授を救う会」が北海道庁の記者クラブで記者会見を開き冤罪を主張。
この報道に対し、中国外国部の趙報道官は、「袁克勤は、すでにスパイ活動容疑で中国国家安全当局の法に基づく取り調べを受け、犯罪事実を包み隠さず自供した。本件は事実が明らかで、確実な証拠があり、すでに検察機関が審査・起訴し、裁判所に送致した」と反論。
2度も証拠不十分で不起訴になり、立件後も1年近く裁判が行われなかった背景を考えれば、中国側には袁氏が「スパイ」である確たる証拠は実はないのだろうと福島さん。
厳しい尋問の末に強制された自供が3度目の立件につながったが、その後になって袁氏が起訴事実を否認し続けているために裁判が行えない、ということではないだろうかとも。
そして、中国がこうした在日中国人学者、しかも祖国愛の強い学者ほど「スパイ」扱いするのは、おそらく日本に対する世論工作効果や、その他の中国人研究者に対する恫喝、見せしめ効果を狙っているのだろうと。
一方で、問題(1)の、中国の研究者による在外の学術機関、研究機関における「スパイ活動」問題がある。
英国政府は近いうちに国内のすべての大学の研究者について「中国スパイ」審査が行えるような、諜報関連法案を作成するのだそうです。
米国では、共和党議員が、米国大学における中国のスパイや情報窃盗活動を調査する専門チームを設立するようFBIに要請、全米に30万人以上いる中国留学生の行動を監視する56のFBI監視拠点を設置するよう提言したのだそうです。
トランプ政権時代に、中国の留学生に対するビザ発行がすでに厳しく制限され、またFBIが大学側に中国人留学生や華人学者に対する監視協力を依頼していたが、さらに厳格な監視体制を求めるという話。
日本では、政府が今年(2021年)2月、法務省公安調査庁に「経済安全保障関連調査プロジェクト・チーム」を創設。全国の企業や大学、研究機関に対し、海外から留学生や研究者の派遣があった場合、母国での経歴を詳しく調べ、軍への所属歴がないかなどを分析することとしたのだと。
中国側が人文系学者たちにあり得ない「スパイ」容疑をかけ続ける限り、その認識や価値観の格差は永遠に埋まらず、英米先進国が中国研究者と先端技術研究成果を分かち合うという環境は生まれ得ないと福島さん。
基礎研究の積み上げがない中国の大学機関が本当に国際学術交流から締め出されたとき、先端研究のレベルを維持できるのかと中国のことを危惧。
日本で菅政権誕生時に注目された、学術会議メンバーと、中国の「千人計画」との関係。
「千人計画」の好待遇につられて中国の研究機関に喜んで赴く先進国の研究者たちは今後も出てくるだろうが、中国の「国家機密級」の研究現場に足を踏み入れるのだ。中国共産党のスパイになるか、もしくは中共からスパイの疑いをかけられるかとなると。
中国の真の学術的発展に利するのは、このまま国際学術交流から弾き出されないように認識や価値観を改めていくことだろうと福島さん。
# 冒頭の画像は、中国当局に「日本のスパイ」として逮捕された袁克勤北海道大学教授
この花の名前は、オルレア(オルラヤ)‘ホワイトレース’
↓よろしかったら、お願いします。