【わんちゃんの独り言】

毎日の生活の中で見たこと、聞いたこと、感じたこと、思いついたこと等々書き留めています
(コメント大歓迎デス・・・・・)

壺坂峠を越えて  12km (2月例会)

2010-02-12 | SKW(シルバー健康ウォーキング)
≪健康管理に歩くことが見直されてきています。どんどん歩きましょう。≫

ウチの近くの近鉄京都線の最寄りの駅から乗りまして近鉄橿原線、近鉄吉野線と乗り継ぎまして壺阪山駅に集合。
スッゴイこの寒い時期に60人もの参加者。
出発前にYさんの指導でストレッチ体操をひとしきり・・・・・
歩きだしのリーダーは毎回、顔ぶれが変わります。
早足の方、ゆっくリズムの方などさまざまですからね。

いつも等高線の入った結構詳しい地図がいただけます。
コースにはトイレの印が親切ですね。

壺坂峠越えは、いにしへの、みやこびとが京の都からはるばる、吉野の桜見物へと通った道なんだそうです。

由緒ある建造物の前でリーダーから歴史的なお話を伺ったのですが、
その時は「へぇ~~そうなんや、なるほど」などと、カンジいったのですが、
今こうして、どうやったかな?と思いだすにもさっぱりです。
アキマセンなぁ・・・・・

切れ切れに思い出したモンだけでも、、、、、、
幸いに写真があるんで・・・・・

高取町の町を歩くとこの町は薬の町なんやわ・・・と。
なるほど、こちら

歩きながら気付いたんですが・・・・・(くりっくしてみやしゃんせ~)


     



【壺坂寺】
西国三十三ヵ所第六番札所



ここは、壺阪山駅から出発してちょうど、トイレ休憩に最適な場所なんです
けど、トイレ使用は、拝観料六百円付き・・・・・
以外や以外、どなたもトイレはパス。。。
この六百円はトイレに入るための料金じゃなくってぇ・・・ですよね?

【追記:壺坂霊験記】

江戸時代の寛文(1661年~73年)の頃、盲目の沢市は、お里と壷阪寺の近くに所帯を持っていた。

三年ほどたったある日、毎晩外へ出かけるお里を激しく詰(なじ)った。
すると彼女の口から、沢市の眼が治るように毎晩壷阪の観音様に祈願しており、今夜が満願の夜であることを知らされた。

思いがけない事情に驚き、自分の疑心を恥じた沢市は、観音様に夜参りに出かけた。
二人が奥の道まで来た時、お里は数珠をとりに家に帰った。

その間に沢市はお里に苦労をかけるわが眼が憎く、思いあまって谷底に身を投げた。
それを知ったお里も夫の後を追った。
しばらくして気づくと沢市の眼は開き、くっきりとお里の顔が見えた。

この物語は明治の初め、浄瑠璃「壷坂霊験記」となって広く知られるようになった。

現在、壷阪寺には二人の像のほか、沢市の杖や物語の絵が残っている。



もひとつ、中村美律子さんの「壺坂情話」が広くカラオケで歌われています

【安産の滝】


山道歩いていて、滝に出合うとなぜかホッとしますよね。

【世尊寺】


聖徳太子が建立した49ヶ寺のうちのひとつとされています。
古くは吉野寺(よしのでら)比蘇寺(ひそでら)現光寺(げんこうじ)栗天奉寺(りってんほうじ)とも呼ばれ、今の世尊寺(せそんじ)で五回、改名のお寺だそうです。

本堂の裏手に不老長寿の桜があります。



“太子御手植え壇上桜”
寺伝によると、百五十年前、台風により倒木。
枯木化したが、やがて根元付近から、幹・枝そして開花。
みごとに蘇生し現在に至る。
ご来寺、ご参詣の皆様、この老樹にあやかって頂き、
家内安全・健康長命・無病息災
心より祈念いたします。       合掌 山主

芭蕉の句碑



世にさかる 花にも念佛 まうしけり 芭蕉

この桜が満開の時、ぜひとも、この地へもう一度・・・・・と、思うわんちゃんです。

【柳の渡し】


吉野川があって、ここを渡らなければ、あの桜の吉野へは行かれへんのです。
そこに渡しがあったんですね。

吉野川に沿ってR169の道端を近鉄吉野線六田駅まで歩き解散でした

ちなみにこの吉野川は奈良県から和歌山県になったところで、紀ノ川と名前が変わります