【わんちゃんの独り言】

毎日の生活の中で見たこと、聞いたこと、感じたこと、思いついたこと等々書き留めています
(コメント大歓迎デス・・・・・)

姉妹二人で一泊旅行①~岡山:後楽園・岡山城~2012-10-31

2012-11-07 | 旅行
“ノリノリ65きっぷ”で行く秋の旅 65歳以上平日限定
JR西日本2日間乗り放題!!山陽新幹線「のぞみ」も利用可!!


こんな駅のチラシに目線がピピピ~~の、わんちゃん。
「今、清盛やってるやん?断然行くなら厳島神社」
「厳島神社は行ったことあるわ、岡山の後楽園は?」
「後楽園は行ったことあるんで、大原美術館に行きたいな」
「いっそのこと秋吉台は?」
「そこ、興味ない」
「そしたら岡山~広島(厳島神社)~岡山と回って山陰に抜けて出雲~鳥取と行けるみたいやし」
「それって、ちょっと忙しすぎると思うわ、出雲大社と鳥取砂丘は行ったことあるし」
「う~ん、ほんなら岡山と広島限定でど~お?ゆっくりゆったり回れるけどぉ」
「いいかも?お互いに行ったことのない所と行ったことのあるところとクロスしたらええやんか」
たった二人で相談しててもこんな有様(ま、いつものことなんだけど・・・妹と)

新大阪を出ると45分で岡山の女(ひと)⇒新幹線もいつの間にか速くなってますぅ
岡山は桃太郎の町「たしか、桃太郎の像があった筈?」


アレッ!!はとぽっぽもお供に?やったかなぁ??

路面電車がとてもカラフル時刻表を見ると、なんと、平日の昼間でも5分おきに発車です。

  



岡山市にある後楽園は、旭川を挟んで、岡山城の対岸に、江戸時代初期に岡山藩主・池田綱政によって造営された、元禄文化を代表する大名庭園です。



岡山城や周辺の山を借景とした池泉回遊式の庭園で、日本三名園(岡山:後楽園、水戸:偕楽園、金沢:兼六園)のひとつとされ、国の特別名勝に指定されています。 ⇒こちら

「流店」

わんちゃんたちは特に「流店」がお気に入り


中央に水路を通し、色彩に富んだ奇石六個を配した全国的にも珍しい建物です。藩主の庭廻りや賓客の接待などで、休憩所として使われました。 戦災をまぬがれた建物の一つで、簡素なたたずまいを今に伝えています。
ちょっと上がらせてもらって寛ぎました、ゆっくりのんびり、妹なんてヨガやってましたよ。



突然「蘇鉄畑」


蘇鉄は桃山時代から異国情緒豊かな庭園樹として珍重されました⇒わんちゃんは初耳でした。
「後楽園」では築庭当時から取り入れ、明治時代中期になって新たに本数を増やし、今ではかつての約2倍の広さとなっています。

後楽園で出合った小鳥たち


 


「後楽園」から「岡山城」へは、さささ~っと行けるようになってます。関所(拝観受付)アリですけど・・・
「岡山城」は黒い下見板張りの外観から別名「烏城(うじょう)」と呼ばれています。戦前、国宝であった天守閣は戦災で焼失、現在は復元されています。
※ 下見板:外壁に使用する板材で、互いの板が少しずつ重なり合うように取り付ける。

ウロウロしてると家紋「五三の桐」があっちこっちで目につきました。
それもそのはず、
慶長2年(1597)、豊臣家五大老の一人・宇喜多秀家が築城した岡山城です。三層六階の堂々たる天守閣は織田信長の安土城天主閣を模して築かれたと伝えられ、全国的にも珍しい不等辺五角形の天守台をしています。関ヶ原合戦以前の古式を伝える貴重な天守です。また、当時は築城技術の発達が著しい時期で、岡山城は豊臣秀吉の大坂城、毛利輝元の広島城と並んで近世城郭の魁(さきがけ)となりました。その建築は8年にわたる大事業で、旭川の流れを変えて本丸の北面~東面を巡らせ、堀の役割を持たせました。

「岡山城」をあっちからもこっちからも




お濠で出合った鳥たち

↓↑と同じアオサギです。
  

  










妹は今回の一泊旅行に携帯用絵手紙セットを持参してまして、所々でスケッチをして、ちょちょっと彩色してポストインしてましたよ。


「城見茶屋」でカキ丼いただいた時ワンコの爪楊枝入れが「カワイイ!」って・・・
(岡山城が真正面に見えてました)

次回は厳島神社参拝レポート・・・➱こちら