落穂日記

映画や本などの感想を主に書いてます。人権問題、ボランティア活動などについてもたまに。

俺様

2006年12月12日 | movie
『武士の一分』
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キムタク主演の時代劇としては合格点だと思う。いい意味でも、悪い意味でも。
山田洋次監督はキムタクの印象を高倉健に対比させて表現してたけど、そのせいか映画を観ててしみじみ『単騎、千里を走る。』を思い出してしまった。キムタクも高倉健も、女以上に男をよろめかせる魅力にあふれた俳優だし、つくり手のよろめきが画面にみちみちてるという点で、この2本はすごく似ている。
キムタク確かに芝居上手いです。いやそんなことは先刻承知なわけだが、それにしても上手い。心の底から力いっぱい感心しちゃうくらい上手い。むしろ“キムタク”であることがハンデにみえるくらい上手いのだ。彼は劇中、毒見の役目のために失明してしまうのだが、盲目になった彼がふらふらと頼りなく体を動かすたびに思わず「危ない!」とひやひやしてしまうくらいリアルな盲者ぶり。たぶんぐりがこれまでにみてきた盲者役の演技の中では二番めくらいにリアルだと思う(一番は『ナイト・オン・ザ・プラネット』のベアトリス・ダル)。
殺陣もすばらしい。剣道が出来るのはスマスマでみて知ってたけど、迫力がスゴイです。『たそがれ清兵衛』の真田広之と比べても遜色ないってのはいい過ぎだけど、見た目はそのくらいキマッてる。剣道道場を開くのが夢で、医者にも「武芸で鍛えたからだは違う」といわれる役柄がまったく不自然じゃない。
そこまでリアルに三村新之丞という人物を再現しながら、同時にちゃんと“キムタク”でもあるという確固たるスター性の強さには、あらためてがっつりと感じ入るものがありましたです。

例によって異常にリアルな衣裳やヘアメイクや季節の移り変わりを綺麗に表現した美術・照明なんかもすごくいい。
けど今回致命的に物語と世界観が平板。これはイタイ。
世界観が細かいのはわかる。なにしろ「妻を寝取った男への仇討ち」とゆーテーマが矮小なんだから、そこは細かくてもぜんぜん構わない。けど妻加世(檀れい)と仇敵島田藤弥(坂東三津五郎)の人物造形があまりにあっさりしすぎ。話が何もかも新之丞の守備範囲内で完結しちゃってるのが消化不良だよー!
三村夫妻の馴れ初めや生い立ち、三村本家との確執などといった家庭環境をもっとしっかり描いた方が、ストーリーに奥行きが出たんじゃないかと思う。そのへんそっくりほったらかしなんだもん。
あとやっぱ檀嬢と坂東氏はキャストとしても弱かったかも。演技は全然問題ないんだけど、キムタクが命を懸けるだけの女・仇敵としての強さがまったく足りない。完璧に役柄に負けている。ここにもっとキョーレツな人をキャスティングしとけば、映画全体の厚みもぐっと上がったハズだと思うんだけどなあ。あ、それとも監督の思い入れが足りなかったってこと?もしかして?

まあでもキムタク好きでもキライでも、そこそこ楽しめる娯楽映画としてはすごくよくできてるマトモな映画だとは思いますよ。ウン。ふつーにおもしろかったです。
ぐりはべつにキムタクファンではないです。えーと、念のため。