落穂日記

映画や本などの感想を主に書いてます。人権問題、ボランティア活動などについてもたまに。

君の心の庭に忍耐を植えよ、その草は苦くともその実は甘い

2008年01月15日 | book
『分別と多感』 ジェイン・オースティン著 中野康司訳
『高慢と偏見』 ジェイン・オースティン著 阿部知二訳
『エマ』 ジェイン・オースティン著 阿部知二訳
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ジェイン・オースティンまつり。
オースティンって今まで読んだことなくて興味もなかったんだけど、英語圏の映画やドラマを観てるとしょっちゅう名前が出てくるんだよね。あとこの人の小説は長篇は6作しかないんだけどそれぞれ何度も映画化されたりドラマ化されたりしてて、なんとなく英語圏の人にとってなにか特別な意味のある作家なんだろーとは思ってました。ぐりは『いつか晴れた日に(原作:分別と多感)』くらいしか観てなかったんだけど。
ここ数年、年末年始は本をまとめ読みする習慣なんだけど、GWに『ジェイン・オースティンの読書会』も公開されることだし、今年はオースティン特集で。

読んだ順番は見出しの通り、大体書かれた通りの順番です。
手始めに映画で観てストーリーを知ってる『分別と多感』から読んでみたけど、うん、おもしろかったです。映画とは全然違かったけどね。
ストーリーはほぼいっしょなのよ。観てから時間も経ってるから細かいとこまでは覚えてないけど、わりと原作に忠実だったんじゃないかな?
けどトーンというか、テーマは原作とはかなり違うんだよね。映画はやっぱりちょっとメルヘン入ってるとゆーか、なんだかヲトメでドリーミーでノスタルジックな文芸作品って感じになってた気がする。

原作の方は3本とも、同時代に登場人物たちと同じ中流階級の女性によって書かれたというだけあって、映画よりかなりブラックでシニカルな雰囲気の方が強く感じる。
彼女の本を読んでいると、人間のほんとうの価値観の普遍と、時代の流れが否応なしに変えていくものとの激しい対比について深く考えさせられる。
彼女の作品は発表当時匿名で出版され、オースティンの名前は死後になって読者に知られるようになった。彼女自身寡作な作家だったし、書かれた内容(ほとんどが中流女性の結婚話、つまりある種のゴシップ)からみても、現代的な観点からは「プロフェッショナルな文芸作家」と呼ぶには少々無理がある。
おそらくこうしたありふれた題材ゆえに彼女の作品は当時の読者に広く受け入れられたのだろうし、時代を超えて残って来たのは、緻密な人物描写に表現された人間性のリアリティによるものだろう。少なくとも彼女自身は、いずれ古典と呼ばれるようになるほどの傑作を初めから意識して本を書いたわけではないと思う。当時の社会状況に似つかわしいいい方をすれば、中流の女性たる彼女にはそんな功名心などは自ら許されはしなかったのだろうし、現代の文壇に喩えていうならネット小説やブログ本に近いような、あくまで彼女個人の趣味の延長で書いた風俗小説のつもりだったのだろう。
以来激動の20世紀を経て、世界中で文化も歴史も価値観も大きな変化を遂げたが、彼女の小説は今も誰が読んでも気楽に楽しめる娯楽小説であることには変わりない。不思議なものだ。

オースティンは41歳で亡くなるまで結局一度も結婚しなかった。
その彼女がこれほどまでに結婚話をリアルに描いているというのも奇妙といえば奇妙だ。いってみれば、どれほどリアルでも作品に書かれた結婚話はあくまで彼女の想像の産物であり、つまりは彼女自身や当時の社会で求められていた理想の結婚を模したファンタジーでもあったのだろう。こうしたリアリズムとファンタジーの両面性が、彼女の作品に対する賛否両論のもとにもなっているのではないだろうか。でも作家の才能って想像力が半分だから(あとの半分は表現力)、べつにファンタジーでもいいと思うけどね。おもしろければなんでもいんじゃない。

今回読んだ3作はそれぞれ書かれた時期が異なっているので、文体には相応の変化はある。
全体に軽妙なタッチで読みやすいのは『分別と多感』だし、『高慢と偏見』ではそこへ人物構成の複雑さが加わっている。『エマ』ではヒロインの完全な主観と会話の再現というスタイルの洗練さがより高度に練られている。
それでも3作ともストーリーそのものはほとんど同じというところがおもしろい。適齢期の若い女性の恋愛と結婚。そこに立ちはだかる障害─身分と財産がほとんどその全てである─の矮小さ。オースティンが筆を尽くしてその障害を追求すればするほど、彼女自身がそんな女性の運命や社会制度に大きな矛盾を感じていたことが如実に伝わってくる。
それだからこそ彼女は結婚しなかったのかもしれない。

他にも読もうと思ってた作品もあるんだけど、さすがに3本続けて読むとちょっと食傷。また今度にしよっかなー。