『歓喜の島』 ドン・ウィンズロウ著 後藤由季子訳
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ある上院議員の美しい妻の護衛を命ぜられた元CIA工作員で今は民間調査会社に勤務するウォルター。上院議員は若くてハンサムで国民に大人気の大統領候補だが、アメリカ人の理想・夢ともいえるこのカップルにも人には知られたくない秘密があった。
物語の舞台は1958年のクリスマス・イヴから大晦日の1週間。時代は東西冷戦のまっ只中、赤狩りに乗じたFBIの強請たかりにも似たプライバシーの蹂躙と風評操作に脅かされていたアメリカ。ウォルターはCIA工作員として北欧での諜報活動に従事していたが、「ポン引き」稼業から足抜けすべくニューヨークに戻ってみても、そこで待っていたのはやはりポン引き同士の騙しあいだった。
たいへん、おもしろかったです。先日読んだ『ボビーZ』と同じ著者とはとても思えない(爆)。
明らかにJFKと妻ジャクリーン、悲劇の愛人マリリン・モンローの怪死をモチーフにした物語だが、作中で事件が起きて物語が転がり始めるのは本文のちょうど真ん中あたり。そこまではとくに事件もないし誰も死なない。えんえんと微妙な伏線を含んだ前フリが続くだけ。
ところがこの前フリが実にシャレてる。ぐりは当時のアメリカの世相について何も知らないし、著者ウィンズロウにしても53年生まれなので実際にその時代のニューヨークを知っているわけではない。それでもこの前フリには、彼のその時代に対する憧憬がこってりとこめられている。経済は好景気に沸き、TVやレコードの普及によって音楽や映画など娯楽文化も黄金時代を迎え、世界中が憧れる豊かで強いアメリカそのものが生まれた時代。その反面で冷戦と人権運動の緊張状態が人々の心に暗い影を落としていた、そんな時代。
ウィンズロウはこうした時代背景を書割りに、クラブ歌手を恋人に著名人の集まるニューヨークのナイトスポットを渡り歩くウォルターの華麗なるシングル・ライフを、いきいきとあざやかに描き出す。クールでセクシーでゴージャスでシックな都会人の刺激的な生活。どこまでリアルなのかはわからないけど、少なくとも充分に立体的ではある。
ウォルターがチェックインした高級ホテルの一室でマリリン・モンロー(作中ではマルタ・マールンド)の死体が発見され、やっと物語は動きだす。
ふつうミステリー小説は初めに事件があって、登場人物がひとりまたひとりと現れ、物語が始まる。この小説では事件が起きた時には登場人物はほぼ全員が既に揃っている。しかも、実在の人物をモデルにしているから、読み手にも犯人の見当はかんたんにつく。
問題は主人公がいかにこの窮地をきりぬけ、恋人と無事に新年を迎えうるかというところにかかってくる。しかも敵は犯人ひとりではない。国家組織と主人公個人の戦いである。そして組織には顔がない。個人じゃないから、顔なんか必要ないのだ。これはスリリングである。
劇中にはありとあらゆるセックス・スキャンダルが─お下品にならないように注意しつつも─大量に登場する。
この小説を読んでいると、同性愛であれSMであれ小児性愛であれ異常装癖であれ、それを好む人にも尊重されるべきプライバシーは当り前にあって、ほんとうに下品なのは、それを道具に人や金を動かそうとする陰謀の方であることにしみじみと気づかされる。
ウォルターの恋人アンは誰に/何に対しても常に傍観姿勢を崩さない主人公を、聖人ぶって周りを見下しているといってなじるが、その批難はなにも彼ひとりにむけられたものでもないのだろう。彼女は、人間なら誰にでも秘密や弱さや欠点があって当り前で、それを受けいれもせず互いに足を引っぱりあうような社会は非人間的すぎるし現実的じゃないといいたかったのではないだろうか。
当り前だわね。不正の暴露と陰謀は似ているようで違う。うっかりすると同じに見えるんだけど。
ごくふつうのミステリー小説でありつつ、世界観にたっぷりと注がれた著者の愛情があたたかくも感じる、なかなか素敵な小説でした。読んでてとても楽しかったです。
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ある上院議員の美しい妻の護衛を命ぜられた元CIA工作員で今は民間調査会社に勤務するウォルター。上院議員は若くてハンサムで国民に大人気の大統領候補だが、アメリカ人の理想・夢ともいえるこのカップルにも人には知られたくない秘密があった。
物語の舞台は1958年のクリスマス・イヴから大晦日の1週間。時代は東西冷戦のまっ只中、赤狩りに乗じたFBIの強請たかりにも似たプライバシーの蹂躙と風評操作に脅かされていたアメリカ。ウォルターはCIA工作員として北欧での諜報活動に従事していたが、「ポン引き」稼業から足抜けすべくニューヨークに戻ってみても、そこで待っていたのはやはりポン引き同士の騙しあいだった。
たいへん、おもしろかったです。先日読んだ『ボビーZ』と同じ著者とはとても思えない(爆)。
明らかにJFKと妻ジャクリーン、悲劇の愛人マリリン・モンローの怪死をモチーフにした物語だが、作中で事件が起きて物語が転がり始めるのは本文のちょうど真ん中あたり。そこまではとくに事件もないし誰も死なない。えんえんと微妙な伏線を含んだ前フリが続くだけ。
ところがこの前フリが実にシャレてる。ぐりは当時のアメリカの世相について何も知らないし、著者ウィンズロウにしても53年生まれなので実際にその時代のニューヨークを知っているわけではない。それでもこの前フリには、彼のその時代に対する憧憬がこってりとこめられている。経済は好景気に沸き、TVやレコードの普及によって音楽や映画など娯楽文化も黄金時代を迎え、世界中が憧れる豊かで強いアメリカそのものが生まれた時代。その反面で冷戦と人権運動の緊張状態が人々の心に暗い影を落としていた、そんな時代。
ウィンズロウはこうした時代背景を書割りに、クラブ歌手を恋人に著名人の集まるニューヨークのナイトスポットを渡り歩くウォルターの華麗なるシングル・ライフを、いきいきとあざやかに描き出す。クールでセクシーでゴージャスでシックな都会人の刺激的な生活。どこまでリアルなのかはわからないけど、少なくとも充分に立体的ではある。
ウォルターがチェックインした高級ホテルの一室でマリリン・モンロー(作中ではマルタ・マールンド)の死体が発見され、やっと物語は動きだす。
ふつうミステリー小説は初めに事件があって、登場人物がひとりまたひとりと現れ、物語が始まる。この小説では事件が起きた時には登場人物はほぼ全員が既に揃っている。しかも、実在の人物をモデルにしているから、読み手にも犯人の見当はかんたんにつく。
問題は主人公がいかにこの窮地をきりぬけ、恋人と無事に新年を迎えうるかというところにかかってくる。しかも敵は犯人ひとりではない。国家組織と主人公個人の戦いである。そして組織には顔がない。個人じゃないから、顔なんか必要ないのだ。これはスリリングである。
劇中にはありとあらゆるセックス・スキャンダルが─お下品にならないように注意しつつも─大量に登場する。
この小説を読んでいると、同性愛であれSMであれ小児性愛であれ異常装癖であれ、それを好む人にも尊重されるべきプライバシーは当り前にあって、ほんとうに下品なのは、それを道具に人や金を動かそうとする陰謀の方であることにしみじみと気づかされる。
ウォルターの恋人アンは誰に/何に対しても常に傍観姿勢を崩さない主人公を、聖人ぶって周りを見下しているといってなじるが、その批難はなにも彼ひとりにむけられたものでもないのだろう。彼女は、人間なら誰にでも秘密や弱さや欠点があって当り前で、それを受けいれもせず互いに足を引っぱりあうような社会は非人間的すぎるし現実的じゃないといいたかったのではないだろうか。
当り前だわね。不正の暴露と陰謀は似ているようで違う。うっかりすると同じに見えるんだけど。
ごくふつうのミステリー小説でありつつ、世界観にたっぷりと注がれた著者の愛情があたたかくも感じる、なかなか素敵な小説でした。読んでてとても楽しかったです。