落穂日記

映画や本などの感想を主に書いてます。人権問題、ボランティア活動などについてもたまに。

私の愛する宝物

2010年04月25日 | movie
『プレシャス』

舞台は1986年、ニューヨーク・ハーレム。
16歳にしてほとんど読み書きのできないプレシャス(ガボレイ・シディベ)は、二度めの妊娠を理由にハイスクールを退学になり、フリースクールに通い始める。
家庭内でも虐待を受け続け、誰からも顧みられることなく育ったプレシャスだが、レイン(ポーラ・パットン)という熱心な国語教師との出会いが少しずつ彼女を変えていく。

これ製作総指揮がオプラ・ウィンフリーなんだよね。あのー、超有名なトーク番組やってて、社会的影響力がすごいあって、アメリカの女性芸能人ではいちばん金持ちとゆーか、つまりセレブなんだよね。確か。
それで原作者はもともとこの舞台になった地域でソーシャルワーカーをやってた女性作家だそーです。
だからとゆーかなんとゆーか、全体にフェミニズム映画っぽくはある。登場人物のほとんどが女性で、ちょろっとでてくる男はどいつもこいつもロクなもんじゃない。ましなのはゲスト出演者のレニー・クラヴィッツ演じる看護士くらいなものでー。
ぐり個人としてはフェミニズム臭が鼻につくとゆーことはとくになかったけど、男性の観客はどう感じるんやろな?ってとこは気になりました。すごい気になるね。うん。

プレシャスはバカ・デブ・ブスと三拍子揃ったゴミ少女とゆー、それだけでも充分過ぎるくらいひどい設定なんだけど、そのうえアフリカ系+母子家庭+本人もシングルマザー+生活保護受給世帯+長女は障害児という、底辺も底辺、無茶苦茶なドン底っぷりである。
これで家庭が円満ならまだ救いがある。ところがこの家庭という地獄が彼女に最後までトドメを刺しつづける。
どうして彼女ひとりがここまでてんこもりの不幸を背負わなくてはならないのか、不運に見舞われ続けなくてはならないのか。
演じるガボレイ・シディベは全体に表情が乏しく、喜怒哀楽も微妙に頬を緩ませるとか眉間に皺を寄せる程度の表現しかしない。だがそれも彼女自身の自己防衛なのだろう。感情を殺し、自分の内側に閉じこもることで、彼女は自らを守ってきたのだろう。
そんなプレシャスが徐々に心を開き、学校や子どもを糧に自立の道を選ぶ姿は間違いなく美しい。そこに悲壮感はない。彼女はただ、今、手にあるものをしっかりと握りしめている。それだけでOKなのだ。それ以上は、彼女にとっては贅沢なのだ。
けど、誰だってそんなのおんなじだ。泣き言なんかいったって始まらない。今、手にあるものをしっかり握りしめて、前を向いて歩く。生きている限りはそれが最低限のルールだし、まずそこから始めないとどこにも辿り着けない。

ガボレイ・シディベの体型がものすごくてですね。比喩とかジョークとか演出とかそーゆーロジック抜きで、もうホントに見事な百貫デブなんだよね。軽く力士並みです。顔だちもお世辞にも上品じゃない。デブはデブでもジェニファー・ハドソンみたいな愛嬌とか色気とか、いっさいない。容貌だけじゃなくて、演じるヒロインの人物設定にもそういうものはない。
だから表情があってもなくても、そこにいるだけで既に圧倒的な存在感なんですわ。説明とかぜんぜんいらないの。すごい失礼ないい方かもしんないけど、彼女が「あたしなんか誰にも愛されない、誰にも愛されてこなかった」と泣き叫ぶとき、その声にはすさまじいリアリティがある。16歳でふたりの子どもの母親で、頼るべきまともな家庭もなく、学もなく、そのうえにさらにひどい重荷を背負わされて(このダメ押しに1986年という時代設定が関わっている※)、泣き叫ばない方がむしろおかしいのだ。誰だって泣きたくなる。どうして私が?

映像や音楽が凝っていてかなりオシャレな映画でもあるし、豪華なゲスト出演者陣の活躍もなかなか楽しいし、娯楽映画としてもぐりは楽しめました。
ただやっぱし、男性がどう思うのかがチョー気になります。どなたかご感想お聞かせいただけませんか〜?
あと気になるといえば、プレシャスの子どもたちの出生の事情。これがアメリカ映画でなければ、ヒロインは出産という選択をしなくてもいい。堕胎が極度に忌み嫌われるアメリカの話だから、彼女の子どもたちはこの世に生を享けることができたわけだけど、現実にこの子たちの将来は相当に厳しいものであるはずだ。おそらく彼らは母親とはそう長く暮すことはできない。そして、いつかは自分たちがどういう事情で生まれたのかを知ることになる。
その点を無視してしまうと、この映画に描かれる絶望と希望の対比がかなり違うものに感じられるはずである。
それと、一見すると「教育と福祉が貧者を救う」という調子のいい美談のようで、レイン先生やマライア・キャリー演じる福祉事務所職員の家庭にもそれなりの問題があることをちらりとにおわせる演出がぐりは気に入りました。完璧な家なんかどこにもないんだよね。きっとさ。




※下記はネタバレなので、この映画を既に観た方・今後観る予定のない方のみ反転して読んで下さい。自己責任でお願いします。大したこた書いてませんけど。(関連記事
1980年代にニューヨークで猛威をふるったエイズには当時まったく治療法がなく、感染すればそれは即ち死を意味していた。
1997年に抗レトロウィルス療法が確立され、現在では発病以前に適切な治療を開始すれば35年は生きられる慢性疾患とされている。