落穂日記

映画や本などの感想を主に書いてます。人権問題、ボランティア活動などについてもたまに。

ある愛の形

2009年10月26日 | movie
『ヴィヨンの妻 桜桃とタンポポ』

原稿料は手にした端から飲み倒し、家庭をまったく顧みない流行小説家の大谷(浅野忠信)。
あるとき、大谷が小料理屋から盗み出した5000円のかたに、妻・佐知(松たか子)は店の主人・吉蔵(伊武雅刀)夫婦に頼みこんで給仕として働き始める。貧しい家庭に育ちながら気高さと素直さを失わない美しい佐知を目当てに店は大繁盛するのだが、日ごとに垢抜けて女らしくなっていく妻に、大谷は激しく嫉妬するようになり・・・。

しょっぱなから仕事の話で恐縮ですが。
先日、ある被曝者を取材させていただいたときのこと。事前に著書を読んだところ、被曝後にお見合い結婚した妻に一度も「被曝者と知ってなぜ結婚してくれたのか訊いたことがない」と書かれてあった。結婚して50年間、一度も夫婦でその話はしないという。下世話な好奇心で、その心情を奥様に訊いてみたいと強く思った。
被曝者ご本人は何度もメディアの取材を受けている人だが、奥様はこれまでインタビューに応じたことはないらしい。そこをなんとかと拝み倒したが、どうしても無理だということだった。
取材日程をすべて終了した後で改めて、ダメもとで「ひとことだけ」と頼んでみたところ、どういう風の吹き回しか気楽に「いいわよ」とOKしてくれた。嬉しくて、調子に乗って「結婚してから(被曝した)事件のことをご主人に訊いてみたいとは思わなかったか」とストレートに尋ねた。
もちろん彼女の答えはノーだった。「どうして?」というぐりの愚問に、彼女はこういった。
「だって、いじめちゃ悪いじゃない」。
「やさしい人だもの、いじめちゃいけないと思って、訊けなかった」。

被曝者であるということがどういうことなのか、今よりも遥かに情報が不足していた半世紀前。
結婚後に何が起こるかわからないという不安の中で見ず知らずの男性に嫁いだ彼女の愛情の深さに、ぐりは心の底から感動したし、驚いたし、これまで知っていたつもりでいた“愛”の意味が、目の前で根底から覆ったような気分がした。
将来もなにもどうでもいい、今、目の前で生きている伴侶を大切に尊重して寄り添って生きていく、そんなことが“愛”だなんて、言葉にすればごく当り前のことかもしれない。
しかしほんとうに現実にそんな愛を貫いて生きている人がこの世の中にどれだけいるだろう。
このご夫婦は結婚してからもずいぶんご苦労されたということだったが、とにかく夫婦仲がよくて、とても幸せそうに見えた。
愛ってすげえなあ、と思った。こんなふうに愛しあえる相手にめぐりあって、傍にいられるって、幸せだろうなあ、と思った。

大谷は生活費を家にいれないばかりか、ろくに帰って来もせずに飲み歩いては浮気をくりかえす不実な夫である。
だがおそらく、佐知にとっては夫が不行状であるということは大した問題ではないのだろう。どこで何をしようと結局夫が戻って来れるのは自分のところだけ、それをとことんまで支え続けるのが妻としてのプライドだと思っている。
傍からみれば嫌な女だ。しかも佐知本人は完全に無意識でいる。夫の借財を返すために、その行きつけの小料理屋で働く。子どもをおぶって帰る道を店の客(妻夫木聡)に送らせる。心中未遂で殺人容疑をかけられた夫をかばうために、昔の恋人(堤真一)を頼って訪ねていく。彼女本人はただただ善良に、自分に出来るだけのことをしているつもりでいるのだろう。けどたぶん、現実にこういう人がいると周りの人間はかなり迷惑なんじゃないかと思う。
助かるのはアホなダンナだけである。それもアホだから助かるわけで、ちょっとでもマシな神経の持ち主なら耐えられないと思う。
世の中には自分のことはさておいてひたすら人に尽くしたいという変わった人種がときたまいるけど、ぶっちゃけ大抵は相当変わった人、困った人なんじゃないかと思う。人間はそれぞれ自分がいちばんかわいくて、それをわかった上でお互い譲りあったり妥協しあったりするから、世間でバランスがとれているものじゃないかと思うから。

しかし映画では佐知という女性をとりあえずとにかく完璧にリスペクトしている。よく出来た妻、りっぱな奥さんと持ち上げる。
夫にどんな勝手をされようと黙って耐えて仕える彼女の姿は、フィクションの中にあるから美しい。それはぐりも認める。松たか子は個人的には美人じゃないと思うけど、彼女のやつれた若奥さんぶりは確かに綺麗だ。
映画そのものはおもしろいと思ったし、純粋な愛情はどんな形であれ美しいとは思う。けど、日本男性が女性に求める愛の形ってこんななの?と思うと、しょーじきあんまし気分はよくなかったです。
逆に、家族はもとより周囲にいる人間ぜんぶに迷惑をかけつづける“ヴィヨン”大谷のだめんずぶりには妙に感心してしまった。こーゆーキャラをサラッと演じてのけてまったく嫌味がない浅野忠信ってやっぱウマいよねえ~。それもみるからにあからさまにウマいって感じがしなくていいです。
最近の邦画にしては説明っぽくないシナリオとか、細部まで凝ったキャスティングやプロダクションデザインもまあよかったけど、堤真一だけはいただけなかった。もーこの人はでてくるだけでウザイ。何をやってもまるっきりおんなじ金太郎飴役者。なんでこんな大活躍なんやろ?謎。

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